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最強勇者と囚われし王女の入れ替わり冒険記  作者: かきつばた
閉じ込められし勇者と自由な王女
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姫はモテモテ

 目が覚めたら、わたしは薄暗闇の中にいた。目が慣れてくると、岩肌が露わになった天井が目に入る。背中の劣悪な感触、布団の最悪な肌触りといい、自室ではないことは明らかだ。


 慌てて、わたしは身を起こした。辺りの様子から察するに、ここは檻の中らしい。仮にも王族の私がこんなところに押し込められるとは……ホント屈辱だわ!


 同時に、意識が落ちる前の一幕のことを思い出していた。確か、真夜中に眠りを妨げられて、人ではない何か――あれこそ魔物だろう――が部屋に侵入してきたんだった。そして、わたしを妻にするとか宣言して……。


「夢じゃなかったんだ……」


 今や記憶ははっきりとして、あの時の場景はありありと思い出すことができる。恐怖が蘇り足が震えた。それを必死に両腕で押さえ込もうとするけれど。


(わたし、これからどうなるんだろうーー)


 心の中に不安が芽吹き始めた。いきなり、こんなよくわからない場所に連れてこられて独りぼっち。本当に、あいつと結婚させられるの? さすがに、魔物となんかいやだよぅ……。


 自然と涙が溢れてきた。雫がぽたぽたと落ちて、半身を覆う布団にシミを作る。心細くてたまらない。両肩を自分で抱く様にして、身体を丸め込む。


 お父様、爺や、婆や、ランス兵士長――今まで頼りにしてきた人たちの顔が脳裏にはっきり浮かぶ。恋しくてたまらない。そしてーー


「助けて、勇者様ーー!」


 きっと彼なら助けてくれる。だって『サーモンの勇者』はいつどんな時でも、世界を危機から救ってくれたのだから。今回だってきっと大丈夫……縋る様に私はか弱い祈りを口に出す。しかし応えたのは――


「ふむ。ようやくお目覚めか。麗しい姫よ。早速だが、結婚式を挙げよう!」


 姿を見せた魔王。その気配に全く気付かくて。そして、この時初めて我がラディアングリス場を襲撃、わたしを攫ったのがこいつだと知った。


「お、お断りです!」


 声は震えて上ずっていたけれど、何とか強い拒絶の意思を言葉にできた。あの夜と同じ様に、わたしは少し後ずさりをする。


「ふむ、まあ仕方ない。これからゆっくりとお互いを知ることも大切だな!」


 豪快に笑い飛ばす魔王の姿をわたしは茫然と見ていることしかできなかった。


 こうして、わたしの奇妙な囚われ生活は幕を開けた。




    *




 それから数日後。わたしは相変わらず穴蔵みたいな牢屋に閉じ込められて。すっかり自由はない。よく考えてみれば、前とあんまり変わりないような気はするけれど。確かなのは、娯楽はない。


 しかし、魔王のプロポーズを断ったというのに、待遇は悪くなかった。部屋の設備は最低限整っているし、食事も朝夕と与えられる。お目付け役みたいな魔物はいるし。特段、危害も加えられない。


 初めこそ、色々戸惑ったものの。わたしはすっかり順応してしまっていた。不安や心細さは相変わらずだけど、なんとか生きていける。命があるだけありがたいものね。


 今わたしは、いつものようにディナーを魔王と共にしていた。玉座の間の隣にある食堂。縦長の部屋の中央には、これまた縦長のテーブルが置かれていて。両端にそれぞれ座り向かい合っている。


 ディナーということもあって、並んでいる食事は豪華だった。ローストした謎の肉、白身魚のマリネ、照っている黒い小さな粒々、たっぷりと盛り付けられた葉菜類のサラダ(得たいの知れないドレッシン付)、主食はバラパラピラフ、あとものすごい透明なスープといった感じ。今日はね。いつもメニューは違う。


「こうして絶世の美女とともに食事をとるのは、至上の喜びだ」


 悦に入る魔王をよそに、わたしは黙々と料理を口に運ぶ。早くこのくだらない時間が終わって欲しい。ここにいるくらいなら、牢屋にいる方が百倍マシだわ。こいつと顔を会わせるのが、この暮らしの中で一番の苦痛だった。


「うげっ、これとても美味しくないんだけど!」

「どれどれ……そうか? 我にとっては普通だと思うがな」


 それは、よく焼けた何かの肝だった。囓ったとたん、口全体に吐き気を催す程の苦味が広がった。はしたないとはおもいつつも、手元の紙ナプキンを口に押し当てそっと吐き出す。そして、傍らの並々と水が注がれた杯を傾けた。


 今まで、味わったことのない苦味だ。口の中がもはや痺れてる。歪んだ表情がなかなか戻らない。


「精がつくようにと、魔亀の精巣をじっくりと焼いたものなのだがーー」

「せ、せいーーって、そんなもの出さないでくださいっ!」


 わたしは真っ赤になって、思わず声を荒げた。なんてもの食べさせるのよ、この魔王バカ! こっちはまだ生娘よ!


「寝込みを襲う気だったの! そんな、卑劣な……死んでやる、死んでやるからっ!」


 わたしは狂喜乱舞になりながら、手元にあったナイフを振り回した。不吉な想像がどんどん湧いてくる。ザ·貞操の危機!


