いざ街へ行かん!
目覚めは、久方ぶりに爽快だった。ぐ~っと身体を伸ばす。相変わらず、所々に重量感を覚える。
それにしても、昨晩がぐっすりとよく眠れた。いつ自分が眠りに落ちたか、それすら覚えていない程に。
肉体的疲労はもちろん、精神的にもかなりきていたということか。確かに、三人でご飯を食べて部屋に戻った頃には、もはや疲弊しきっていた。あんな感覚久しぶりだ。
ぶっちゃけ、とどめの一撃といわんばかりの、女魔族との入浴が効いた。まさか城を出てからも、執拗にちょっかいを掛けられるなんて、全く頭になかった。ほんと、油断してた。以降は気を付けようと、心に刻み込んだ。
起き上がって、窓辺に近づいてカーテンを開ける。相変わらず、そこには白銀の世界が広がっている。そして、ダメ押しとばかりの吹雪……せめて、昨日みたいな小ぶりだったらよかったのに。
これからのことを思うと、一気に気分が重たくなった。長旅が待ち受けるというのに。うんざりした気持ちで頸を軽く左右に振った。そして、その場を離れる。
一通り、準備を済ませた後、部屋を出た。のろのろと階下に降りていく。俺たちはロビーのところで、ヨシフがやってくるのを待つことにしていた。
踊り場を折り返すと、一階の様子が見えてきた。どうやら、俺が一番最後だったらしい。しかも、待ち人ももう来ているし。それに――
「あら、あなたは道具屋の……」
「改めまして、ゴーシュよ」
強烈な個性を持つ道具屋の店主がいた。やはり、デカい。背が高いし、ガタイはいい。親父と同じくらいか、それ以上に見える。
彼は俺に向かって手を差し伸べてきた。俺はおずおずとそれを握る。すると、柔らかく彼も握り返してきた。なので、軽く会釈をしてみる。
「あの、どうしてここに?」
「ヨシフちゃんに聞いたわよぉ。あなたたち、都に行くんだって」
「ゴーシュ様も同行するようですよ?」
タークが付け加えた。それにしても、こいつらの身長差はどれくらいなんだろうか。片や子どもみたいにちっこい魔族。片や、人間の中でもトップクラスの背丈の男……そんな、どうでもいい感想が湧いてきた。
「というわけで、ゴーシュが一緒でもいいかな?」
「うん、それはもちろん構わないわ。二人も、納得しているんでしょう?」
こくりと頷く二人の魔族。しかし、キャサリンは今朝は大人しい。普段なら、ここまでで二言三言どうでもいいことを騒ぎ立てていてもおかしくはない。
ぱっと見た感じ、疲れた感じはないようだった。しかし、どこか殊勝な顔をしていて――目が合った。
すると、にっこりとほほ笑みかけれた。だが、それだけで向こうから声をかけてくることはない。なんだか調子が狂うな。
「したらば、行くかいな」
ヨシフの一言で、俺たちはぞろぞろと移動を開始する。
帳場で、のほほんんとしていた店主に声をかけて、鍵を返却する。彼女は笑顔で、旅行く者たちを見送ってくれた。
「ふう。今日も大吹雪ですね……これは歩くのは大変そうです」
「ふっふっふ、ターク。実は秘策があるだよ!」
意味ありげに、わざとらしく笑うヨシフ。もったいつけるように、腕を組んで唇の端を不自然に上げている。
どうして、どいつもこいつも、こんなにもったいつけたがるかね。度重なる思わせぶりな態度に、そろそろうんざりしてくる。
これが、タークやキャサリンなら大声で攻め立てもするようなものだが。相手はヨシフ。一応、見た目だけは淑やかな美少女なわけだから、キョトンとした表情を作るだけで済ませた。
「これを使うべ」
奴が懐から取り出したもの――それこそ、俺が求めて止まないペガサスの羽根だった!
