はじめてのなかま
すべての話を聞き終えて、ソフィアさんは開いた口が塞がらないみたいだった。そのまま目を白黒させて、わたしとザラちゃんの顔を交互にみやる。そしてついにはわたしの方にぐっと顔を近づけてきた。
お互いの鼻先がぶつかりそうなほど。否応なく視線がぶつかって、わたしはなんだか照れてしまう。こんな美女に、こんな間近で見つめられるなんて……初めてと思ったけれど。元の身体の時は毎朝そんな感じだったっけ。起床してすぐに鏡を見て、身だしなみを整えていたのだから。
「やっぱり、信じられませんっ!」
いきなり大声をあげたかと思えば、何を思ったか、彼女はわたしのほっぺたをこね回してくる。それも好き勝手、彼女の思うがまま。
わたしとしては、なすがままにされるしかなかった。ぐるんぐるん、視界が回転する。そして、ごりごりと動く首。これはさすがに――
「痛い、痛い、痛い!」
「あ、すみません、私ったらつい……」
「大丈夫、お兄――オリヴィアさん?」
わたしの非難の声に、彼女はぱっと手を離した。ぱたりと顔の前で手を合わせて、申し訳なさそうにする。
妹様はと言えば、一見すると、わたしのことを心配しているようだった。少なくとも、紡がれた言葉や声の調子に文句はない。しかし、その顔は笑いを堪えきれていなかった。今にも決壊しそうなほどに、顔全体がプルプルと震えている。
全く、二人とも本当に失礼しちゃうわね。ようやく解放されて思わず頬に両手を当てる。少しひりひりとした痛みが残っているけれど、それ以外に特に異常はないみたい。他人様の身体だもの、大切に扱わなければ。
「あの、失礼を承知で確認しますけれど、あなたは本当にアルス様ではないのですね?」
「ええ。わたしは、ラディアングリス王女オリヴィアでございます」
あえて慇懃無礼な感じを醸し出しながら、恭しく腰を折ってみた。所作で高貴なところを見せようとしても、それが自己満足に過ぎないことはよくわかっている。
「二人して、私を担ごうとしているというのは……?」
「ないない」
手と首を振って、猛烈に否定してみせる。隣で、ザラちゃんも似たようなことをしているのが目に入った。とても、愛くるしくて微笑ましい。
すると、ソフィアさんの顔が一気に曇った。どこか、青ざめているようにさえ見える。
「し、知らなかったとはいえ、色々と失礼申し上げました!」
「ほえ、なんのことかしら? ザラちゃん、心当たりある?」
「ううん。あの、そんなに畏まらなくてもいいと思いますよ。この人、かなりポンコツなので」
「ちょっと、ザラちゃん!」
すぐに批難の声あげたが、それはすぐに二人の慎ましやかな笑い声にかき消された。わたしもバカらしくなって、頬を緩める。
「ええと、ソフィアさん。そんな気を遣わないでくれて大丈夫ですよ?」
「で、でも……王女様、なんですよね?」
「それは、まあ、そうだけれど。でも、今さら堅苦しくされるのも、ねえ?」
「……ううんと、そういうことなら」
まだソフィアさんは釈然としてはいなかった。それでも曖昧に頷くと、話を続ける。
「しかし、ずっと男だと思ってた人の中身が女だったなんて……」
「ソフィアさん、変だな、とか思わなかったの?」
「ええ、まったく!」
輝くような笑顔で、彼女は言い放った。そこには一点の曇りはない。
それは嬉しいやら、悲しいやら。わたしとしては、複雑な感情を抱く。それはつまり、わたしの演技が上手いということ。しかし、ある意味では、男らしいということか。
「ねえ、実際のところ、わたし――アルス様のこと、どう思ってた?」
「えっと、そのどうというのは……」
「わかってるくせに! 好きか嫌いかってことよ」
「うっ、それはそのなんと言うか……」
素朴な村娘さんは突然、口ごもる。そっぽを向いて、下手くそな口笛まで吹いて、まさに絵にかいたような誤魔化しぶりだった。
「はっきり答えなさい。王女の命令ですぞ」
