酔いどれ王女
「もうほんっと、信じられないんだけど!?」
早朝のホテルの一室に、少女の甲高い叫びが鳴り響く。彼女はきっちりと腕組みをして、その目は般若のように吊り上がっていた。
その目の前に、わたしとソフィアさんは並んで座っていた。ありていにいえば、お叱りを受けている。
わたしたちが、酒場に行ったことはすぐばれた。そりゃそうだ、アルコール臭がぷんぷんしているらしかったから。彼女はわたしを叩き起こした――これは文字通りの出来事だ。
正直な話をすれば、昨日どうやってここまで帰ってきたかは覚えていない。目が覚めると、ベッドの上にいて、真っ先に怒りに顔を赤くする妹様の姿が目に入った。それで、事態を察したわけだけれども。
しかし、怒髪天を突くという言葉があるけれど、彼女のおさげ髪が本当に逆立って見えた。立派な角が生えた鬼がそこには立っていた。それくらいの迫力を、この小さな身体から醸し出している。
この少女の今の様子を、道行く人に聞けば、全員が全員怒っていると答えるだろう。その怒りの激しさたるや、容易には推し量れない。わたしにできることは、申し訳なさそうな顔をして身を縮めるだけ。そして、嵐が過ぎ去るのを待つのだ。
などと、冷静に分析しながらも、わたしは一際激しくなった頭痛に悩まされていた。その怒りの咆哮が、わたしの頭を激しく揺さぶるのだ。何度も何度も気が遠くなるような感覚がする。
「あのぉ、ザラちゃ――いえ、ザラ様?」
少女の名前をいつも通り呼んだら、睨まれた。その勢いに怖気づくわたし。おかしいなぁ、一国の王女でこの娘よりも年上なのに。
「なんでしょうか、王女サマ?」
「えと、その、もう少し穏やかぁに、喋っていただけますと……。端的に申しまして、あの頭痛が……」
「それは、二日酔いというやつです、王女サマ。よかったですね~、初めての経験ができて」
彼女はにっこり笑うとぱちぱちと激しく手を叩き合わせた。
それがまたわたしの脳を揺らす。
「まったく! どれだけ飲んだのよ!」
「ひぃっ……じ、実はですね、覚えがなくて……」
「ソフィアさん?」
「は、はい!」
じろりと彼女の黒目はわたしの隣の女性に向いた。相も変わらず鋭い眼光。名前を呼ばれただけなのに、
「この人、どれくらいお酒、飲みました?」
「うーんと、どれくらいだろう……。意識が朦朧とするくらいでしょうか……わたしが、何とか肩を貸してここまで連れてきたくらいです」
「オリヴィアさん!」
憤慨する少女の目がまたしてもこちらを向いた。
「あなたって人は本当に、どうしようもないですね!」
「す、すみません、すみませんっ!」
「この間、騙されかけたの忘れちゃったんですか?」
「いや、そんなことないです。でもおいしくて、つい……」
「少しは自制してよね! もう、大人でしょう」
「うぅ、面目ない……」
なぜわたしはこんなにも年下の女の子に叱られているのだろうか。しかも、責め方がいやらしいというか、ねちっこいというか。さながら、婆やの再来ね。
全面的に自分が悪いことはよくわかってる。朝早いって言われてたのに、たくさんお酒を飲んで。ソフィアさんには、迷惑をかけて。軽率だったと、猛省しております。だから、もうそろそろ勘弁してもらえないかしら……。
「ザラちゃん、あの、それくらいにしていただけませんか? オリヴィアちゃんは悪くないんです。全部、私のせいで……」
ようやく、待望の助け船がやって来た。そう、酒場に行ったのは、ソフィアさんに頼まれて。
なんだか、自分がそこまで悪いことをしたようには思えなくなってきた。
「どういうことですか?」
「私が、酒場に行こうって言いだしたんです。父さんの手がかりを掴むために」
「そうだったんですね。でも、それとこのバカ王女サマが飲み過ぎたことには、なんの因果関係もないですよねぇ……?」
少しは驚く素振りを見せながらも、すぐに妹様はまた厳めしい顔つきに戻る。釘を指すように、じっとわたしのことを見つめてきた。
まるで、わたしの内心を見透かしているようで。すぐに、先ほどふと湧いた詭弁な自己弁論は、泡のように弾けた。
「とにかく。飲むな、とは言わないけど、もうちょっと節度を持ってください。第一、一緒に行ったソフィアさんはまったく飲み過ぎていないわけだしね」
