姫(勇者)雪原を征く
目覚めは……想像したよりかは、穏やかだった。しかし、決して今までとはほとんど同じと言い難く。事実、環境の劣悪さは、俺の寝起きの悪さを強制するのにぴったりだった。
起きたばかりだというのに、頭ははっきり冴えている。背中に伝わる感触を頼りに、軽く頭でこれまでの出来事を整理してみた。
ワイバーンに乗って脱出するも振り落とされる。遭難するが、タークにより即座に難を逃れる。洞窟で一夜を明かす。
ふむ、こうして考えると、わりと何でもない気がしてきた。なにより、あの城の中でお姫様ごっこをしていた時に比べれば、全てのことがましに思える。ただし、二度とこの身体で、上空からのダイブはやりたくないけども。
タークはすでに起床していた。薪に火を点して、暖を取っているらしい。それを囲う様にして、寝床を確保していたからか、寒くない理由が分かった。
「早いな」
「ええ、まあ。早いというか、なんというか……」
口ごもるタークに、俺は一つの可能性を抱いた。まさかこいつ――
「寝てないってことはないよな?」
「あはは、実はその……」
明言を避けたものの、それが答えだった。この状況で、徹夜とは……魔族は人と身体の作りが違うのか? しかし、キャサリンはずっと眠ったままだけど。
タークだって相当疲れているはず。突然の落下、俺たちの洞窟への搬入、そして、目覚めるまでの見張り。さらに、枝を集めに雪原の冒険に出かけて、と。ものすごいバイタリティだ。
「よく体力持つな」
「ある程度は魔力を動力に変換してますから」
「いや、だからって、魔力には限りがあるだろう? それに元をたどれば、どちらも生命エネルギー、休息しないと回復しないと思うけど?」
「まあそこは、その企業秘密ということで」
彼は少し苦々しい笑みを浮かべた。目と唇の端が歪み皺ができている。
なるほど、そこはあまり聞かれたくないところなんだな。基本的にあけっぴろげな、どこぞのウンディーネの嬢ちゃんとは違うらしい。魔族にも、性格が色々あるということか。
「お前って、つくづく不思議な奴だな……」
「僕としては、アルス様や姫様、勇者様の方が不思議ですけどね」
「なんだよ、それ。どういう意味だよ?」
三人一緒くたにされたが、特に共通するものは思い浮かばない。仕方ないので、唇を突き出して、あからさまに不満を顕わにしてみた。
「あの、あんまりそういう顔をするのはどうかと思いますよ」
「どんな顔だよ? よく考えてみればさ、俺一度も姫様の顔見たことないんだよな……」
「鏡、ないですからね、あの城」
「それ、とんだ欠陥住宅だな」
「まあまあ、万が一鏡叩き割られて自害されてもあれなので」
「ナチュラルな口調で物騒な事、物故んでくるのは止めような」
その淡々とした口調に、思わず背筋がぞくりとしたわ。こいつ、偶にストレートに変な事言い放ってくるからなぁ……。
それにしても、姫様の顔かぁ……。周りの反応を見る限り美人なんだろうけど……身体のことならよく知っているんだが。どこぞのお子様ボディのやつとは大違いだ。
「これからどうします?」
「どうってさぁ」
外に目を向けるが、相変わらず空から雪が降り注いでいる。暴風を伴って。……外の景色を見るのは三度目。この吹雪を見るのも三度目。
「いつでも子の天候だなんて、とっても素敵な偶然だな」
「晴れてる方が珍しいですから。城の辺りは」
「マジで言ってるのそれ?」
「ええ、おおまじです」
たどたどしい口調ながらも、確かにその顔つきは真剣そのものだ。そのアンバランスさが、妙に心を燻って、なんとも言えない気分になる。
「山も下だったわけですから、少しは変わると思ったんですけどねぇ」
「止むのを待つのは得策じゃないってことか……。時間があるってわけでもないしな」
「ですね。しかし問題はどこに向かうか、もですよ」
