大蛇退治に向けて
「えー、これより修行を開始します!」
妹様はいきなり意味不明な言葉を発した。
昨日の野営地の近く。樹木も疎らな開けた場所で、ザラちゃんがその小さな身体をとても偉そうにのけぞらせている。並んで立つわたしとソフィアさんの方を向きながら。
先の敗北からあまり間は空いていない。振り切れたと思い、わたしたちはとりあえず走るのを止めた。当てもなく、のろのろと歩き続けていたところ、ザラちゃんがここで足を止めたのだ。
「あの、どういうことかな、ザラちゃん?」
「今この時からは、師匠と呼んでもらいましょうか!」
「……大丈夫? 頭でも打った?」
立て続けに仲間の口から意味不明な言葉が出てきて、わたしは完全に理解を放棄していた。
もう一人の仲間も同じなのか。ぽかんと口を開けてまばたきを繰り返している。
「ち・が・い・ま・す! ザラは至って真面目ですとも!」
「あの、そんなこと言い張る前にですね。しっかり説明してくれるかしら」
「そうです。オリヴィアちゃんの言う通り。ザラちゃん、ちゃんとお話ししないとダメですよ?」
「……今のオリヴィアさんじゃ、いつまでたってもあの魔物には勝てない。ザラはそう思ったの」
「えぇー、そうかなぁ。だって、最後怯んでたでしょ? そこに、爆発魔法の一つや二つ放ってれば――」
「もちろん、可能性は認めるけどね。でも失敗してたら? ザラには、そっちの方が強く感じられたから、止めたのよ」
その指摘に、わたしは口を閉じることしかできなかった。彼女の言うことはとてもよくわかる。初撃が難なく交わされていたことだし。仕留めきれなければ、またしても窮地に陥っていただろう。
「修行の必要性はわかったけれど、具体的にはどうするのよ」
「魔法をひたすら連発してもらいます」
「えー、意味あるのそれ?」
「今のオリヴィアさんに足りないのはね、詠唱の速度なの。もっと流れるように魔法を撃ってもらわないと」
「流れるようにってねぇ……」
「今までは全部の魔物、一撃で倒してきましたものね」
「ソフィアさんの言う通り! 躱されたり、耐えられたりした時に、次々と魔法を繰り出す必要はなかったでしょ? だから、あの闘いの時に、はっきり言って、動きがとろかった!」
ぐいぐいと、ザラちゃんは詰め寄ってくる。強気な顔して、挑むような目で見上げてきた。
わたしには心当たりしかなくて、反論のしようがなかった。その勢いに屈し、たじたじになってしまう。
二度ほど、わたしは躊躇った。一度目は、初めの火の玉が外れた時。そして、もう一回は凍った地面から蛇が突き出てきた時。
次に何をすべきか、よくわからなくなっていた。攻撃しなければいけない、その意識はあったけれど、自分がどの呪文を口遊めばよいか。複数の選択肢が浮かびはしたものの、決めきれず。
そのせいで、みんなを危険に曝してしまった。自分自身、迫りくる蛇の薙ぎ払い攻撃に命の危機を感じたのは事実で――思い出しただけで、じわじわと嫌な汗が浮かんでくる。
「どうやら納得してもらえたみたいだね」
「うん。わたしももう二人を危ない目に合わせたくないし」
「オリヴィアちゃん……ごめんなさい、私足手纏いで」
辛そうに目を伏せるソフィアさん。以前から、それをずっと彼女は気にしていた。
「まあまあ適材適所があるからさ。ザラだって、完全にお兄ちゃんについてけるわけじゃないし」
「うーん。でも、自分の身くらい、やっぱり自分で守れないとダメですよね」
「それはその方がいいだろうけれど……」
「そうねぇ。ゼルシップに着いたら、ゆっくり考えよ?」
うん、と力なくソフィアさんは頷いた。どうやら、かなり神経質になっているらしい。
「さ、今は、大蛇を何とかしないとね。では、オリヴィアさん。修行開始!」
「え、もうっ? ずいぶんいきなりなのね……適当に、魔法を撃てばいいのかしら?」
「うん。そうなんだけど。――特別ゲストを呼びましょう」
