紆余曲折
いやぁ、参った。まさか、ペガサスの羽根があんなにも高価だったとは……。どうしよう。全然足りない。所持金はせいぜい、銀貨七枚。ええと、銀貨は十枚で金貨一枚分だから――しめてあと二十三枚!
軽い絶望だ。全く足りないじゃないか。金貨三枚なんて、ぼったくりではなかろうか。しかし、店員に文句を言うわけにもいかない。
一瞬、謎の大義名分をかざして、武力行使すら考えたけれど。流石に思いとどまった。そもそも、選択肢の俎上に載せた時点で、アウトな気がするけれど。
俺は必死に現状を打開する方法を考えていた。仲間は当てにならない。だって、魔族だから。人間の市場経済の原理の理の外にいる。
道の端っこで、行きかう人々をボーっと見ながら、頭を働かせる。時折、逆にこちらを見返してくるものもあった。当たり前か、傍から見れば隅っこに佇む謎の集団だ。
「魔物退治しかないかなぁ……」
「おっ、アーちゃん、やっとやる気になったのね!」
「はい? 何の話?」
「だから魔物退治よ! 砦に巣くう連中をぶっ飛ば無しに行くんでしょ~? アタシ、張り切っちゃうよぉ」
キャサリンは腕まくりをして、ぐっと腕を曲げた。このくそ寒い中、透き通るような白い素肌を顕わにしちゃって、寒くないのだろうか。
タークは一瞬意外そうな表情をしたものの、すぐに納得したように何度も頷いた。両の手で拳を握り、気合のこもった雰囲気を醸し出している。
しかし、これはまた随分盛大な勘違いをされたものだ。何かを期待するようなキラキラとした二人の眼差しが、とても眩しい。
それを裏切るのは非常に心苦しい。しかし事実としては違うので仕方ない。俺は渋い表情のまま、残念な返答をすることに。
「いえ、違うわ。普通にその辺の魔物を倒すだけよ」
「え? ……そんなことして何になるっていうの?」
「魔物はお金を落とすじゃない」
「え、なにそれ? 初耳なんですけど?」
またしても、俺と他人との間に認識の齟齬があるらしい。本日二度目。なんだろう、これ。流行ってるのか? いや、ちゃんと一から説明すればいいことか。異文化コミュニケーション、難しい。
というか、こいつら魔物を倒す現場に居合わせてなかったか? はぐれ魔狼と、群れ魔狼の都合二回。わりかし、眼前で闘いが繰り広げられていたはずだが……。
「おかしいとは思ってたんです。なんで、煙のようにホワイトウルフの死骸が消えてしまったのかな、って」
「逆に聞くけれど、あなたたちのいた世界ではそんなことないのね?」
二人して、こくりと同時に頷いた。随分とまあ、息ぴったりだな。少し疎外感を覚える。
その謎には大変興味があったものの、いくら考えたところできっと答えは出ないんだろうな。だいたい、魔物を倒したらどうして金が落ちてくるのかさえわかってないんだから。
俺にとっては、時間の無駄、というやつである。そういうことは、学者の本分。今湧いた好奇心をすぐに振り払った。
「とにかくね、こっちの世界だと、魔物を倒すとお金が出てくるのよ」
「はえー、すっごい不思議! あっちだと、その死骸を食料にしたり武具の材料にするんだけどな~」
「こっちでいう野生動物と同じ扱いかしら……」
「そうかもしれませんね。第一、あれですよ。人間界は魔物の定義が広すぎるんです!」
ええ、なぜちょっとキレ気味なのだろう? 溜まりに溜まったものが爆発したみたいな感じ。思うところがあったのかもしれないな。
「あの、長くなるようなら手短に……」
「いいですか、知能を持つのは魔族。それ以外は魔獣。外でうろうろしてるようなのは、後者です。以上!」
「意外と、早く終わったわね」
「アリス様でしょう? すぐ終わらせろっていったの」
「まあ、そうだけど……」
結局よくわからなかった。まあとにかく魔物を倒すと、金が出るのは人間界特有の現象らしい。それで、十分だ。
「話がそれてしまったけれど、これから街の外に出るわよ!」
「……えーやだー。寒いし、二人で頑張ってきてよ」
「そんなの僕だって面倒ですよ」
「あのね、あなたたち。そもそもお金がないと、何もできないわよ? 宿に泊まれないし、必要な道具だって揃えられない」
「それはわかってるけどさ、ほら、アタシの魔法は通じないしねー」
「あ、ずるい! そうやって、逃げようとして!」
どうやらこいつら、外に出るのが本当にいやらしい。それとも同族を庇っているのか。なんにせよ、ここまでくだを巻かれると、俺としてもやる気がそがれるというか……。
しかし、金を稼ぐ手段はそれしかない。頼み込んで仕事を探すのもまた億劫だし、なにより時間がかかりすぎる。いや、まああの魔狼の銀貨の落とし具合からして、こっちも時間かかかりそうだけど。
