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最強勇者と囚われし王女の入れ替わり冒険記  作者: かきつばた
閉じ込められし勇者と自由な王女
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ぶちぎれ勇者

 幼い頃から散々駆け回った深い森を抜けると、見晴らしのいい平原に出た。遠くに映える王都――ラディアングリスを見て、俺は深いため息を一つ。どうにも気が進まない。しかし、それ以外に選択肢があるはずもなく。諦めて『サーモンの勇者』として、人々にこき使われるしかないのだ。……はあ。


 とにかく、俺は億劫ながらも歩き始めた。もしかすれば、これまでの修行の日々を思って、その感慨深さに浸りもするのだろうが。はっきり言って、あの辛さを二度と思い出したくはない。毎日、来る日も来る日も親父の厳しい指導の下、鍛錬を積んできた。

 

 筋力体力をつける基礎的なトレーニングはもちろん。親父から格闘技や剣技を形だけ教えられ。まだ身についていないのに、いきなり実戦形式と称して父と闘うことになる。まあその繰り返し。


 当たり前だが、幼い頃なんかは特に太刀打ちできないわけで。あちこち腫れだらけだし、血まみれだし、で全身ボロボロ。父は手当てなぞしてくれるわけもなく。一番最初に身に着けたのは治癒魔法。詠唱がうまくいかなかったり、魔力が空っぽだとそのままにするしかなかった。


 大体父との修業は朝から日が暮れるまで続いた。時には夜中に外に連れ出されて、森の中で演習戦をやることも。休み? そんなもんないよ、全く!


 家に帰れば、母さんが手当てを――してくれるわけもなく。痛みをこらえながら、今度は分厚い魔術書に向かい合った。あるいは、世界やアイテムなどの知識を教え込まれるか。知力の担当は彼女だ。詳しく聞いたことはないけれど、何でも昔はさぞ高名な大魔導士だったとか。その腕前は、勇者(おやじ)すらも料がする。夫婦げんかで、何度黒こげの姿を見たことか。


 っと、話を戻そう。なもちろん、ただ学ぶだけではない。試験もあって。満点でなければ、できるまで何度も挑戦させられた。魔法の使い手なのに、母もまた今生論者だったのだ。


 思えば、心休まる時間などなかったかもしれない。あの人たち、途中から睡眠時間まで妨害してきやがったから。それでも逃げ出さなかったのは、洗脳されていたからだろう。当時はこれが当たり前なんだと思っていた。なんだかんだ言って、両親が喜んだり褒めてくれることも嬉しかったし。……ずいぶんと安っぽいアメとムチだと思う。


 ただし、わけのわからない無人島に一週間ばかり置き去りにしたことは絶対に許容できない。修行の仕上げだとか嘯いて。魔物はうようよいるし、水、食糧もなければ、寝床もない。本当に死ぬかと思った。いや、死んでた方が楽だったかもしれない。それほどまでに苦しかった。まさに生き地獄!


 魔物に殺されそうになり、変な食べ物を口にしてお腹を下した。何とか寝る場所を見つけても、決して身体は休まらないし。今でもよく生きて帰ることができたと不思議に感じる。久しぶりに両親と再会した時には、流石にボロボロと涙を零したのを鮮明に覚えている。何より寂しくて心細かったわけだ。


 しかし、そんな日々は唐突に終わりを告げた。親父が俺たち家族の前から姿を消したのだ。今から五年前のこと。


 親父はそれまでも世界各地を旅することがあった。『サーモンの勇者』として、人々からその力を求められた。恥ずかしい話だけれど、俺はそれを大泣きして止めた。短い間でも、父と別れるのが辛かったんだと思う。さっきの無人島の一件ももしかり。


 あの時も親父はいつものようにに出かけて行った。頼りになる笑みを浮かべながら堂々と。その姿はとても大きくて。でも、それから二度と姿を見せることはなかった――


 その後のことだ。この世界に魔王が再び姿を現したのは。サーモンが倒したのとは別の個体。そして、それ以来の事例。奴はこの世界のどこかに居住して、魔王軍を指揮している。それが証拠に、この辺りの魔物も狂暴化していた。まあ、俺にとってはザコに変わりないけれど。


 とにかく、こんな僻地にある俺の家まで、それはしっかりと伝わってきた。おそらく、世間の人々はこう思ったに違いない。『サーモンの勇者』は魔王との戦いで命を落としたと。少なくとも、俺たち家族はそう感じた。

 

 でも、俺はそれを信じられなくて、何とか親父を探しに行こうとした。それだけの力があると思っていたんだけど――


「なりませんっ!」

 

 バチっと母に頬をぶたれた。涙を押し殺した顔をしていたのをよく覚えている。そう母は夫よりも世界のことを優先したのだ。それがどうにも俺には理解しがたかった。今もわかっていないまま。家族のことよりも大事な事なんてあるのか? 