にやりと、意味ありげな笑みを浮かべる妹君。とんでもない悪巧みをしている顔だ。思わず、背筋が震えた。
その後、したり顔で一枚の紙を取り出した妹様。修行相手として、とある使い魔が召喚されたのは、程なくしての出来事だった。
*
「はい、そこまで! お疲れ様~」
「えっ!? ちょっと、ザラ様? 自分の出番これだ――」
セリフすら言い終わらずに、ゲルダンは光となって姿を消した。最後まで、彼はとても悲しそうな顔をしていた。
魔族ながら、少しばかり同情した。いきなり呼び出された挙句に、今回の仕事はひたすら魔法を避けること。たまにぶつかれば、傷だらけになるし。本当に、損な役回りだったわね、彼……。
「ま、それなりには仕上がったでしょ」
「オリヴィアさん? あまり調子に乗らない」
「えぇー、ザラちゃん厳しくない? えーん、ソフィアさん。ザラちゃんがいじめるよ~」
「えっ、あ、あらあら。泣かないで、オリヴィアさん」
わたしはわざとらしくソフィアさんの胸に飛び込んでみた。柔らかい、いい匂い、幸せな気持ちになれる。そのまま、彼女はわたしの頭を撫でてくれた。
「こらそこ! イチャイチャしない。特に、バカ王女は二度とそういうことやらないで!」
「えーなに、羨ましいの?」
「ザラちゃん。ほら、いつでも抱き着きに来ていいんだよ~」
空いた方の手を広げる女神のような女性。全身から、慈愛の念が溢れていた。
「いや、それはまた今度に――じゃなくって! ビジュアル的に、ザラにとってはきついの! 見た目だけは、おにいが女の人に抱き着いてるんだよ?」
「あ、お兄ちゃんが取られて悔しいんだ! そうよね~、ザラちゃんはお兄ちゃん大好きだもんね」
「あ、あの、オリヴィアちゃん。そろそろ……なんだか、急に恥ずかしくなってきたかというか」
見ると、彼女の頬がほのかに朱色に染まっていた。どことなく気まずい表情をしながら、わたしの身体を軽く押してくる。
それで、わたしもようやく離れることに。まったく軽い女の子同士のスキンシップだというのに。この人たち、過度に意識し過ぎだわ。
改めて、妹様――お師匠さんと向かい合う。しっかりと、真面目な顔を作って。
調子に乗るなと言われても、わたしにも手ごたえはそれなりにあるわけで。その言葉はそれなりに心外だった。それに、ゲルダンも報われないだろうし。何発か、火球や風の刃、おまけに爆発までヒットさせてしまったのよね……。
「で、なに? 今度はどういう修行が待っているのかしら?」
「ううん、それはいいよ。オリヴィアさんもなんとなあく、魔法をそれなりに操れるようになったし」
「確かに。とても華麗でしたよ、オリヴィアちゃん」
「えへへ~、そうかしら? じゃあ、いよいよ再戦?」
「それもまだ。勝率はできる限り上げたいんだよね~」
「なによ、その言い方!」
はっきりと言ってくれればいいのに。遠回しな口ぶりはあまり好きではない。少し膨れて見せるも、あまり師匠には効果はなかった。
「やっぱりね。ここは彼らの力も借りるべきだと思うのよ」
「彼ら? あなた、まさか――」
「そう、そのまさか。オリヴィアさんご自慢の兵隊さんたちも力を持て余しているんじゃないかな?」
「でも、ザラちゃん。勇者様と確執があるなら難しいんじゃ……」
「そうかな? あの人たちだって、ゼルシップを目指してるのは一緒だし。話してみれば、案外うまくいくかもよ?」
全くどこまで本気で言ってることやら、この少女は……。その軽い口調は、とても真面目なものには思えないんだけど。
この娘は、城下町でのあの一悶着を実際に経験してないから、そう言えるんだ。ほんと、殺されるかと思ったんだから。
気が引けるわたしをよそに、他の二人は段々とやる気満々になっている。
はあ。心の中でため息をついて、苦い顔をしながらも、わたしはその提案を受けるしかないようだった。




