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最強勇者と囚われし王女の入れ替わり冒険記  作者: かきつばた
閉じ込められし勇者と自由な王女
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凱旋

 わたしたちは短い飛行時間の末、エルム村の入り口の前に着陸した。こうして、あっという間に移動するのは三回目の経験だけれども、まだまだ慣れない。飛行中の速度のまま、いつか地面に突っ込んじゃうんじゃないかってすら思う。


「ひゃ、ひゃあ……。魔法って、本当にすごいですね!」


 そんな中、ソフィアさんはそれはまあ可愛らしい声を漏らした。そして胸元を押さえて、何度も呼吸を繰り返している。その横顔にはうっすらと汗が浮かんで。しかし、決して辛そうなところはない。本当に心の底から、束の間の飛行移動を楽しんだらしい。うっとりとして、少し我を忘れているように見えた。


 わかる、わかるよ、ソフィアさん! わたしも、初めてペガサスの羽根を使って移動したときはそうだったんだから。しかし、決して声に出して賛同して上げることはできないけれど。今のわたしは、勇者様。移動魔法なんて、慣れに慣れきっているはずだもの。


 だから、わたしはクールに笑っておいた。温かいまなざしで、まだドキドキの表情の素朴な村娘を眺める。うんうん、とても微笑ましい。そんなこと思っていたら――


「なあに、ソフィアさんのことじっと見てるんですか? ()()()()()


 耳元で、吐息成分の多めに囁かれる。なんだか、変な気分になってしまう……。しかし、その幸せを味わう暇もなく、わたしはすぐに顔を歪めずにはいられなかった。


「いたたっ! つねるのは止めてよ、ザラちゃん!」

「お兄ちゃん、キモイよ?」

 

 お腹の辺りの皮をぎゅっとつままれ捩じられたからだ。しかも薄く掴むものだから、突き刺さる様な痛みを感じた。かろうじて悲鳴を上げるのは堪えられたけれど、しかし、小さく叫んでしまった。


 そのせいか、ソフィアさんの顔は、今わたしたちの方を向いていた。今度は、彼女がわたしの方を微笑ましく見る番だった。


「ザラちゃんは本当にお兄ちゃんが好きなんですね!」

「……うっ、そういうんじゃないですからっ! それより早く戻りましょうよ」


 そういうと、ザラちゃんは顔を真っ赤にして駆け出して行ってしまった。高いアーチの下をくぐって、村の中へ。


 残され私たちも一度顔を見合わせてから、やや駆け足で後を追った。さすがに、彼女よりも見た目も中身も大人なので、なんとなく走るのは気恥ずかしかった。


 しかしそれでも、結構なスピードでソフィアさんは走っていく。あっという間に、彼女の家についた。すると、家の外では薬師様とおばあちゃん。そして一足先についた妹様が待ち受けていた。


