つかの間の休み
「あのー、ザラさん? もう夜ですけれど、まだ歩くのです?」
最後に休みをとったのは、まだお日様がご健在だった頃。それから絶え間なく、ただひたすらにわたしたちは街道を進んでいる。
旅は……何日目だっけ? と、とにかく、三人旅になってから、二つばかり夜を越えた。だからこれで三度、夜がやって来たことになる。
「王女様は軟弱ですねぇ。ソフィアさんを少しは見倣ってくださいな」
「いや、疲れたとかじゃないから。あなたのお兄様の身体はそんなにやわじゃないわよ?」
「オリヴィアちゃん! やっぱり、ダメです」
いきなりソフィアさんが足を止めた。眉間に皺をよせて、どこか睨むようにわたしを見てくる。
話が呑み込めなくて、わたしとザラちゃんも立ち止まることに。そのまま、首をかしげてみた。
「その身体で、その話し方は違和感がひどいです」
「わかる、わかる、正直、気持ち悪い」
「さ、さすがにそれは直球過ぎると思うのだけれど……あっ、落ち込まないでオリヴィアちゃん!」
さすがに凹む。気持ち悪いは、ないでしょう。わたしだってねえ、ときたま自分の声にものすごい違和感を覚えるんだから。
特に寝起きはそう。感覚が鈍いままだからか、つい、自分の身体が入れ替わっていることを忘れてしまう。もっとも、完全に適応してしまうと、そっちの方が問題だと思うけれど。
しかし、この小娘はこういった苦労も知らず、好き勝手言いなさって、全く! 段々と憤ってきました、わたし。
「もうずっと男みたいに喋るのはどう?」
「イヤです。イヤです。断固拒否!」
「えー、ちょっとやってみてよ」
なおのこと、妹様は過度な要求を繰り返す。この様子だと、なかなか引き下がってくれそうにない。未だに怒りの炎は燻っているけれど、仕方なく付き合ってあげることにした。
「……はあ。えーと、『ザラ、ソフィア、ここまで暗いと女性が歩くのは危ないよ?』」
咳払いを一つして、わたしは気合いを入れてやや低い声を作った。自分では、カッコいい声のつもりである。どうせやるなら、後腐れないように。なぜか、そんな対抗心が芽生えていた。
それなりに効果はあったようで、二人は少し嬉しそうな顔をした。ややうっとりと言ってもいいかもしれない。我ながら、いい声が出せた。しかしこの人たち、中身が自分たちの住む国の王女様だというの、わかってるのかしら?
それにしても、なんだか複雑だわね。まあ、目にものみせてあげられたのはいいとしても。
「うん、うん、しっくりきます!」
「よし、これ、採用。お兄ちゃん、頑張ってね!」
「だから、嫌だってばぁ。そこまで言うんなら、二人もやってみなさい。おーじょめーれーです! ほらほら、さあさあ! あれだけ言うんだから、もちろんできますことよね?」
わたしはささやかな反乱に出ることに。二人にがっつりと詰め寄った。全く少しはわたしの苦しみを味わってみなさいって話よ。
その要求に途端に言葉に詰まる二人。どこか困った様子を見せる。特に今まで舌好調だったザラちゃんは、一気に静まる。
ふふん、いい気味ね。たしたじになる二人を前に、わたしは一人優越感に浸る。
「いいですよ、やってみせますとも!」
「ザラちゃんまで、そんなむきになって」
「はい。じゃあどうぞ!」
「えと『オリヴィア、今日も君はバカみたいだね!』」
ふむ、流し聞きした感じだと、確かに爽やかではある。しかし悲しいかな。彼女の元来の声の高さが、見事にそれを台無しにしていた。いいとこ、少しおませな男児がせいいっぱい。
「あー、確かに、ちょっとかわいさが残っているというか。でも、これはこれでいいと思うよ、ザラちゃん」
「うー、嬉しくないんですけど!」
「というかね、どさくさに紛れて、なんでわたし、貶められてるわけ!」
「おっ、ちゃんと気づきました? 王女様は、慧眼ですなぁ」
「誰だって気づくわよ、あんなんーーって、また言ったそばから、わたしからかわれてます!?」
「お、落ち着いて、オリヴィアちゃん。ますます手玉に取られるだけよ?」
「はあはあ。そういうソフィアさんはどうなの?」
「え、わ、私? いやぁ、私はちょっと……」
むっ、これはこの人、うやむやにするですね。どこかとぼけたように笑って、いきなり歩き始めた。