 なまじ親父が『サーモンの勇者』でなければ、家族は幸せのままだった。

 

 母さんは最愛の人は失わなかった。


 俺が自分の無力さを嘆かずに済んだ。


 鍛えた力は何のためにあるのだろう。それがわからなかった。尊敬する親父を探すことさえ許されない。私情を殺して、俺はこうして世界に『サーモンの勇者』としての姿を見せるしかないのだ。そんな人生に、個としての意味はあるのだろうか? 勇者だって一人の人間なはずなのに。


 そんなことを考えている内に、ようやく城門の前までやってきた。俺は忌々しいものでも見るように、とても強く睨みつけてやった。




    *




「貴様が次の『サーモンの勇者』だな」

「まあそうなりますかね」


 俺は曖昧に言葉を返した。もちろん形だけはしっかりと王様を敬っている。跪いて頭を垂れてみせた。腹積もりは真逆だけどな。


 玉座の間には、王がその無駄に豪華な椅子に鎮座していた。真っ赤な法衣に、ご立派な冠。威厳を感じさせる眼光や口髭。こちらをただ一方的に見下ろしている。


 その周りには、偉そうな態度の禿げ頭や口髭が何人もいた。そして左右の壁にはずらっと兵士が立ち並ぶ。厳粛な雰囲気だ。まあ『サーモンの勇者』のお披露目式のわけだから無理もないのだけど。その割には、彼らの表情はどこか強張っている。


 城の前にいた守衛にサーモンの勇者だと名乗ったら、俺はこうしてここに連れてこられた。しかし、城門の兵士といい、少し警備が心配になる。そっちの方は、俺に一瞥をくれただけで通してくれた。ずいぶんとまあ平和ボケしているこって。


「大きくなったものだな……っとそんなのはどうでもよいことか。さて、勇者よ。貴様に命じる。かの魔王めを打ち倒し世界に平和をもたらすのだ!」


 王は勢いよく立ち上がると、錫杖で大きな音を立てた。なるほどなかなかに威圧感がある。だが――


「え、いやですけど?」

「……は?」


 王は虚を突かれた表情になった。彼だけではない。この場にいる誰もが呆気に取られていた。まさか、断られるとは夢にも思っていなかったのだろう。そういう態度が、俺には気に入らない。勇者は魔王を倒して当然、そういう考え方俺たち家族に悲劇をもたらしたのに。


「今、貴様は断ったように思えたが……?」

「ええ。嫌です」

「なぜだ? 貴様は『サーモンの勇者』の子孫ではないのか?」

「だからそうですってば。でもそれとこれとは関係ないですよね?」

「しかし歴代の勇者は世界のためにその力を行使してきたではないか」

「そりゃご先祖様はそうかもしれませんけど。俺は嫌です」

「子供のような駄々をこねるな! 王の命令だぞ、黙って従っておけばよいのだ!」


 家臣の一人が声を上げた。怒りで顔を真っ赤にしている。そのうえ、頭頂部もツルっとしているから、まるでゆでだこみたいだ。 


 しかし、この大臣(?)、貴族根性が染み付いてる。なんでそんな上から目線なんだろう。自分の立場がわかってないらしい。


「そこが一番気にくわないんですよね、なんで命令されなきゃいけないんですか?」

 

 俺の指摘に対してすぐに言葉を返す者はいなかった。


 それはつまり勇者というのは、頼られたら必ず力を貸すものだというのが共通認識化しているということだろう。それはちゃんちゃらおかしな話だと思う。勇者にだっていっぱしの自由くらしはあるのに。それを犠牲にしているのに。その認識が欠如している。そういう他力本願なところが大嫌いだった。