「おお、ソフィア! よく無事に戻ってきたね」

「ええ、アルス様たちのおかげです。……薬師様、これを」


 ソフィアさんは、一輪の花が入った薄手の布袋を薬師様に渡した。崖の上に群生していた紫色の合弁花。ここにしか咲かないもので、それが薬の材料だという。


 彼女は準備していたシャベルで、根本からばっさり採取した。なんでも、まるごと使うとか。薬師様の仕事場によく遊びに行っていたという彼女は控えめに教えてくれた。


「ふむ、確かに。では、すぐにでも調合に取りかかろう」

「なにか手伝うことはありますか?」

「いや、大丈夫だよ。あの薬の調合は本当に久しぶりだけどね。それよりも、ソフィアちゃんはお母さんについていてあげなさい」

「は、はい。ありがとうございます!」


 ペコリと頭を下げて、ソフィアさんは急いだ様子で家の中に入ろうとした。しかし、その直前で立ち止まり、わたしたちの方を振り返る。


「アルス様たちは、もう旅立ってしまわれるのですか?」

「いやそれは――」


 わたしには決められなくて、妹様の表情を窺う。すると、彼女ははっとしたような顔をした。


「そういえば、足りないものがあるのを思い出しました。なので、出発は明日に延ばそうかな、と。ねえ、お兄ちゃん?」

「……あ、ああ! そうなんだよ、ソフィアさん」

「そうなんですね!」


 彼女はとても嬉しそうな顔をした。目を輝かせて、ぱたんと手を合わせる。そして、再びこちらの方に駆け寄ってきた。


「でしたら、今日も泊まっていらしてください!」

「いえでもさすがにご迷惑では……」

「何を言いますか! 孫の命だけでなく、娘の命を救ってくれたお人に恩返しをしないなんて、そんな恥知らずなこと、この婆にさせてくださるな」

「……すみません、では今日もお世話になります」


 まあそれは、半ば形だけの問答だったわけだけれど。とにかく、わたしたちは今晩の宿を確保できた。それは素直に喜ばしい。


「さあ、お二人も上がってください。さっきの闘いでお疲れでしょう?」

「その必要はないよ、ソフィア」


 そのまま勢い手を引かれて歩き出したところ、突然声がした。女性にしては、やや低くハスキーなそれは、確かに聞き覚えがある。


「村長? どうしてここに……?」

「いやなに、またしても村の者が旅の人に迷惑をかけたと聞いてね」


 振り返ると、そこには村長さんがびしっとした姿勢で立っていた。その顔には、どこか意地の悪い笑みが浮かんでいる。


「よければ、あたしの家にいらっしゃらないか? あの子の家だとなかなか落ち着かないだろう?」

「むっ、ちょっとどういう意味かな、テレサちゃ――村長!?」


 ソフィアさんは唇を尖らせて少し不満げな顔をした。そして、どこか顔が赤らんでいる。それは憤っていることもあるのだろうけど、きっと恥ずかしさの方が勝っているのでしょうね。


 わたしは困惑しながら、村長とソフィアさんの顔を交互に見る。とりあえず、握った手を放して欲しかったり……。


「あんたには、母親の看病って大事な仕事があるだろう? ほら、行った行った」

「確かに、今はあたしたち邪魔かも」

「そ、そんなことありませんよ」

「いいから、いいから。さ、行こうか、二人とも」


 そう言うと、村長さんは颯爽と歩き出して行ってしまった。その後ろ姿はとてもかっこいい。


「……ご馳走、用意して待ってますね」


 こうして、ひょんなことからわたしたちはまた彼女の家を訪れることになったわけだ。




   *




 連れてこられたのは、昨日の部屋ではなかった。あそこは執務室で、客人を歓待するには相応しくないとは、村長さんの弁。


 部屋の中央に豪華な机とソファがおいてあるここは、応接室だ。まあしかし、日頃ここを使わねばならないようなゲストはいないから、使うのは久しぶりらしいけど。


 それでも、掃除はしっかり行き届いていた。途中、遭遇した家政婦らしき人の仕事かもしれない。恰幅がよくてなかなか人の良さそうなおばさまだった。


「いやぁ二人には本当にお世話になりました」


 椅子に座るなり、開口一番お礼の言葉、そして、深々と頭を下げる村長さん。その所作はとても洗練されているようだった。


「いえ、そんなお礼なんて」

「申し訳ない。村の問題は、村で解決しないといけないのに……」

「まあまあ、困ったときは助け合いですよ」

「……そうだね。重ね重ね、ありがとう」


 村長さんはまた再び頭を上げた。今度は先ほどよりも軽く、あくまでも爽やかそうに。顔を上げると、そこには柔らかな笑顔があった。


「しかし、二人を見ていると、何だかある人を思い出す」

「誰のことですか?」

「五年前、この村にやって来た旅人だよ。彼もまた例の薬を求めていてね」

「ああ、それなら薬師のおじさんに聞きました。その人は自分で材料を採りに行ったとか」

「そうなんだ。それに、少し多めに採ってきてくれてね。なかなか気がよさそうないい男だったよ。先を急いでいたようで、すぐに魔法で飛んで行ってしまったけど」

「……そうなんですね」


 聞き終えたザラちゃんの顔はなぜか微妙そうだ。なんだろう、もしかしてその人に何か心当たりがあるとか? 後で聞いてみようかしら。


「しかしなかなか困ったものだよ。今まで、薬師のとこの特別薬を使う機会は運良くなかったけどさ。昔はソフィアの父親がそういう仕事をしていたんだが」

「ソフィアさのお父さん……亡くなったんじゃなくて、いなくなったって聞きましたけど」

「そうか、あの子はそんなことまで。それはまだ前の村長――あたしの父の時代だったから、よくわからなかったけど。とにかく、あの子の父親は今も帰ってきてない。それは事実さ」

「……お父さんが行方不明って辛いですよね。ソフィアさん、とても寂しそうでした」

「だろうねぇ。昔はよく、あたしに、いつか探しに行くんだ、とかいってたけど。まあなかなかねぇ」


 村長の顔は渋かった。確かに、この魔物がうようよしているご時世だと、女性の一人旅はなおさら厳しそう。って、よく考えれば、わたしたちも女性の二人旅のはずなんだけど。


 なんとも言えない気持ちになって、つい隣に座る魔法使いの少女の横顔に目を向ける。本人は兄にはだいぶ劣ると自虐するけど、わたしからすればこの子の魔法でも十分凄いと思うのよねぇ。兄(の姿をしたわたし)と合流するまで、短いながらも一人で外を歩き回っていたわけだし。――これは、まあ例外か。


「って、ごめんね! なんか、湿っぽい話をしちゃったね」

「いえ、気にしないでください」

「っと、あたしとしたら失念してた。お客様にお茶も出さないで」


 少し申し訳なさそうな顔をすると、村長さんは慌ただしく部屋を出て行った。別にいいのにと、声をかける暇もない。


 後に残されたわたしたちは、気まずい雰囲気のままそれを待つことになった。なぜなら、さっき見たザラちゃんの横顔はとても物憂げだったから。とても言葉を掛けられる雰囲気ではなかった。

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