女たちのハイキング
山間部に入ってもうどれくらい経っただろうか。お日様は、完全に私たちの頭上までやってきている。今はあちこちに盛大に生えた木々の間をひたすらに進んでいた。
先頭を行くはザラちゃん。その後ろにソフィアさん。わたしは最後方で、たくさん荷物を抱えてついていく。
進軍具合はあまり芳しくないらしい。予定では、そろそろお昼を取っているはずだった。と、ザラちゃんが先ほどこぼしていた。
「ふぅ、さすがにそろそろ疲れてきたなー……」
「じゃあ、お休みにしませんか、ザラさん?」
「いいえ、まだまだ。この先に、少し開けたところがあるの。せめて、そこまでは!」
「でも明らかに、あなたの足取り、遅くなっているけど?」
「うぐぐ~」
悔しそうに歯ぎしりをする妹君。それで、わたしは少し勝ち誇ったような気分になった。少しはいつもからかわれている溜飲が下がるというもの。
まあしかし、そんな冗談はさておいて。前を行く少女の足取りは確実に重かった。無理もない。登山口で謎のコントを繰り広げたのちは、ずっと歩きっぱなし。傾斜も段々ときつくなってきた。
それに言動は大人びていても、その体躯は同年代よりも幼い。だから、体力もおそらく少ないことでしょう。どれだけ疲労がたまっていることか、それは想像に難くない。
ソフィアさんもどこか疲れて見える。どこか呼吸が浅いような気がする。女性にはなかなかこの行軍は厳しい。あ、間違った。女性の身体には、だ。
そう、わたしはなんともなかった。それもこれもすべて、この身体の持ち主のおかげ。ぴんぴんしておりますとも。
「でも、頑張れるもん!」
「ふふ、ザラちゃんって時々可愛いですよね~」
「そうそう。いっつもこんな感じならいいのに」
「ちょっと、それでどういう意味っ!」
妹様は顔だけこちらに向けて声を荒らげた。怒る元気はまだ十分にあるらしい。これなら大丈夫そう。
「しっかし、いい案だと思ったのになー」
「何の話?」
「ゲルダンに運んでもらうっていうやつ。寝る前にひらめいた時は、自分が天才過ぎて怖くなるほどだった」
「仕方ないですよ。ゲルダンさん、あれでも頑張ってましたから」
「天才の部分はスルーされた!?」
「はいはい、ザラちゃんは頭いいですねー」
「ちょっと! バカにした感じに言うのやめてくれません?」
可愛らしくプンプン怒るその姿。思わず、頭を撫でてあげたくなる。
しかし、そんなことできなくて。代わりに、わざとらしい申し訳なさそうな顔を作って、頭を下げた。
「でもさー、あれは酷いよ。普通出来ると思うじゃん」
「まあ、確かにねー。ただの糠喜びに終わったわね」
「ああ、もう思い出しただけで腹が立つ。あの見かけ倒し魔人! うぅ、それがなければ完璧な目論見だった!」
「まあまあ、落ち着いてください、ザラちゃん。でも、結局、時間の無駄でし――」
「無駄じゃない」
その声はやけに冷たく響いた。ぴしゃりと、ソフィアさんの言葉を遮る。普段よりもその高さは低く、よく通るはっきりとした声量だった。
「あれは将来への投資です」
「いやいや、ただ無駄に時間を――」
「投資です。わかりますよね、姫様? ソフィアさん?」
「……はい」
なおのこと、静かに念押ししてくる妹様。わたしたちは、その迫力に殊勝な感じで同意するしかなかった。
時間を浪費した、というのは、もちろん結果論だけれど。こうして、行軍が計画よりも遅れているのが、件のやり取りに端を発するのは事実ではある。
それをザラちゃんの責任だというつもりはないけれど。でも彼女自身は悪いと思っているのかもしれない。だから、そんな変なことを言い出したのかも。
そのまま、また沈黙がやってくる。気まずいものではなく、なるべくしてできたもの。不思議と居心地の悪さはない。
足音や息づかい、そよ風の奏でる音楽に耳を傾けていると、それは現れた。招かれざる来客だ。
「はあ。また魔物か……」
現れたのは、子供の背丈くらいの鬼。赤と緑色の二体。手には粗末な棍棒を装備している。
これで何度目でしょうか? 遭遇回数は、街道を歩いていた頃よりは激増。それこそ、ゲルダンと出会ったあの小高い山に匹敵する頻度。鬱陶しいったら、この上ない。