*
魔力の層ができているからか、冷気や雪はすっかりと遮断されていた。だから、こうして空を高速移動していても何一つ気にならない。
リヨート村を飛びだってから数秒、勢いが弱まっていくとふんわりと地面に落ちていく。ピタッと着地――快適な空の旅だった。
過酷に思われた行軍は、あっという間に終了してしまった。まさしく拍子抜け、朝窓の前で感じたあの悲壮感を返して欲しい……楽できたことは、何よりだけれど。
「さ、着いたべ。ここが、スニーチカだよ」
「ここらで一番の大都市よ~。きっと、ペガサスの羽根もあるはずだわ!」
現地に詳しい二人が到達した場所について、とても軽く説明してくれた。
見た感じ、かの王都ラディアングリスみたいに、城壁が巡らされてはない。開かれた街――ノースデンに近い印象を受ける。
「はへぇ……いやぁ、びっくりどっきり! 凄い道具だわ~」
「確かに、これは驚きです」
そして、思いっきり世間知らずを発揮する魔族二人。その点で言えば、俺も大差ないかもだけど、さすがにこいつらほどじゃない。
「でもさぁ、ヨーくん持ってるならそれくれればよかったじゃん!」
「うーん、そうしてやりたかったんだけんど、大事な予備でなぁ」
「そうなのよ、キャシーちゃん。あたしらにとっては、一品物まったのよん」
キャサリンとゴーシュは謎に仲良くなっている。聞けば、俺を待っている間にずいぶん話し込んだとか。
「ゴーちゃんも関係あるんだ?」
「ええ。ちょっとね。この街のある人に呼ばれていて――」
そこで彼は言葉を濁した。ヨシフも同様に、誤魔化すための愛想笑いを浮かべてる。
なにやら、込み入った事情があるようだ。しかも、他人には言いたくないような。
もとより、こちらもいろいろとワケありなので、わざわざ踏み込むような真似はしない。タークは弁えていると思うけど、キャサリンは――
うずうずと、話を聞きたそうにしている。それを目でいなしながら、話題を変えようと口を開く。
「まあ、こうして連れてきてもらえただけでも、十分ありがたいですから」
「うふふ、いいのよ、これくらいついでだから。。まあ、本当は用事があるのは明日だけど、早めにきて損はないしね」
「そうそう、気にしないでけろ」
二人は気さくな顔で応じてくれた。いいよいいよ、という手振りまでつけて。
俺はそれでも最後に深くお辞儀をした。特に、ヨシフについてはかなり世話になった。それこそ、命の危機を救った礼としたは十分すぎるほど。
「それじゃあ、元気でな、三人とも! 縁があったら、また会おうな!」
「その時はぜひともキャシーちゃんと、美について語り合いたいわね~」
「本当にお世話になりました。ヨシフ様もゴーシュ様も身体にお気をつけて」
「うん。できたら、アタシもまた会いに行くからね~」
「では、わたしたちはこれで」
口々に別れの言葉を交わして、まず俺たち一行が先に街に入っていく。ヨシフはなおも、案内すると言ってくれたが、断った。
スニーチカは確かに大きな街だ。初め似た雰囲気を感じたノースデンよりも巨大。多くの人混みで通りが溢れている。
その活気は、かの城下町のものに近い。あそこもまた、大勢の人が行き交っていた。
「さ、行くぞ」
「ねぇねぇ少し観光してこーよ」
「駄目だ。俺は早く帰りたいんだ!」
「そうですよ、アルス様の意図を汲んであげてください」
「えー、イジワル!」
「イジワルで結構。ほら、さっさと歩いて」
まだ不満たらたらなキャサリンを急き立てて、スムーズに俺たちは人波に飲まれていった。
雑踏が耳を揺らす。人々の喧騒はノイズのようで、どんな意味もなさない。
このおかしな三人組に誰も注目していなかった。まあ、上着を脱がない限りは、魔族を伴にしていることには気づかれないだろうけど。
しかし、それでもどこか心がざわつく。閑散としていたあの村とはわけがちがう。
「きゃああああー!」
そんな平和な賑わいをかき乱すかのように、唐突に甲高い悲鳴が通りに響き渡った。




