姫(勇者)の苦悩
「今、この街は――いや、国は未曽有の危機に瀕しているんだよ」
やけに大仰しい語り口だこと。とてもまじめな顔つきで、マラートは語り始めた。先ほどまでの、どこかナンパな感じはすっかり鳴りを潜めている。
やれやれ。だいぶ込み入った話になりそうだ。だが、それを遮って失礼できる雰囲気でもない。大人しく彼の話に耳を傾けることに。
「それは先ほどからおっしゃっている魔物のせいですか?」
「ああ。なかなか鋭いね、キミ! 一年くらい前かな。この街の南西にとある巨大な要塞があるんだけど、そこが魔物に占拠されてね」
「よ、要塞が占拠って……それ、とんでもなくまずい事態じゃないですか!」
「そうなんだよ。でも、籠ってるだけならよかったんだけどさ。奴ら、輸送体は襲撃するは、近頃ではこの街を襲撃したりしてくるのよ。ま、不幸中の幸い、そこまで本格的じゃあないけどね」
マラートは少しきざったらしい笑みを浮かべた。それでも、秘めたる苦悩を隠しきれていない。リーダー格だという彼なら、きっと数えきれないだけの困難に苛まれたことだろう。
とんでもない連中がいるもんだ。なんだか、魔王城の奴らが可愛く思えてきた。あいつら、全く人間界に攻め入ってる感じしないからな。やったことはせいぜい、自分らの頭領のために、人間の花嫁を用意したことくらい。あと監禁――いやいや、中々の悪事だ。感覚がマヒしてる。
結論、やはり魔物は悪……じゃあ、こいつらは? つい何気なく、仲間の魔族たちに視線を向ける。二人とも、神妙な面持ちで、いったい何を考えてることやら。
「でも、政府は? 国王は何をしているんです? ここらあたりもどこかの国の領内でしょう?」
「ああ。もちろん。ここスグラーチカ大陸全域には、メヴィチ朝の権力が及んでいる。そんなに大きくない大陸だから、超巨大国家というわけではないがね。でも、彼らは何もしてくれないよ」
「うわぁ~、最低な王族ですな~。信じらんない! みんな、困ってるっていうのに」
なぜか一番キャサリンが憤っている。なんだか意外な反応だ。知り合ってから数日経つけども、あまり人となりが掴めていない。
マラートの話で、ようやく俺も思い出した。この辺りの地政学とやらを。グランダルトより、遥か南方に王都があったはず。それでも、この国の全容を知っているわけではないけど。母さんには、簡単に教わっているだけ。
「ふふっ、そうだろう? 俺たちは、そんな最低な国家の民なわけさ。ま、何度か魔物の砦に派兵したようだが、どれも全滅。むしろ、火に油を注いだだけ感しかない。以降は傍観するだけ。いや、物資を運んでくるときに一応護衛の兵士はつけてくれるがね。だけど、それも最近では規模が縮小さ」
「でも、この街は結構巨大じゃありませんか? そんな簡単に見捨てられるとは思えませんけど……」
まだ全てを見え回ったわけではないけれど。ぱっと見た感じでは、そんな風に感じた。うっすらと記憶にある地図を広げてみても、この辺りの要所になっていたはず。王都に匹敵するくらい大きな街が北にあるのよ、そんな母さんの声が蘇ってきた。
俺の言葉にマラートは浅く笑った。どこか自嘲気味なそれは、ある種の諦念さえ感じさせるほど。そのまま少し口をへの字に曲げて見せた。
「幸い王都の方は全く被害がないようだからねぇ。もともと、この辺りは北のはずれのやや不毛地帯。防衛に力を入れる方が、コストがかかるとでも考えてるんじゃないのかな?」
「そんな……民の命を優先するのが、王ではないんですか?」
「少年は、なかなか面白い絵空事を言うじゃあないか。全てがそうとは言わないが、ここでは王のために民がいるのさ。まったく忌々しいことだけどね」
ううん、やはり国が違えば、色々事情が変わってくるものだな。当たり前だけど、ラディアングリスは比較的平和な場所でよかったと思う。……全部を自分の目で確かめたわけではないけども。
辺りに、沈痛な空気が流れ始めた。二人の魔族にも思うところがあるのかもしれない。片や魔族の王の忠臣なわけだし。
マラートは一つため息をつくと、ぐっとカップを傾けた。中に入っている液体を一気に飲み干す。
「っと、少し脱線したね。とにかく、俺たちは砦にいる魔物を自力で何とかしないといけないんだ」