「うわー、それはズルいですよぉ」
「ザラとしても、すっごく気になるなあ」
「ザラちゃんまで!」
ソフィアさんは頬を赤くして、ぷんぷんと怒る。なんだかその反応が初心丸出しで可愛い。なるほど、確かに人を揶揄うというのは面白いものね。少しは、妹君の気持ちもわかる。
「もう二人とも、ひどいですよ! ……そりゃあ、わたしだって、その少しは気になっていた、というか」
「ほうほう。しかし、回りくどいわね。もうちょっと、はっきり!」
「もうどっちでもいいじゃありませんか! なんにせよ、カッコいいと思ってた人が実は女性だったなんて……こんな恥ずかしいこと、他にありますか?」
凄い勢いで、彼女はわたしたちに詰め寄ってきた。おっとりとした普段の様子からは想像できない仕草だ。
今度はわたしたちが、返答に窮する番だった。逆ギレというやつだ。昔、お城にいた頃によくわたしが使っていた手段。
「正直、すみませんでした……」
「いえ、そんな、王女に謝っていただくなんて」
「とにかく、ですよ。ソフィアさん。今、ザラたちの状況はこんな感じです。それでも一緒に来ますか?」
「もちろん。答えは決まっています!」
妹様の問いかけに、ソフィアさんは力強く頷いた。
*
エルム村を、当初の予定より少し遅く出たものの、わたしたちの行軍はおよそ順調といってよかった。夜のとばりが迫ってきて、今日の移動は終了。広い平野の真中に、わたしたちは陣取ることに。
そこは、前もって地図を見て野営地の候補としていたところだった……と、ザラちゃんに教えてもらった。旅の進行管理は、彼女の仕事である。……だって、わたしにはできないからね。
「さ、準備しますよ、準備!」
「野宿なんて、ヤダ!」
「バカ王女、ダダをこねない!」
「バカは止めよう、バカは……」
「お二人は本当に賑やかですねぇ」
ソフィアさんは、どこか呆れた顔をして笑った。
そう、彼女はわたしたちについてい来る決心をした。それほどまでに、父のことを探したいということ。それに――
「二人の入れ替わりが解決したら、本物のアルス様に会えるじゃないですか」
……とのこと。なかなかしたたかな人らしい。まあ、確かにわたしもその気持ちはわかる。
「ソフィアさんは嫌じゃないんですか?」
「野宿ですか? うーん、私は別に」
「えー、おかしいですって、それ!」
「あれですよ、都会育ちの大切にかしづかれなさった王女様とは違うってことですよ」
ザラちゃんはとてもニヤニヤしている。荷物をいじる手は止めずに、顔だけこちらを見上げてきた。
「むっ、バカにしてる!」
「そんなことないですよー」
「うふふ、なんだか妹ができたみたいで、楽しい」
「ソフィアさんが長女で、ザラが次女で、末っ子はオリヴィアさんだね」
「ちょっとなんでわたしが一番下なのよ!」
「えーだって、ねえ?」
「ザラちゃん、あんまりからかったら可哀想よ」
「いえいえ、本気で言ってますから、これ」
「余計傷つきます!」
全く、もし元の姿に戻ったら、どうしてやろうか、このイタズラ少女は! あまりにも不敬が過ぎる。積み重なって、一大重罪人レベルですわ、これは。
それにしても、わたしが一番下、というのはおかしい! そんなに、頼りにならないのかしら、わたし……と思ったけれど、心当たりはいくつもあった。
「さて、二人には薪とお水を――どこかの王女様みたいなへまはしないでくださいねー」
「あ、あれは、初めてだったから……」
「あれ? お兄ちゃんには言ってないんだけどなー」
「あー、はいはい。見てなさいな、ザラ! ええ、それはたくさん持ってきてやりますとも!」
わたしは少し肩を怒らせながら、歩き出した。近くの川岸に向かって。
「ちょっと、オリヴィアちゃん! 道具忘れてるよ!」
早速、わたしの威厳はまたしても低下しましたとさ。
こうして、女三人の姦しい旅が幕を開けたのである。目指す、ゼルシップの港はまだはるか遠くだった。




