村を目指して
謎の男――名前は、ヨシフというらしい――が、加わって、ようやく俺たちの旅は当てのあるものになった。彼の暮らす村まではそう遠くないらしい。この広い大地を黙々と迷いなく歩く彼にひたすらについていく。
「そういえば、あなたは何をしていたんですか?」
「オラは猟師なんだ。狩りに出てきたんだけども……」
確かに、さっきは気が付かなかったが、彼は弓矢を持っていた。そして、大きな道具袋。さらに腰元には、剣。大した武装具合の程である。
「手ぶらですな~」
「こ、こら、キャサリン! そんなこと言わない!」
「ははは、いいんだ、いいんだ。魔物たちが現れて以来、どうにも普通の獣の数も少なくなってさ。本当に商売あがったりさ」
それは、とても渇いた笑いだった。淡々と語っているが、それは死活問題じゃないだろうか……。
しかし、どうにもその口ぶりはおかしい。魔物が現れて以来……遥か昔から、魔物はあちこちに住み着いているはず。
事実、実家近くの野山にも、弱っちい奴らがいくらもいた。でも、それと同じくらい色々な動物を見た。共生しているわけでは、決してないのだろうけど。
だが、それも五年前――魔王の出現を境にして、気色が変わってきた。魔物が凶暴化し始めた。だから、魔王が現れて、ならわかるけれど。
なんだかきな臭いものを感じる。この土地に何か異変が起きているのかもしれない。遥かなる霊峰には、魔王がいるというのに。この大陸は、いったいどうなってることやら。
「あんたたちこそ、よく逃げてこられたねぇ。見た感じ、か弱い女性と子どもだってのに」
「こう見えても、アタシ、魔法が使えるので!」
自慢げに胸を張るキャサリン。彼女の豊満なバストがより一層強調された。厚い服の上からでも、その膨らみの異様さはよくわかる。
ヨシフの視線が、そちらに向くのを俺は見逃さなかった。同じ男としては気持ちがわかる。
「ホントかい? いやぁ、それは頼もしいなぁ」
「む、その感じ、信じてないな~」
「いやいや、そんなことないだよ」
何はともあれ、完全に男からは不信感が消えていた。こうして、打ち解けられたのは何よりだ。時折、こちらに向けてくる意味ありげな視線は気になるけども。
妙なことはしなければ、限りなくキャサリンは人間の女性に見える。もちろん、姫も。タークは……この薄暗さだと、辛うじて人の子どもと思える。
「しかし魔物たちめ、人攫いまでするなんてな。こりゃ、早々になんとか手を討たないと」
「それはどういう――」
言いかけて、すぐに言葉を引っ込めた。眼前に、歓迎せぬ来訪者が現れたからだ。
「ぐるる~」
「ん、噂をすれば何とやらだな。お嬢さん方、危ないから下がっとれ」
きりりと険しい顔をして、前に進み出るヨシフ。するりと、鞘から剣を抜いた。構えを見る感じ、それなりに闘いになれてそう。まあひとまずは何とかなりどうだと思う。
敵は一体。群れからはぐれたのか、あるいは、そもそも群れない生態系なのか。外見は、毛並みの白い狼。しかし、逆立つとげとげとした毛、そして頭が二つあるその姿は間違いなく、魔物だ。
とびかかってくる魔狼を、ヨシフは軽くいなす。すれ違いざまに斬りつけると、魔物は切ない咆哮を上げた。致命的な一撃には至らず。
魔狼は今度は大きく距離を取った。どうやら、相手の出方を窺っているらしい。体勢を一段と低くして、自在に動けるように構えている。
「このくそっ――」
痺れを切らしたのか、地元の猟師が攻撃を仕掛けに行った。軽やかな足取りで、魔物に切りかかる。
すか――初めの剣の切っ先は見事に虚空に奇蹟を描いた。けれど、すぐさま二撃、三撃と、執拗に敵の體を追いかけていく。
するすると、狼は隙間を避けていった。すばしっこい魔物――こういう時は魔法で肩を付けたい。気が付けば、いつの間にか自分が戦ってるつもりになっていた。
こうして、間近に人の闘いを見るのは、初めてかもしれない。親父と一緒の時は手出しされた覚えはないし。
妹は、戦闘に関しては、技術も魔法もてんで駄目だから、いつも俺が守ってやった。