このまま見逃すのもしゃくだけれど、しかし、時間も時間なわけで。わたしはそのまま彼女を追いかけた。
遅れて、妹様もやってくるけども、その顔は全然納得していない。その目は、むしろ徹底抗戦する構えに見える。まあ、大恥かいたわけだしねぇ。
「ズルーい! ザラはやったっていうのに」
「いや、そう言われても……。そもそも、一番王女様を煽っていたのはあなたでしょう?」
「そーだけどさ。でもオリヴィアさんも見たいよね?」
「もちろんですとも。さあさあ、ソフィアさん!」
「でも、その恥ずかしいし……」
顔を赤らめて、身を捩る姿はそれはそれで可愛らしかった。とてもいじらしくて、もっといじめたくなるけれど。これはこれでアリね。
と、わたしは思うのだが――
「ダメ。今さら、何かわい子ぶってるのさ!」
「その言い方はひどくないかな、ザラちゃん!」
「納得いかない! どうして、ザラだけ――」
「あっ、ほら! 灯り! ようやく村についたみたい」
「話をそらさないで、ソフィアさん!」
諦めの悪い妹様を振り切って、ソフィアさんは少し駆けだしてしまった。そして、それを追う一人辱めを受けた少女。とても微笑ましい光景だ。
――夜になっても、歩き続けたのは近くに村があったから。それを聞いたのは、このすぐ後のことだった。しかし、わたしの初めの疑問から随分と話が二転三転したものね……。
*
村の宿屋では、ツインルームを一部屋取った。わざわざ人数分部屋を取るのは、金銭的に不要だと思ったためだ。財布の紐は、ザラちゃんではなく、今やソフィアさんが握っている。
わたしとしては、別々に部屋を取ればいいのにと思う。グレードもあげてさ。だって、お金はたくさんあるわけだし。ここに来るまでの道中、魔物をなぎ倒して、一儲けしていた。
「甘い、甘いよ。オリヴィアちゃん! お金はね、油断してると、すぐになくなるよ!」
そんな謎に鬼気迫るソフィアさんの声には勝てなかったわけだけど。しかし、ずっとあの村でしか暮らしていないのに、どうしてその言葉には、そんな悲壮感が籠っていたのか。深い闇が隠れている気がして、聞けなかった。
しかし、宿屋の主人はわたしたち一行をどう見たのでしょう。男女で部屋を一緒くたに取るなんて……これが当事者でなければ、なかなかどうして色々な想像が湧くというのに。
「このニアマンの村を出ると、いよいよグルード山です。二人とも、今日はちゃんと休んでくださいね」
「ほんと、ザラちゃんは頼りになるね!」
「そんな、ソフィアさんだって」
「そこ、イチャイチャしない!」
「あ、役立たずの王女様が何か言ってますよ」
「こらこら。オリヴィアちゃんも、魔物との闘いでは頼りになっているでしょう?」
「あの、それ、フォローしているようで、結構深く抉ってますからね……」
「え、ホント! えっと、ごめんなさいね」
理由もわからず謝られると、余計に傷ついた。天然というのは、まこと恐ろしいものだ。普段はとてもしっかりしてるのに。
「私も二人みたいに、魔物と闘えたらいいんですけどねぇ」
「魔法とか、覚えてみます?」
「えっ、教えてくれるの?」
「すぐに身に付きますよ。……素質があれば、ですけど」
「ぼそりと重要なことを言わないでくれます?」
素質、素質かぁ。本当のわたしはどうだったんだろう? 実は、ばりばり魔法が使える体質で、勇者様はその力で魔王城で暴れまわっていたり……。
なんて、そんな都合のいい話、ないか。我ながら、夢見がちな少女の妄想過ぎて、つい苦笑いが出る。
「あとは、武術? ですかね」
「どうして疑問符がついているのかしら……」
「だって、ザラはよくわからないし、オリヴィアさんも適当に剣振り回してるだけでしょ?」
「まあ確かに……そうなんだけど」
ただ、どうもこのほっそりとしたお嬢さんに、そんな芸当ができるように見えない。あ、いや、わたしだって本当はそうなのですけどね?
「明日、適当な武器買って試してみます?」
「ううん、やるなら、ちゃんとやりたいですね」
「ま、そういうことはおいおい考えましょう。わたし、そろそろ眠くなってきちゃった」
そう言うと、なぜか笑われてしまった。なんか、呆れられてる気がする。
いいもん。そんなことより、このふかふかのベッド! ああ、やっぱり野宿なんかとは、比べ物にならない程、素晴らしい!




