勇者(姫様)の憂鬱
「ほんっとうにごめんなさい、オリヴィアさん!」
ザラちゃんは、青ざめた顔をして謝罪の言葉を口にした。その身体は少し小刻みに震えている。
いったい何度目だろう、彼女がこうして頭を下げるのは。歩いている時からずっとそう。わたしとしては、初めからそんなことしなくていいと言い続けているのだけれど。
兵士たちのキャンプ地を去ったわたしたちは、すぐに自分たちの陣地へと帰ってきた。行きの時とは真逆で、わたしたちはすっかり意気消沈。大蛇退治の当てが外れたこともそうだが、やはり一番は明らかになった勇者の行いについて、だ。
まさか、憧れがあんな形で裏切られることになるとはね……。さすがにショックだった。でも、それ以上に動揺していたのは、他でもないその妹のザラちゃんだ。
「いいんだよ、ザラちゃん。あなたには関係のないことじゃない」
「でも……やっぱりそれは兄のしたことですから。妹のあたしにも責任が……」
「そんなに思いつめないで? わたしがいいと言っているのだから、もういいのよ。あなたがお兄さんの代わりに謝罪するというのなら、わたしは父に代わってそれを赦します」
そう言って、わたしはにっこりとほほ笑みかけてみた。そして、彼女の身体をそっと抱き寄せる。背中に腕を回して、ぽんぽんと何度か叩いてあげた。
それでようやく妹君の気も落ち着いたらしい。何度か深呼吸を繰り返したのがわかった。所々に鼻をすする音が混じっている。
なにも泣くことはないのに。わたしが怒りに身を任せて、彼女を罰するとでも思ったのだろうか? そんな権力、今のわたしにはない。あったとしても、そんなことをするほど、自分は懐が狭いわけでもない。それくらい、今までの旅を通して、十分にわかってくれてると思ったのだけれど。
国王に対して、勇者が無礼を働いたのであれば。程度の如何によっては、確かに一族郎党罰せられることもあるかもしれない。しかし、実際のところはわからないし。どうやら、あまりお父様も問題視していないみたいだけど。――この身体で、生きて戻ってこれたのがその証だ。
かといって、勇者のことをわたしが赦すかは別問題なわけで。はっきり言えば、こうして今、彼の身体でいることすら、悍ましい。
「勇者様―ー『サーモンの勇者』なんて、あんな田舎の村に住んでいるわたしも知っているくらいなのに。そんな人が、王の御前で失礼な真似をしたなんて、信じられませんね」
「でも事実でしょう。あの部隊長の怒り具合を見れば、よくわかります。そして、城下町でのいざこざの件もようやく腑に落ちたしね」
「ねえ、ザラちゃん。あなたのお兄さんは、どういう人なんです? そんなこと――勇者を踏み躙るようなことをする人なんですか?」
「うーん、そんなことはないと思うんだけど……」
ここでようやくザラちゃんは、わたしの腕の中から抜け出そうともがき始めた。その細腕で、そっと兄の身体を押し返してくる。
だから、わたしは彼女を解放してあげた。勢い、彼女が数歩わたしたちから離れる。改めてみるその顔は、目が赤いものの、いつもの勝気な感じに戻りつつはあった。
「真面目に修行もこなしてたし、あの日だって、ちゃんとお城に向かったわけで。だからその、オリヴィアさんの前でこんなこと口にするのもあれだけど、ザラは今でも信じられない」
そう言い放つと、彼女は何度か首を左右に振った。そして、どこか物悲し気な顔をした。下唇を噛んでで、やや目尻が下がっている。その可愛らしい額には、いくらかしわが刻まれていた。
そういう表情をされると、わたしとしても信じたくなるというか……。とにかく、隊長から話を聞いた時のあの熱はすっかり引いていた。頭が冷えて、いくらか冷静さが返ってきていた。
どういう想いで、勇者が父の御前で好き勝手な振る舞いをしたかはわからない。兵を蔑み、王の体裁を台無しにしたとのことだが、それは一方面からの真実でしかないでしょう。しかも、恣意的に切り取られているわけで。