うんざりしながらも、わたしは二人の前に進み出た。立ち位置があっという間に入れ替わる。
すっかり隊列の組み替えなんぞは、慣れたもの。ソフィアさんも、魔物に一々驚くこともなくなっていた。ある種、魔物との戦闘が作業として効率化されている。だって――
「爆発魔法!」
わたしが魔法を一度ぶっ放せば、すぐ終わるもの。現れる種族が違っても、強さは劇的には変わらない。
詠唱が終わると、鬼たちのすぐそばで小規模な爆発が起こる。巻き込まれた彼らは、煙が晴れると忽ちに姿を消した。
ぱっぱと手を叩きながら、二人の方を向く。小気味良く拍手をしてくれる村娘と、少し不満げな山奥に住む少女がそこにはいた。
「ほんと、おにいが恨めしい」
「どうしたんです、ザラちゃん? ザラちゃんも十分に魔法を使えるじゃないですか」
「そうだけどさー。ソフィアさんから見たら、ザラたち同じに見えるかもだけど。実際には、同じ魔法でも威力が違うんだよ」
「そうなの? うーん、よくわかりません……」
「うん、あたしだったら、爆発魔法で一撃とはいかないから――って、言ってたら悲しくなってきた」
足を止めて、しゅんと肩を落とす妹君。わりと、本気で凹んでいるみたい。
「でも、魔法が使えない私からしたら、ザラちゃんも十分頼もしいですよ?」
「そうそう、他にも色々いつも頑張ってくれてるじゃない」
「えへへ、そうかな~」
わたしたちが誉めると、すっかりと妹君は気をよくしたご様子。普段、気を張っていても、こうして年相応の感じが見られるのがいじらしい。……チョロい奴め。
またしても、そんな彼女の微笑ましい一面を目の当たりにしたのだった。
*
「はい、オリヴィアちゃん、どうぞ!」
「ありがとう、ソフィアさん」
少し大きめに干し肉を切り分けてもらった。ああ、彼女は優しい、いい人だ。心のそこからそう思う。
ザラちゃんの言う通り、しばらく歩いたらやがて平地に到達した。そこに、敷物を敷いて腰を下ろす。二人ともとても寛いでいるご様子。
わたしたちは、自然を味わいながら、昼食に舌鼓をうっていた。
「そこっ! あんまり、姫様を甘やかせない!」
「あっ、ごめんなさい。私ったら、つい」
「あら~、妹ちゃんは嫉妬ですかな?」
「そんなんじゃないから。オリヴィアさんには、もっと旅の厳しさを知ってもらわないと」
ふふん、またいつもの勝ち誇ったような笑顔。それはとても背伸びした仕草だ。
実際、ソフィアさんは優しげに受け止めている。子どもの相手をしているみたいに。
私と言えば、別にそのとげとげした物言いにイラつくわけではないけれど。むしろ、そのどこか、快感――危ない、危ない。謎の感覚に目覚めそうになった。
思えば、この娘はわたしをなんだと思っているのか。お姫さま扱いをされた覚えはない。一度も、強いて言えば、皮肉を言うときくらいかしら。
「そういえば、お城の兵士たちもゼルシップを目指しているらしいよ?」
「そういえば、というのは、何に対してそういえば、なの?」
「いや、そんな、なぞなぞじゃないんだから……」
「ごめん、ごめん。つい……なら、この山にいるかもしれないと?」
わたしはこくりと頷いた。やや険しい顔をしながら。
「ふーむ、厄介だねぇ」
「ねー」
「どうしてです? もし合流できたら、頼もしいじゃありません」
「そうなんだけどねー。実は、ちょっと揉めてて――」
わたしは手短に城下町であったことを伝えた。勇者様のことを、彼らはよく思っていないらしい。理由は不明。それで喧嘩別れ的に、街から逃げてきた。
「それはとても厄介なことになりそうですね……」
「気にしてても仕方ないよ。だいたい、ニアマンの村にいたのはつい数日前でしょ? もう、踏破しちゃってるって」
「うん、わたしもそう思うなぁ、オリヴィアちゃん」
ザラちゃんはすくっと立ち上がった。そのまま、ぐーっと身体を伸ばす。とても、気持ち良さそう。
「……だといいけど」
どこか気楽に構える二人に対して、わたしは依然としておぼつかなさを感じているのだった。