そんな文句ばっかり言ってないで行くわよ。そう二人に声を掛けようと思ったところ――
「あのー、ちょっとよろしいでしょうか?」
いきなり誰かに声を掛けられた。それは女性の声だった。何だろうと思って振り返ってみると、そこにいたのは先ほどひったくりに遭ったご婦人だった。
*
「先ほどは本当にありがとうございました」
向かいの椅子に腰かける女性は深々と頭を下げた。そのしぐさは淑やかで洗練されている。彼女の短い銀髪が軽く揺れた。
ここは彼女の家だ。やはりレンガ造り、寒冷地仕様。俺たちはお礼がしたいと、そのリビングに通された。部屋の中はとても暖かい。
隣では、畏まった感じにタークが座っている。四人用の高い机には、まだ一人分の余裕がある。
理由は簡単だ。キャサリンは離れたところで、この家の子どもと遊んでいる。まだ三歳くらいの男の子。二人とも、それぞれとても楽しげ。彼女の面倒見がいいというべきか、単純に精神年齢が幼いというべきか。
彼女の名前は、ナターシャといった。ここまでの道中で軽く自己紹介を交わしてあった。とりあえず、街に来た理由はおいておいて、旅人だと話してある。
「本当はすぐにでもお礼を言いたかったんだけど、マラートがさっさと連れて行ってしまったんだもの」
「いえいえ、そんなよかったのに……。そうだ、マラートさんとは親しいんですか?」
「ええ、小さい頃からずっと一緒。幼馴染ってやつね。うちの夫もそうなのよ」
「そうなんですね。あの、マラートさんって結局何者なんですか? 街のリーダーとか言ってましたけど……」
「あいつ、ちゃんと説明しなかったのね! きっと、アリスちゃんが美人だからかっこつけたのよ」
「アリス様、お美しいですからね~」
なぜか、タークが自慢げだった。まあしかし、自分もそう思う。それを口に出すことは決してできないけれど。それじゃあただのナルシストになってしまう。
「あいつはね、町長の息子なの。今は、自警団の長をやってるわ。だから、魔物のことも――って、この話はご存知かしら?」
「はい、さっきそのマラートさんから聞かされました」
「そう。――だから、あいつは人一倍張り切ってる。あの魔物たちを何とかしなくちゃって」
ここで彼女の顔色がガラッと変わった。どこか強張って、わたしたちから視線を外すと遠い目をする。
表通りの様子なんか見てると、とても魔物被害に苦しんでいるようには見えない。でも、そんなわけないんだろう。マラートが語る通りに、色々な弊害が出ている。それをこの人も、よく味あわされてきたということか。
「うちの夫もね、その魔物討伐部隊に参加していたんだけど、ある時傷を負って――」
そこで彼女は言葉を止めた。唇をかんで、沈痛そうな雰囲気を醸しだす。
俺は全てを察して、思わず彼女の子どもの方へと目を向けた。そこには、何も知らずに無邪気で遊ぶ子供の姿があった。あの子は、まだあんなに小さいのに……その未来のことを思うと心が痛む。
似たような事が街のあちこちで起きているのかもしれない。それは、砦に巣くうという魔物が倒されるまで終わることはないのだ。
「ただいまー」
この部屋に充満する陰惨な雰囲気を一掃するかのように、明るい声が聞こえてきた。程なくして、声の主が姿を現す。それは、ずんぐりとした男だった。
「あ、あなた、お帰りなさい」
「おう。……ええと、この人たちは?」
「こちらはアリスちゃんとターク君。向こうで、おチビと遊んでるのは、キャサリンちゃんよ。さっきね、助けてもらったの。ひったくりあって――」
「おい、大丈夫だったか!」
男は、ナターシャの肩をがっしりと掴んだ。そして、目を見開いてその顔をまじまじと見つめる。
見る限り、この人が旦那さんの様だ……ちょっと待て。死んだんじゃなかったのかよ!
しかしどこをどう見ても、ぴんぴんしている。幽霊のようにも思えない。つまりは俺の勘違い。だってさ、あんまりにも意味ありげな言い方をするから……。俺の心配を返して欲しい。
「ええと、ナターシャさん」
「あ、ごめんね。これが夫よ!」
「これってなんだよ……レフです。妻が世話になったみたいで。最近、なんだかこの街は物騒なのさ。みんな、あの魔物に怯えてる」
「あの、さっき怪我をしたって聞きましたけど?」
「そうなんだよ、いやぁ油断してさ。ま、今はなんともないんだけど」
「ほんっとあの時はびっくりしたんだからね!」
ははっ、すまんすまん。レフが答えて、そのまま二人の濃厚ないちゃつきが始まる。俺たちのことなどお構いなしだ。
俺とタークは顔を見合わせて、ため息をついた。何なんだ、これはいったい……。釈然としない思いを抱きながら、蚊帳の外でただ呆然としていることだけしかできなかった。