もちろん、隊長が嘘をついているとは思えない。これでも、わたしは王女だから、家臣のことはしっかり信じてあげないと。
でも、ザラちゃんの想いも的外れと一蹴することもできないわけで……結局、本当のところはよくわからないのだ。
勇者様にも事情がある。それを知らず、みんな――私を含めて、勝手な理想像を押し付けていただけなのかもしれない。優しくて、立派で、人助けを厭わない、そんな完璧超人に思ってた。
だから――
「もういいわ、このことは忘れましょう。元の身体に戻ることができた時に、また考えましょう」
「オリヴィアさん……」
「それに今は、どうやって大蛇を倒すのか。それが一番大事でしょ? あれを何とかできないと、それどころじゃないからね」
「結局、オリヴィアちゃん一人で闘うことになっちゃいましたね……」
「一応、キーくんと、ゲルダンを動員するけど……大丈夫そうですか、オリヴィアさん?」
「もっちろん、任せなさいな!」
これ以上、弱気なところを見せることはできない。わたしがやるしかない。持てる力をすべて使って、死ぬ気でやればなんとかなるでしょう。……はあ。
それでも、まだ不安は消えない。そんなわたしの思いを感じ取ったのか、二人の顔も曇りだす。
だから、わたしは――
「あ、でも。また考えるとは言ったけれど、勇者様が姫を助けないって言ったのは、絶対忘れないからね!」
わざとらしい口調で、最後にそうおどけてみせた。これ以上、心配をかけないように。
一瞬ぽかんとされたものの、すぐにわたしたちは声を合わせて高らかに笑った。
*
「全くこのネボスケ姫様は!」
朝から、妹様の怒声が静かな森に響く。もはや、これは朝の恒例行事と化していた。
それでもお城での決まりきった一日や、魔王城での退屈な牢屋暮らしに比べれば、こんな日常の繰り返しへでもない。むしろ、歳の近く女の子と触れ合うことができて、嬉しいくらい。……いずれ、飽きるのかもしれないけれど。
とにかく、わたしはすっかり寝床から起き上がっていた。汲み置きした水で、顔を洗ったので、目もシャキリ! 意気込みは十分よ。
「今日もう一度、あの大蛇と闘うんってのに。どうしてそんなにいつも通りなの!」
「まあまあ、ザラちゃん。変に緊張しているより、いいと思いますよ?」
「ソフィアさんは、ほんっとオリヴィアさんに甘い!」
叫びながら、彼女はふくれっ面をした。腰に手を当てて怒るその姿は、大人ぶる可愛い少女にしか見えない。
「子どもは、朝から元気ねぇ……」
「むー、また子ども扱い! ザラ、もう子どもじゃないもん!」
「ダメですよ、オリヴィアちゃん。あんまりからかったらかわいそうです。それに、そういうことなら、私まで子どもになっちゃいます」
そのおどけた言い方が、なんとも可愛らしかった。最近気がついたが、彼女はザラちゃんと逆で。大人びた風貌の割に、子どもっぽいところが目立つ。
だから、よくバランスが取れているのだ。この二人が混じりあうとちょうどいい。それこそ、入れ替わってもしっくりくる。
「ちょっと! なに、にやけてるの!」
「えっ、ごめんごめん。わたし、そんな顔してた? 気づかなかった」
「ええ。見事なまでににやけてました。なに考えてたんです?」
「二人はいいコンビだなぁって」
「なに、バカなこといってやがりますかね、このお姫様は」
「そうです? 私は嬉しいですよ。いつも、ザラちゃんのこと、妹みたく思ってますからねー」
「ここにも頭お花畑が……ええい、頭を撫でないでよ」
そういいながらも、どこか彼女は満更でもなさそう。手を払う仕草はじゃれてるようにしか見えない。
わたしたちは、そんな穏やかな朝を過ごしていた。嵐の前の静けさ――昨日の今日で、わたしはあの魔物を倒せるだろうか。
一晩たった今でも、まだ少し不安。でも、この時間をまた味わうことのできるよう、しっかり頑張らないと!
そんな風に、わたしは一人、静かな闘志を燃やしていた。すると、そんなところに――
「た、助けてくれ~!」
血相を変えて飛び込んできたのは、一昨日迷子になっていた兵士さんだった。




