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最強勇者と囚われし王女の入れ替わり冒険記  作者: かきつばた
閉じ込められし勇者と自由な王女
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はじめてのわかれ

「そろそろ起きて頂けますか、お兄様? いえ、このネボスケダメダメ王女!」


 どうやら朝が来たようね。新しい朝、目覚めの朝が……。しかし、わたしの意識は、完全には覚醒してくれていなかった。眠気はずっと、わたしにピタリと纏わりついている。


 本来存在しえなかった、この村での幻の三日目。昨日は、夕方ごろまで村長さんと歓談を交わした後、ソフィアさんの家へと向かった。


 彼女のお母さんはぐっすり眠っているようで、ちらりとその姿を確認させてもらったけれど、その日の朝の苦しみはどこにもないように見えた。


 一晩寝れば、よくなるでしょう。薬師様はそうおっしゃっていたらしい。ソフィアさんに教えてもらった。後は、またしても豪勢なお食事をいただいて、お風呂に入って眠りについた。


 そして、現在――


 いったい何度、このやり取りを繰り返せば気が済むのかと思うかもしれないけれど。しかし、これはわたしにとっては差し迫った大問題なわけで。ダメだ、幾度となく起床を経験したとしても、絶対にすっきり起きれる気はしない。昨日のあれは奇蹟だったのだ。


 窓の外からは、鳥のさえずりが聞こえてくる。爽やかで穏やかな朝だ。カーテンの隙間からは日差しが零れてきている。しかしそれでも、わたしは睡魔にうち負けた。


「うぅーん、あとちょっと……」


 反乱の意志を込めて、わたしは寝返りを打った。押し返す布団の感触が心地いい。それがまた、わたしを眠りの世界へと招待してくれる。


「我が名のもとに集え、大気に眠りし魔力よ。この身に宿すのは冷気、其はすなわち万物を凍てつかす絶対の理――」


 ……やばい、この人物騒なこと始めようとしている。わたしは慌てて、飛び起きたけれど――


氷結魔法レフリゲータ!」


 間に合わず、冷気をそのままもろに食らった。来ていた衣服がカピカピになる。そして、鼻からとある液体が零れた。すぐに凍り付いたけど。


 うぅ、さ、寒い……せっかくのぽかぽか気分が即座にどっかに行ってしまった。布団を被り直そうとも、見事にそれは凍り付いている。


「よしっ、ちゃんとおめざできましたね!」


 パチパチパチと、ザラちゃんは賞賛の拍手を与えてくれた。白々しい笑顔を浮かべながら、なので、とても渇き切っている。


 くそぉ、ザラちゃんめ! 見た目は子供のくせして、どうにもやることなすことは残忍だから。わたし、王女様なのに、どうしてこうも軽んじられなければならないのでしょう。


 しかし、それを口にする勇気もないわけで。わたしはささやかな反抗の印として、唇を尖らせた。とりあえず、そのまま立ち上がる。……やっぱり、まだ寒いよぉ。


「起こす時に魔法は止めよう? ねっ!」

「あなたが素直に起きればよろしいのでは?」


 それはまたしても()()()()()微笑みだった。ああ、今から明日が怖いよぉ……。しかし、明日は明日の風が吹く。その時の自分にすべてを任せましょう。


「はあ、着替えるから、出て行ってもらえるかしら?」

「別にそれくらいなんともないですけど」

「わたしの方が気にするのよ、気分的に!」


 彼女の背中を押して、半ば強引に部屋の外に追い出した。その身体は恐ろしいまでに華奢だった。だが、その中身はとても苛烈なわけで……まるで婆やね。


 そんなくだらないことを思いつつ、わたしはきっちりと扉を閉めて、とりあえず服に手をかけた。




    *




 着替えを済ませて、荷物を纏めてそれを持って部屋を出た。今朝は昨日みたいな騒がしさは全くない。それが、ソフィアさんのお母さまの体調が快復に向かっていることを、物語っているように感じた。


 それは決してわたしの思い過ごしなどではなかった。居間に行くと、元気そうな姿の女性がエプロン姿で、せわしなく台所で動いていた。しかし、わたしたちが部屋に入ってきたことに気が付くと、ゆっくりとこちらの方を振り向いた。


 起き上がったその姿を初めて見る。わたしたちは彼女の寝姿しか見ていなかったわけで。そういう意味では、初対面と言っていいかもしれない。


 お母様はとても優しそうな方に見えた。穏やかな笑みを湛えて、暖かな眼差しでわたしたちの方を見ている。その目元はソフィアさんにそっくりだった。少し肌が荒れているみたいだけど、それでもほっそりとした体型の美人だ。


「おはようございます。娘や母から聞きました。お二人にはとてもお世話になったようで――」


 たおやかにお母様は腰を折る。その丁寧な仕草に、わたしは少しどぎまぎとしてしまった。未だに、こうして直接感謝されるのは慣れないのよね……。玉座にふんぞり返って、家臣や旅人さんから形だけ傅かられるのとはわけが違う。