「人里を目指すしかないだろうな。手早くペガサスの羽根を手に入れなければ」
「ああ、例の移動アイテムですね。……すみません、僕の移動魔法がこっちの世界だと使えないばかりに」
「今更言っても仕方ないさ。だが、この辺に町があればいいけどなぁ」
タークも弱く首を振った。この辺りのことはよくわからないらしい。まあ、城から出ることはなかったみたいだし、当然か。
氷雪地帯にも、人が住んでいないわけではないだろう。現に、そういう街をいくつか知っている。もちろん地図上でだけ。これが先代勇者なら、色々知っているんだろうけど。
「あてずっぽうに歩くしかないか。この穴蔵にいつまでも引っ込んでるわけにはいかないしな」
「まあいずれ食糧は尽きますからね。待ち受けるのは、餓死です」
ふと、外に目をやる。はあ、今からとてもうんざりしてきた。そして、幸せそうに眠る魔族の顔を疎まし思いで睨んだ。
*
何もない平原を越え、俺たちは凍てつく樹林帯に入り込んでいた。目指していたわけではなく、曖昧に進んだ結果である。
地形が少し変化したからといって、俺たちに何か劇的な変化が訪れた、わけではなかった。相も変わらず、どっさりと降り積もった新雪を、征服者みたいに踏み荒らして進んでる。
「やだっ! 雪入った!」
前を行くウンディーネが小さな悲鳴をあげた。たっぷり休んだ甲斐あってか、元気いっぱい。あるいは、この辺りの寒さが控えめなのが理由かもしれない。
それでも雪中行軍の過酷さは不変。この貧弱な身体も合わさって、疲労がすぐに溜まって仕方がなかった。
「それくらい我慢しろよ」
「ムリムリムリ、アーくんはウンディーネがどれくらい寒さに弱いからそう言えるのよ!」
「はあそうですか……では、無知な私にご教授いただけますかな?」
「ナメクジに塩かけるみたいな?」
「……その例えだと、お前寒すぎると、消えてなくなることになるけど」
「さ、急ごう、急ごう!」
見事に俺のツッコミはスルーされてしまった。どうやら深くは考えていなかったらしい。少し足を速めるその姿はとても元気そうである。
まあ何はともあれ、調子がいいのならそれでいい。ぶっ倒れて、俺が担いで進むのはもううんざりだ。いや、タークがやってくれるかもしれないか。
黙々と、針葉樹の立ち並ぶ隙間を歩いていく。どの木も、枝を白く染めていた。
「なあ、わざわざこの森を突っ切る必要はあるのかよ?」
「迂回路も、思いつきませんし。このまま進んだ方が早いかと」
「この先に何があるかはわからないんだよね?」
「まあ。でも、おそらく人間はいるのかと」
何気なく出てきたその一言を俺は、しっかりと耳にしていた。それはまさに願ってもない言葉だった。
「どういうことだ?」
「実は昨日このあたりまで来まして。その時に何か狩猟の痕跡を」
「へー、そうなの。ターくんは頼りになりますなぁ」
「どうして俺の方を見るんだ」
「いや、べっつに~」
一瞬だけ、キャサリンは身を翻して、俺のことを見てきた。しかし、すぐに上手に口笛を吹きながら、また前を向く。
……自分が、それなりに足手纏いだというのは、よくわかっている。しかし、この身体だとどうにも……魔法はだめでも、せめて、武術なんか使えれば少しはましなのに。
今のところ、遭遇していないが。もし、野生のモンスターと相対した時、闘えるのがキャサリン一人なこの状況はちとまずい。
……というか、同じ種族の二人はしっかり対処してくれるのだろうか。少し不安になる。願わくば、このまま魔物と出会いたくはない。
「話を戻すけど、どのあたりで見つけたんだ」
「……よくわかりません!」
少し間があった後に、やけに開き直った大声が先頭から聞こえてきた。
やれやれ。それがわかれば、また一つ希望的観測が沸き上がったものの。まあ、とにかく。人がいるかもしれない、その一縷な想いを一心に、俺たちはひたすらに雪の中をかき分けていくのだった。




