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最強勇者と囚われし王女の入れ替わり冒険記  作者: かきつばた
勇者の珍道中と王女の冒険
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妹様の浅知恵

 困惑するわたしたちをよそに、妹様は地面に魔法陣を描くと、その中心に羊皮紙を置いた。彼女はその外側に立って、顔の前で手を組み合わせる。さながら、神に祈りを請う神官のように。


 その儀式には、よく見覚えがあった。野宿の際、必ず行われるそれは、使い魔の呼び出しの術式だ。


 しかし、今は昼間。これまでの道中でも、使い魔――それは専らあのキツネのことだけど――が同伴したことはない。曰く、召喚すると、その間はずっと魔力を供給する必要があるとか。だから、夜間の間だけ、見張りとして使役することにしている。


 だから、わたしはザラちゃんが何をするのか、その真意がよくわからなかった。きっと、先に述べた秘策とやらに関係するのでしょうけど……。


「使い魔の力を借りるの?」

「まあ、そんなところ――さて、と」


 ザラちゃんは一つ深く深呼吸をした。その顔に気迫が満ちていく。


「いざいざいざ。呼びかけること三つ。契約に基づき、汝、我の下にいざその姿を現し給え。我は告げるその名は――ゲルダン!」


 彼女が高らかに呪文を言い放つと、地面から淡い光のベールが伸びていく。燦燦と輝く太陽にも負けず、それは目の奥を刺すようなくらいに鋭い。


 やがて、光が現れると、中から一体の魔物が姿を現した。全身びっしりと毛が生えて、鳥を持つ二足歩行の怪物。背中には、大きな翼が生えている。


  いつかの時、わたしたちの邪魔をしてくださりやがったモンスターだ。わたしが、魔法を一発はなっただけで、すぐに恐れおののいて、ザラちゃんの軍門に下った情けないやつだ。 


「うん……ここは……」

「お久しぶりね、ゲルダン」

「おやおや、みなさんでしたか! いやぁ、これが使い魔として召喚されるってやつかぁ……いきなりだったんで、びっくりしましたよ」


 何度か、まばたきを繰り返すと、彼ははっとしたような顔になった。そして、どこか嬉しそうにする。厳つい外見とは裏腹に、平身低頭なのは変わりがない。


 そうか、彼女の使い魔にはこれもいたんだっけ。いつもは、化けギツネのキーくんしか見ないから忘れてた。たぶん、他にもいろいろといるのだろうけど。


「なんだか懐かしいですね……」

「ホントねー。完全に忘れてたわ、わたし」

「それで、なに用ですか?」

「あなたにひとっ飛びしてもらって、この山を越えたいのよ」


 彼女はびしっと、使い魔の後ろにそびえる山を指さした。間近に迫っているから、とても巨大に見える。


 なるほど、これがザラちゃんの秘策か。頭いいわねぇ。これなら、時間もかからないし、なにより楽ができる。


「それは、あの、皆さんを運ぶということですよね?」

「ええ、もちろん。あんただけ、飛んで行ったところで意味はないでしょう?」

「ですよねー。……いやぁ、参ったなぁ」


 しかし、ゲルダンの反応は渋い。曲がりなりにも、ご主人様の命令なんだから、黙って従えばいいと思うのに。キーくんは文句ひとつ言わず、寝ずの番をしてくれるのよ?