「いえいえ、そんな。わたしたちは――」

「あたしたちはただ当たり前のことをしただけですから!」 


 わたしの声をかき消すような大声。そして、密に足を踏まれた。しまった、また素が……こう、精神を張り詰めていないと、やっぱりダメね。


 と、軽く反省しつつも、どうやらソフィア母は特段何の不信感も抱かなかったらしい。むしろ、ザラちゃんの元気の良さに感心しているほどだった。


「お身体の方はもういいんですか?」

「ええ、ばっちり! なんだか、前よりも調子が良くなったくらいよ」


 ぶんぶんと力いっぱい彼女は腕を回した。その落ち着いた外見からは想像できない行動が、ついわたしの

笑いを誘う。思わず、頬が緩んでしまった。


「もうっ、母さん! 恥ずかしいから、止めてよね!」


 やがて、娘さんの方も姿を現して、慌てた様子で部屋の奥から現れた。ばたばたと大きな足音を立てて、よほど恥ずかしかったらしく、耳まで朱色に染まっていた。


「おはよう、ソフィアさん」

「お、おはようございます……すみません、朝からお恥ずかしいところを……」

「ううん、気にしないで。それより、お母さんの具合がよくなったようで、本当によかったよ」

「はい、これも全部アルス様のお陰です! 本当にありがとうございます!」


 どこか潤んだソフィアさんの瞳が、勇者様わたしのことを深く見つめてくる。同じ女性同士のはずなのに、なんだか気恥ずかしくなってきた。それは吸い込まれそうなほどにまっすぐできれいな瞳だった。


「あの~、お二人さん? あたしもいるんだけどなぁ~」

「ついでに母もいますよ!」

「……はっ! 私ったら、そんなつもりじゃ……。えっと、ザラちゃんもありがとうね」

「なんだかおまけみたいですけど?」

「そんなことないってば!」


 慌てふためくソフィアさんの姿に、他のみんなが笑った。なお、笑われた当の本人は、一層居心地の悪そうに肩を竦めてしまう。


「……二人はもう村を出てしまうのよね?」

「はい、早いうちに出て、少しでもグルード山に近づいておきたいので」

「せめて朝ごはんくらいは食べて行って。ごめんなさいね、あたしからはこんなことしかできなくて……」

「いえいえ、もうこれ以上ないくらいの扱いをソフィアさんやお婆様から受けましたから」


 とまあ、そんな形ばかりのやり取りをした後で、わたしとザラちゃんは食事の用意のしてる食卓についた。程なくして、お婆様もそこに合流する。


「いただきます」


 わたしは手を合わせて、ちょっぴりだけ頭を下げた。そして、目の前に並ぶ料理に手を付けていく。それは朝食にしてはやけに気合が入っていた。


「お母さん、張り切って準備してましたから。病み上がりなのに……」

「もう、ソフィア。いつまでも病人扱いしないでよ」

「何を言ってるのか。まったくソフィアがどれだけ心配したと思うとる」

「そ、それは、本当にごめんなさいだけれど……」


 なんだかそのやり取りは、ソフィアさんを初めて村に送り届けた時のものによく似ていた。少しおかしくって、わたしはつい笑ってしまう。


 とても、穏やかな時間だった。思えば、こんな風に楽しく朝ごはんを食べるのはいつぶりだろう――お城では大抵わたしはいつも一人だったから。その温かさが胸にして、つい目が潤みそうになる。


「ごほっ、ごほっ!」

「だ、大丈夫、お兄ちゃん?」

「アルス様! どうなさいましたか!?」

「いや、ちょっとむせただけだから――」


 そんな想いを誤魔化すように、いきおいよくグラスを傾けたのがいけなかったらしい。わたしは見事に、水による暴力を受けてしまった。……うぅ、余計に恥ずかしい。


 そんなわたしの姿を見て、食卓は笑いに包まれた。照れくさいながらも、わたしもつられてなんだか笑ってしまう。今まで感じたことのない団欒のひと時が確かにそこにはあったのだ――




   *




「それでは、お世話になりました」


 食事を終えて、少しお腹が落ち着いてきた時を見計らって、わたしたちは家を出ることにした。


 玄関で、ソフィアさん一家と向かい合う。おそらくこれが今生の別れだろう。もし元の姿に戻れたとしても、この村に来る機会はあるだろう。だけども、その時この人たちは、王女様のことを彼らが進行を温めた人ととは認識できない。ただ、わたしによる一方的な再会になるだけだ。


 流石に、胸に来るものがあった。旅とは出会いと別れの繰り返し――そんなことはわたしが読んだ物語の定番だったけれど。しかし、いざ自分のみで経験するとあっては、そのもの悲しさは一入だった。


「二人とも、気を付けて旅するんだよ」

「もし、また近くに来ることがあったら、ぜひ! その時は、ソフィアじゃなくて、あたしが腕を奮っちゃうからね!」

「はい、ありがとうございます」


 その言葉に、わたしはザラちゃんと共にとても丁寧に頭を下げた。はあ、本当にいい人たちだった。このままここでずっとお世話になりたいくらいにって、それはさすがに図々しいか。


「ほら、ソフィア。あなたも何か」


 彼女は食事を終えてから黙りっぱなしだった。やはり、別れが辛いのだろうか。その顔は少し沈んでいる様に見える。しかし――


「やっぱり、決めました! 私、アルス様たちについていきたいです!」


 繰り出された言葉は、わたしの想像を絶するものだった。思わず、妹様と顔を見合わせてしまった。

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