「そう言われると、返す言葉もございません……」
「話はこれくらいにして。さ、早く準備して。さっさと出発するよ」
「あの、ザラ様。わたし、そのとても気持ち悪く……うぉえっ」
「……とても、王女様には思えませんね、この人」
「自業自得でしょ! ……と、言いたいところだけれど、道中、ぶっ倒れられても困るし、こんなんでも、大切な戦力だからねぇ」
なかなかに酷い言われよう。しかし、わたしにそれを咎める力は残されていなかった。
「もう一日、休みましょーよ」
「何言ってるんですか! ザラたちには無駄にできる時間はないよ!」
「それはわかってるけど……あと、もう少し小さな声で話してくれると……」
「ザラちゃん、私からもお願いします。この調子では、無理だと思いますよ?」
「……回復魔法」
「へ?」
「だから、自分で回復魔法駆ければいいじゃない!」
またしても、叫ばれた。ずきずきと痛みが走る。
しかし、それは目から鱗だった。回復魔法にそんな効用があるなんて……。しかし、一つ問題があった。
「あの……呪文忘れちゃいました」
確かに教えてもらったはずだけれど、いかんせん、覚えることがどうしても多くて。それに、この頭痛に苛まれている状況では、記憶を探るのもとても億劫だった。
かわいらしく舌を出してみたが、ダメだったようだ。むしろ、逆に彼女の怒りの炎に勢いよく油を注ぐことになってしまった。
*
外に出ると、昇り始めたばかりの太陽の光が、わたしの下に降り注いできた。そよ風が吹いていて、心地いい日より。登山をするにあたっては、最高のコンディションと言えた。
わたしはぐーっと背を伸ばす。うーん、気持ちがいい!
二人に目をやると、彼女たちは地図を片手に何かを話し込んでいた。……仲間外れにされたわけではなくってよ?
「……ということで、今日はこの辺りまで行きたいね」
「ふむふむ、いいと思います。――オリヴィアちゃん、体調はどうですか?」
「すこぶる快調、絶好調~!」
「おにいの姿でそういうアホな真似するの、やめてね?」
諭すような言い方だったが、それは圧倒的な威圧感を放っていた。目の奥は笑っていない。
わたしは慌てておちゃらけた笑顔と、ピースサインを引っ込めた。殊勝な顔で、駆け足で二人の所に戻る。
まあ、しかしそんな風に振る舞えるほどに体調は戻ったということなんだけどなぁ……。それくらい、ヒールの魔法の効き目は素晴らしかった。
「さて、行くよ~」
「おー!」
ザラちゃんの掛け声に乗って、ようようと、まだ人影まばらな村の中を進む。そのまま、まっすぐに出口についた。
「さ、いよいよ、山越えの時間ですよ!」
「はあ、またしばらく文明ともお別れかぁ……」
街道の先には、ゼルシップに至る山道が控えている。その整備された道を通れば、まあ二日もあれば街に着くとのこと。――ええ、もちろんザラちゃんの受け売りですとも。
「まあまあ、オリヴィアちゃん。こうして、自然を謳歌するのも悪くないと思いますよ?」
「それはそうかもだけど……」
「王宮育ちのお姫さまはとっては、大層ご不満でしょうけど」
「べ、別に~。二人がいいのであれば、それでいいわよ、わたしは」
わたしたちは軽快に会話しながら、ついに山の麓までやって来た。幸いにして、魔物との遭遇はなかった。
しかし話によれば、この山の中にはそれはぞろぞろと魔物が棲んでいるとのこと。概して、平地よりこういうところの魔物の方が手強いのだ。
正直な話をすれば、少し不安でもあった。しかし、それを決して表情には出さないようにする。このパーティの最大戦力であるわたしが、そんな顔してちゃ、二人を余計に心配させるだけだから。
「さ、行きましょうか」
わざとらしいくらいに明るい顔を作って、二人に呼び掛けた。まあ、なんとかなるでしょう。結局、いつも通り楽観的に構えることに。
ソフィアさんは、軽い感じで頷いた。そこには、まだ不安はなさそう。
しかし、妹様はというと――
「まあまあ、お待ちください。王女様。このザラに、いい考えがございます」
不敵な笑みを浮かべて、慇懃無礼な態度で、意味深な言葉を発するのだった。