「す、すまない。そんなつもりはなかったのだが。とにかく落ち着きなさい。怪我でもされたら、我困る」

「うるさいわよっ! 自分と結婚したがる男が言っても全く説得力がないのよ。ケダモノ!」

「い、いや、そのだな……。やはり、そういうことは、その、本当に愛し合ってからではないと……」


 この傲慢不遜な王には珍しく、その狼狽具合は激しい。そして、なぜだかトーンダウンしていた。段々と、ごにょごにょと声が小さくなり聞き取りづらく。


 それでわたしも冷静になるというか、我に返るというか。ナイフを手にしているのが恥ずかしくなって、やや乱暴に机の上に戻した。そして何度かまばたきを繰り返す。


「と、とにかく。夜這いなんてしたら、死にますので」

「神に誓って、我はそんなことしないとも!」


 魔界にも神様はいるのね……そんな的外れな感想を抱きながら。とりあえず、魔王のその自信満々な姿でこの場は納めることに。


「それで、姫はいつ我が愛を受け入れてくれるのかな?」


 舌の根の乾かぬうちにまたぬけぬけと! このように、こいつは隙あらばわたしに結婚するよう要求してくるのだった。


 ああ、早く誰か助けに来てくださいーー




    *




 魔王との食事会を切り抜けて。湯浴みも済ませて、あとは眠るだけ。少しだけのさっぱり感と満腹感を抱きながら、私はベッドに寝転んでいる。うつむぶせの姿勢で、足を伸ばしてバタバタと動かす。


 これがお城なら、婆やがだらしないとか、言ってくるのだろうけど。あんなに鬱陶しかったのに、今はなんだか少し懐かしい。わたしはつい笑みを溢してしまった。


 特にすることもないので、鉄格子越しに空を眺めてみる。ただ闇が漠然としているだけ。そうでなくとも、この地域の空はいつも曇っている。それこそひどい時には視界をちらちらと白いものが横切ることさえあった。わたしはしばらく青空というものも、太陽というものも見た覚えはない。


「はぁ。退屈だわ……」

 

 一日の大半の時間はこうして手持ち無沙汰だった。自由に城の中は歩けない。旅芸人は来ない。最大の暇潰し、読書はそもそも本というものがない。


 身の危険はなくとも。やはりこう不自由なのはなんとも……。いえ、確かに今までも城の中に囚われていたことに代わりはありませんが。質が違った。ああ、鳥籠の中の鳥が空に解き放たれることはあるのでしょうかーーなんて、悲劇のヒロインを気取っていると。


「姫様」

「あら、あなた。今日も来てくれたのね? そんなに、わたしのことが愛しい?」

「違います。あなた様を見守るのが、ボクの仕事なだけです」


 わたしは身を起こして、声のした方向を見た。その人物が明かりを持っているので、薄暗闇の中でもその表情は――姿はしっかりと見ることができる。


 格子の向こう側には、小さな魔物の兵士が立っていた。もはやよく見慣れたものだ。看守役兼世話係、なんとも、気弱そうで初めて見た時から恐怖なんて微塵も感じていない。


 彼が唯一の暇潰し――もとい話し相手だった。取り留めもないことを、わたしが一方的に話す。それを彼が無表情で聞くだけ。奇妙な関係だと、自分でも思う。


「じゃあわたしに個人的な興味はないんだ?」

「もちろんです。仕事、ですから!」

「……なんだか悲しいなぁ」

「そ、そういうわけでも……ないです、けど……」


 大げさにしょげて、艶っぽい声を出してみた。すると、効果てきめん、彼は見るからにあたふたし始めた。それがとてもおかしかった。揶揄いがあるというものよ、うふふ。


「赤くなっちゃって~」

「なっ、変なこと言わないでください!」

「でも事実ですよ?」

「それでも、です!」

 

 彼は持っていた槍の柄の部分で強く床を叩いた。それが照れ隠しのポーズだということを、わたしはよく知っている。


「さ、もう消灯の時間ですから!」

「あら、もうそんな時間? なんだかとても名残惜しいわね」

「それ昨日もおっしゃってましたけど?」

「そうだったかしら? まあともかくおやすみなさい」

「はい。ゆっくりおくつろぎくださいませ」


 わたしは再び布団の中にもぐりこんだ。看守の足音が遠ざかっていく。それで、ようやく一日が終わるんだ、という実感が湧いた。今日も何とか生き抜くことができた。少し安堵する。


 早く誰か助けに来てくれないかしら――それはどだい無理な話だとわかっている。わたしは我儘プリンセス。みんな、きっと厄介に思うだけ。いつもは(ちち)の手前、ちやほやしてくれるだけなのだ。だから、一応命令は下るだろうけど。決して本気になってくれることはないんだろうな。

 

 だから頼りになるのは、勇者様だけ。ああ、早く実際にこの目でその御姿を見てみたい!


 わたしは祈る様に胸のペンダントを握りしめた。淡い祈りを込めて。いつから持っているのか、それはわからないけれど。わたしはそれを肌身離さずつけていた。そのうちに意識がどんどん遠退いていく――

今回で回想は終了です。

次回からはまた入れ替わった後の模様をお送りしますので

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