「なるほど。状況はよくわかりました。大変なことになってるんですね」
「そう、まさに大変だ。それで、ここからが本題なんだが――」
彼はきりっとした真顔を作った。そして、ぐっと身を乗り出してくる。
本題って……。流されるままについてきたが、てっきりひったくり犯を捕まえたことについて感謝されるだけで済むと思ってた。それが、ここまで話が発展して――それも終わっていよいよ、退出できると思っていたのに。これじゃあ、とても難しい。
「キミにもぜひ力を貸して欲しい。俺はその美貌だけでなく、さっきの闘いぶりにもすっかり魅了されたのさ!」
キラっと白い歯を見せつける笑顔。決まった、というように少しマラートは悦に入っている。
俺は思わず身震いをした。その言い回しや、癪に障る行動に怖気が走る。
いくら、困ってるからと言って、女に頼るのはいかがなものだろう……なにはともあれ、俺の返答は決まり切っているのだが。
*
レンガ造りのマラート邸を後にして、俺たちは予定通りに道具屋へと向かっていた。到着早々、変なトラブルに巻き込まれたものだが、ようやく本筋に戻れたというわけだ。
「もぉ、なんで断っちゃうかな~!」
「どうして、あなたが一番感化されてるのよ……」
キャサリンは今もまだ不満顔だった。俺がマラートの要請を足蹴にしたことがよほど気にくわないらしい。
そう言われても、今の俺にはやるべきことがあるわけで。この町の人たちのことが可哀想――いや、それはさすがに奇麗ごとすぎる。
自分の母や身体のことと天秤にかけた結果、こちらの方が重かっただけだ。
「タークは何も言わないのね?」
「ええ。アリス様が決めたことですから」
「ターくんって、妙なとこ、ドライよねぇ」
「使命に従順だと言ってほしいですね!」
「使命ねぇ……」
俺はちょっと疑うような眼でその顔を見つめてみた。すると、少しその頬が膨らんだ。
「今の僕はちゃんとこのお方を元の状態に戻して、かの方のところに帰ることが最優先ですから」
「まあ、そういうことなら、あなたはわたしの味方だわね。これで二対一、多数決の原理に従ってもやっぱりこのまま道具屋に向かう方が大事よ」
「はぁ~、血も涙もないですねぇ~。いいの? あなた仮にも勇者の――」
「ストーップ! 滅多なことを言わないでくださいます?」
ったく、こっちは周りの人に気を遣ってるというのに。慌てて、彼女の口を塞ぎにかかった。
あんな騒ぎなどなかったように、すっかり通りは元の姿を取り戻している。誰も俺たちの会話など気に留めはしないと思うが、用心に越したことはない。
そのまま気まずい雰囲気で、雪降る町を歩く。
道具屋は表通りに面した場所にあった。しっかりと看板を確認してから、目的の建物の中へと入る。
「へぇ、これは凄いわね……」
思わず、俺は感嘆の声を漏らした。道具屋内部の構造に目を丸くする。
通り沿いにある建物は、一続きの平屋になっていた。簡単な壁があって、そこに扉が付いている。今は開け放たれているから、すっかりその奥まで見通すことができた。
店内はそれなりの賑わいを見せている。リヨートのゴーシュの店とは大違い。しっかりと、商品は陳列され、いくつか棚が置いてある。
俺たちは、迷わずカウンターへと向かった。ここから、ペガサスの羽根を探し出すのは骨が折れそうだった。急いでることもあって、さっさと店員に対応してもらうことに。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
「ペガサスの羽根はあるかしら?」
「はい。もちろんでございます。こちら、金貨三枚分となっております」
「はい? ええと、いくらでしたっけ?」
「ですから、金貨三枚分でございます」
にっこりとほほ笑む女性店員。対照的に、ばつの悪い表情をするしかない俺。とりあえず、誤魔化す様に笑ってみる。
どう頑張ってもお金が足りない。まずいことになった。思わず、仲間たちに顔を向けるが、意味はない。二人とも、露骨に目を逸らしやがった。
「あはは、財布をどこかに落としたみたいだわ~」
いうや否や、二人の手を取って、俺はたちまち店を飛び出した。これ以上、あの空間に居続けるのは耐え難い苦痛でしかなかった。