 妹様は、ぐっと顔を険しくした。彼女もまた、自身の使い魔の態度が気にくわないらしい。腕を組んで、不機嫌な姿を少しも隠そうとしない。


「あのね、これはお願いではなくってよ? 命令です。さ、ザラたちを山の向こうに連れてって!」

「それは、わかるんですけどね……先程からなぜかそうしなければならないって気が高まってきてますし。しかし、でも、三人は多すぎるというか、何というか……」

「まさか運べないってことないわよね? あんた、そんなに身体が大きくて、立派な翼もあるっていうのに」

「……えへへ、お嬢様。実はそうなんでございます」


 ゲルダンは恥ずかしそうにはにかんだ。そして、身を屈めて、こびへつらうような態度をとる。顔には、気持の悪い笑顔が張り付いていた。


「はあっ!? 何ふざけたこと言ってんのよ!」


 ばしっと、使い魔の頭を妹様は叩いた。とても、ご立腹。さながら、起床時の般若の再来だ。……思わず、背中にぞくりと寒気が走る。


「うぅ、すみません、すみません。でも、できないものはどうしようも……」

「どうしてよ! その図体はなんなの? その翼は飾りなわけ?」

「いや、もちろん飛べますよ?」


 申し訳なさそうな顔をしながら、彼は少しだけ宙に浮いて見せた。直立した姿勢のままで、僅かに飛ぶ。しっかりと、その翼も上下に動いていた。


 もちろん、わたしたちは彼が飛び去ったのを見ているわけで。その点を改めて、疑っているわけではない。


「それは、知ってるわよ! なんで、運べないのか、って訊いてんの!」

「いやぁ、自分、どうにも筋力やバランス感覚に自信がなくて。そんな、人間様三人なんて、とてもとても……」


 彼は、両手を凄い勢いで振って、とても無理だと全身で体現していた。


「ウソ言ってるんじゃないの?」

「そんな滅相もございません! 信じてください!」

「でもねぇ……二人はどう思う?」

「本人がここまで言うんなら、無理なんじゃないですか?」

「右に同じ~」

「なんなの、そのやる気ない返答は! まったく。悪いけど、ザラにはどうにも信じらんないね」

「うぅ、本当なのに、じゃあ、試してみます?」

「望むところよ!」


 なぜか、妹様はぷんぷんした様子で答えた。


 それを聞いてわたしは、辟易した気分で肩を竦めるしかなかった。




    *




「では、行きます!」


 今わたしたち三人は、その身を一身に寄せ合っている。それを抱え込むように、ゲルタンの太くたくましい腕が包み込んでいた。


 ぎゅっと、その締め付けが強くなる。見上げる顔には、とても力んだ表情が浮かんでいた。さっきまでのどこか間の抜けた感じと違い、凄く気合が入っているようだ。


 まず翼が大きく風を切った。ぶん、ぶん、ぶん。風圧で、わたしたちの髪が揺れる。しかし吹き飛ばされることはなかった。しっかりと、彼はわたしたちを握ったまま。


 ――おおっ! 徐々に徐々に、足が地面を離れていく。浮いている。ふわふわと、足元が非常におぼつかない。


 しかし――


「もうっ、ダメです!」


 すぐに、わたしたちは地上に下ろされた。その勢いは使い魔が気を遣ってか、弱かったけれど。


 浮いていた時間は、数秒程度。しかも、その高さといえば、普通に跳躍するよりも低い。地面すれすれくらいの高さだった。


「ちょっと、何してんのよ!」

「すみません、姐さん。あっしには、あれが精一杯です……」


 彼は心底済まなそうな顔をして、わたしたちを解放してくれた。そのまま、数歩後ろに下がる。


 改めてみると、その顔はとても真っ赤だ。かなり息も切れていて、今はぜーぜーと必死に息を整えている。それが、彼の全力だったというのは、よくわかった。


 それは、他の二人も同じみたいで。ソフィアさんは、讃えるようななま暖かい眼差しを。ザラちゃんは、呆れるような冷めた視線を、それぞれ送ってる。


「わかった、わかった。なんか、ごめんね」

「お疲れ様です、ゲルダンさん」

「まー頑張ったと思うよ」

「うぅ、その温かさが痛いです……でも、いつかみなさんを運べるように鍛えておきますから!」


 いつの間にか、彼はすっかり元気を取り戻していた。見せつけるように、ぐっと身体の前で拳を握る。


 今、それを最も必要としているのだけれど、とは、とてもじゃないが口に出せなかった。なので、あいまいな笑顔を浮かべて流す。


「……まあ、期待しないで待っておくわ。ご苦労様」


 パンパンと手を叩いて、彼女はさっとなにかを呟いた。聞き取れないくらいに早口というのと、ぱっと聞いた感じは耳慣れない言葉だった。


 すると、ゲルダンの像が歪んでいった。そのまま、空間に吸い込まれるようにして、跡形もなく消え去ってしまう。


 後に残されたのは、件の羊皮紙だけ。ぺらぺらと宙に舞うそれを、ザラちゃんはしっかり掴む。そして、

勢いよく鞄の中にしまい込んだ。


 ……何だったのでしょう、今のは。とてつもなく無駄な時間を過ごした気がします。得たことはと言えば、ゲルダン――彼には人を運べる力がないことだけ。使えない、と思ってしまうのは、わたしが残酷な人間だからでしょうか?


「さ、行きましょう」


 そう言うと、妹様は、まるで何事もなかったように、前へ歩き出す。


 何の前触れもなかったその行動に、少し呆気に取られながらも、わたしとソフィアさんは後に続いた。そのまま、山道へと入っていく。


「あのー、ザラちゃん。今のは――」

「ん、どうかしました? オリヴィアさん?」


 振り返った彼女の顔は、全力で惚けていた。この娘、今までのことをなかったことにするつもりだ!


 わたしはそれ以上深入りすることはできなかった。だって、あまりにも妹様の笑顔が威圧的だったから。


「とんだ茶番でしたね……」


 ソフィアさんの呟きは、わたしの耳にギリギリ届く程の大きさだった。それなのに、ザラちゃんはきりっと彼女の顔を睨んだ。

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