「わしの言い方が悪かったのなら、謝ろう。改めて、お願いする。魔王討伐のため、その力を貸していただけないだろうか?」

「王、困ります! そのようなことをされては」

「娘の命が懸かっているのだ! これくらいどうということはない!」


 なんとこんな若造に対して王は深く頭を下げた。そう言うことじゃあないんだけど……。少し気圧されつつも、俺は言葉を返す。


「それどういうことですか?」

「実はな、先日こともあろうことか。魔物に我が愛娘が攫われてしまったのだ……」


 ええ……何のための兵なんですかね……? しかしそれでようやく理解できた。初めここに来た時からずっと感じるこの沈痛な雰囲気の理由が。そりゃ、姫が攫われたとあっちゃそうなるのも無理はない。


「でも。この国には立派な兵隊さんたちがいるでしょう? 彼らに任せればいいじゃないですか。まあ姫を無様に攫われるくらいだから、頼りにならないかもしれませんけど」

「貴様……! さっきから黙って聞いていれば!」

「勇者だからって調子に乗るなよ! 聞けばまだ十五という。そんな若者に果たして魔王を倒す力があるわけがない!」


 他の兵士よりも少し幼げな雰囲気を纏う若者が進み出てきた。敵意を剥き出しにするその顔にはまだあどけなさが残っている。なかなか血気盛んじゃないか。


 しかしそれは無謀な行いというか。相手の力量も、感じ取れないなんて戦士としては二流以下。よほど実戦経験がないのか。訓練が甘いのか。俺はうんざりしながらも、お望み通り()を示してやることにした。


「はあ。……小炎球魔法コロナ


 拳大の大きさの火の玉で攻撃する魔法で、せいぜいスライムくらいを倒すのが関の山だ。あとはコンロに火をつけるとか。魔法の素養がある者が一番初めに学ぶ、もっとも初歩のものだが――


「ひいっ」


 使い手によって威力が変わるのが、魔法の面白いところである。俺が使うと、その大きさは人間の頭部の三倍ほど。中型のドラゴンくらいなら、容易く丸焼きにできる。もちろん本当に当てるつもりはない。それは生意気な兵士の頭上すれすれを通過して、壁に激突、くっきりと残る黒い跡。

 

 身の程知らずの彼はというと、戦慄いて床にしゃがみ込んでしまった。その様子を見て、少しは溜飲が下がる。


「貴様、何をするか!」


 あっという間に、俺は兵士たちに取り囲まれてしまった。まあそうさせてやっただけだ。臨戦態勢をとる彼らに応じて、俺もまた剣を抜こうとするけれど――


「止めんか、お前たち!」


 王の一喝によって、武力衝突は回避された。悔しそうな表情をしながら、兵士たちは持ち場に戻っていく。文句があるのなら、いくらでも相手になるのに。


「今度は我が兵たちが失礼な真似をした。重ね重ね謝ろう」

「そんなことはどうでもいいです。とにかく、俺はあなたたちに力を貸す気はないんで。『サーモンの勇者』を襲名する気もありませんし」


 もし、この場に両親がいればひどく叱責されるだろうな。でも、正直、気力を削がれたというか。これが自分の運命だと諦める決心はついていたのに。改めて人々の無責任さを目の当たりにして、そんな気持ち一つ残らず吹っ飛んだ。無意味な勇者信仰は止めて、これからは自分たちの力で困難に対処すればいい。


 俺は踵を返した。これ以上、この場にいる意味はない。足早に城内を去ろうと思ったのだが。


「待て。どこに行く?」

「……魔王は、倒します。それは俺のために。でも姫様のことは、自分たちで何とかしてください。俺はそっちは知りません」

「しかし――」

「俺は誰にも力を貸すつもりはないです。五年前、当時の『サーモンの勇者』は旅帰らぬ人になった。それが答えです」


 王に背を向けたまま吐き捨てて。俺は早歩きで、玉座の間を抜けた。階段を下りて、真直ぐに城の外を目指す。城内の騒ぎなど至極どうでもいい。もう俺には関係のない話だ。勇者の評判は地に落ちるだろうが、それを騙るつもりもないわけで。


 魔王を倒す、それは父と母に対する贖罪の様なものだった。勇者としての責務を放棄する罪滅ぼしかもしれない。それで、世界が平和になろうがなるまいがどうでもいい。


 ただ、姫様が攫われたと聞いてから、なぜか心が落ち着かなかった。無理矢理王との話を切り上げたのもそのせいだ。


 初めから聞くんじゃなかった。そしたらこんな思いなどしなかったのに。誰かの命の危機が迫っていると知って、それを無視できるほど、俺はお人よしじゃないらしい。面倒くさいが、情報を集めながら魔王城を目指すしかないか。


 そう決めた時、少し胸のつっかえが取れた気がした。

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