しかし、どうにももどかしい。自分が手出しできなくて。ヨシフの動きが悪いわけではないんだが。もし俺ならもう五回は、あの魔物を殺してる。
でもま、ヨシフの戦闘能力はなかなかじゃないか。次第に、魔狼に刀傷が増えていく。俺はそれを退屈な面持ちで眺めていた。
「助太刀は、必要なさそうね」
「残念だったな、魔法を見せられなくて」
「ホントね~」
こくりこくりと頷くターク。仲間たちも含めて、とても魔物に襲われてるような緊迫感はなかった。
そして――
「ワオーン……!」
ようやく、ヨシフが魔物に致命の一撃を放った。
長く響く断末魔を残して、魔狼は、その姿を銀貨に変える。……銀貨二枚レベルの敵だったのか。とても、そうには見えなかったけれど。
二三度、刀を軽く振って、男は鞘に刀身をしまった。そして、俺たちのところにくたびれた感じで戻ってくる。しかし、その顔はどこか誇らしげだった。おおかた、俺たちにいいところを見せられたと思っているのかもしれない。
「さて行くべさ」
城を出てから、初めて魔物と遭遇したというのに。いとも簡単に、危機は去ってしまったとさ。
*
「いやぁ、もう少しで村につくかんね」
「それ、いったい何度目よ~……」
「まあまあキャサリンさん。今度は本当みたいですよ? 僕の目に、はっきりと何かが見えます」
「はえー、タークは目がいいんでなぁ!」
「えへへ、それほどでも」
褒められた小さな兵士殿は照れくさそうに頭を掻いた。褒められて、すぐに図に乗るのは、彼もそうだった。
ヨシフを発見した時のことも考えると、どうやら、かなり村まで近づいてきたらしい。ヨシフの奴、キャサリンがぐだった様子を見せるたびに、何度も気休めの言葉を吐きやがった。その度に糠喜びさせられたわけだけども、それともようやくお別れらしい。
動物はおろか、魔物も全く姿を現さない。それこそ、ヨシフが蹴散らした一匹だけ。この辺り、相当生き物が少ないということか。訊くところによると、一年中氷雪地帯――こんな吹雪も珍しくないとのことだし。
「あなたたちの村には、ペガサスの羽根は売っているかしら?」
「うーん、どうだろう……最近は都の方から物資も入ってこないしなぁ……」
「都!? 大きな街のことね……どこにあるのかしら?」
「なんだ、キャサリンは都を知らないでか? そうさなぁ、一番近いところはここから半日くらい歩くかね」
「ま、また歩き……もういやよ~」
しょんぼりと肩を落とすウンディーネを、俺たち三人は笑った。彼女は馬鹿にされて憤慨したのか、ふくれっ面を見せる。
「オラもあまり行かないけれど、いいとこだど」
「うーん、それは楽しみ!」
そのまま、話し込む二人。俺とタークは黙ってそれに耳を傾けて歩く。
この二人、とてもお喋りだ。その点はよく似ている。おかげで、この長い徒歩移動も飽きずに済んでいるのだが。
願わくは、彼の村にペガサスの翼がありますように。この期に及んで、まだ移動しないといけないなんて、至極面倒くさすぎる。
そんな風に、ヨシフたちの身も実のない話を聞きながら、胸の中であれこれと考えていると――
「待ってください!」
大声を上げて、いきなりタークが足を止めた。腰の鞘に手をかけて、彼は一歩進み出る。
「――囲まれてます!」
「はい?」
「ぐるるー」
低い獣の唸り声が、幾重にも重なって聞こえてきた。
すぐに、タークの言葉の意味がわかった。激しい雪の弾幕から姿を見せたのは、先ほどの魔狼の群れ。その数、六、七体はいそう。もちろん、どれも敵意は剥き出し。いつの間にか、ぐるりと周りに陣取られている。
というか――
「な、なんで気づかないんだよ!」
「いやぁ、雪で同化してて」
苦く笑うターク。まったく肝心なところで、抜けている!
「言ってる場合じゃない。来るよ!」
「アリスとキャサリンは危ないから、さがってんしゃい!」
「援護します!」
女たちを守るようにして、男たちが進み出た。その姿は頼もしいが、不安さも誘う。いかんせん、数が問題だ。
待望の町を前にして、俺たちに再び訪れる危機。はてさて、無事に乗り越えられることやら……。




