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最強勇者と囚われし王女の入れ替わり冒険記  作者: かきつばた
閉じ込められし勇者と自由な王女
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プリズンブレイク!

「おいおい、また物騒な奴がきたもんだな!」


 階段を下りきって少し歩いたところに、突然男の声がした。相手の姿は見えないが、それが誰かはよくわかる。


 言葉とは裏腹に、その声に焦った調子は見られなかった。いつも通りの軽い感じ。それは、今までの経験から魔物など恐れずに足らず、と思っているのか。それとも、この謎の甲冑の正体を見抜いているのか。


 どちらにせよ、俺としてはあまり面白くなかった。まあ、初めから親父がこんなことで動揺するとは、思っていなかったけど。もう少し楽しい反応をしてくれてもいいと思う。


 ランドルフから親父の道具袋を受け取った俺たちは、一つ寄り道を挟んだのだった。。その寄り道とは、俺とキャサリンのための衣替え。あの寒さを一度経験した身としては、何の対策もしないわけにはいかなかった。そこは、流石のお気楽ウンディーネも同様だったらしい。


 それで、彼女の部屋によって、防寒具を身につけさせてもらった。――その時の着替えの様子は述べたくはない。ただ、またしても、男としての尊厳を失ったのは確かだ。とにかく、今甲冑の下はいつもの薄手姿ではない。


 その後にすぐさま、親父のところに向かった。すべての条件が揃った今、日を改める必要なんてどこにもない。一刻も早く、俺はここから逃げ出したかった。もう囚われお姫様の生活なんてうんざりだ。


 逸る気持ちを押さえながら、可能な限り急いで、ここまでやってきた。四度目とあっては、流石にタークも道を覚えたらしい。移動は恐ろしい程にスムーズで。変装の甲斐もあって、見張りに見咎められることもなかった。石像ブラザーズだけは最後まで訝しんでいたみたいだけど、そこはあっさり、キャサリンが何とかしてくれた。


 その声にこたえる者はいなかった。俺はそのまま腕を引かれ続ける。やがてぴたりとその力が止んだので俺は足を止めた。感覚だけを頼りに、檻と思われる方向へと身体を向ける。


「いい加減、これを外してくれてもいいだろ?」

「それもそうですね」


 タークの声がして、程なく全身に二人の手が触れていくのを感じる。彼らは慣れた様子で甲冑のパーツを外してくれていった。段々と、身体が久方ぶりに外の空気にさらされていくが――


「ひゃっ! ど、どこ触ってんだよ!」


 冷たい感触が服の中に入ってきた。どう考えてもわざとだ。思わず変な声が漏れちゃったじゃないか。 


「あらぁ、ごめんなさいねぇ~。でも、アーくん。相変わらず、いい悲鳴を上げるわねぁ」 

「やかましいわっ!」


 と、とにかく、全身を包んでいた銀の装備がどんどん床に落ちていく。そして、最後にようやく視界を覆っていた兜が取られた。地下は薄暗いはずなのに、それでも俺には十分明るく見えた。


 窮屈さから解き放たれて、俺は頭を二度三度振ってみた。姫様の長い金色の髪の毛が視界の端々で揺れる。ふんわりと、いい匂いがした。


「ほう、強力な敵だと思ったら、その正体はこんなに絶世の美女だとは!」

「あまりにも閉じ込められ過ぎて、頭がおかしくなりやがりましたかね、このバカ親父は」

「うーん、しかし、中身はとんだじゃじゃ馬姫様だな」

「でもパパさん。意外と女の子らしいところもありましてよ?」

「ほう、それはどんなかな? 麗しきお嬢さん?」

「掘り下げなくていいから。キャサリンも余計なこと言わない」

「まあ、それはまた別の機会にして――、で、お前らがまたここに来たってことは――」


 親父の顔からすっと笑みが消えた。一際鋭い目付きになって、おれの顔を真剣に見つめてくる。


 その言葉に応じたのは、タークだった。彼は、ボロボロの革袋を掲げてみせる。してやったり顔をしながら。


 その様子を見て、親父はとても満足そうに頷いた。そして、一つ口笛を鳴らして、手を叩く。


「昨日の今日で解決するとは、いやぁなかなかどうして優秀かな」

「そりゃ、親の教育がよかったんでしょーよ」

「はっはっ、そうに違いねえ。――実はな、この中には」

「薬が入ってるんだろ、母さんのための」

「よくわかったな! 海の魔物退治の前にな、道すがら港近くの村に寄ったんだ。そこに名うての薬師がいてさ。無理を言って、作ってもらったのさ。……だいぶ、遅くなっちゃたけどな」


 親父はそっぽを向いた。そして照れたように、頬を掻いている。


 俺はなんとなくほっこりとした気持ちになって一つ息を漏らした。つい頬が緩む。親父がようやく返ってくるだけじゃなくて、母さんまで――そう思うと、早く家に帰りたくなった。


「ターク、鍵を開けてくれるか?」

「はい」

「これで違うってことは、ないよね~?」


 縁起でもないことを言わないで欲しい。これでもしそんなことになったりしたら……とにかく、固唾を飲んで俺はタークが鍵穴に鍵を差し込む様子を見守る。


 ガチャ――そんな不安など、どこ吹く風。ようやく、牢屋の扉が開いた。


「感動の対面だな」


 親父が中から、ゆっくりと歩いて出てきた。改めてみると、少し衰えて見えた。こんなところに五年も閉じ込められていたのだ、無理はない。でも、なぜか胸の奥が悲しくなる。


「直接お目にかかれて、光栄です。()()()

「なんなりと酷使してくださいな、()()()


 それは決して、親子の感動の対面には程遠いけれど。それでも、今の俺たちには十分にあっていると思えた。




    *




 ずっと、嫌な予感はしていた。きっかけは、出発してすぐのこと。そこにいるはずのものがいなかった――石像ブラザーズは消えていた。まるで初めからいなかったように、何の残滓もなく。


 それは、他のモンスターたちも同様。迷宮にあれだけうじゃうじゃと巣くっていたオーク兵も一匹たりともいなかった。


 不気味なほどの静けさを伴って、通路だけが変わらずその複雑を誇っていた。あまりにも不自然すぎる。どうして、いきなり見張りが消えたのか。これが親父を助け出したことと関係ないと考えるのはあまりにも都合がよすぎるけど。


 それでも、俺たちにはもう退路はなかった。漠然とした不安を覚えながら、通路を歩いていく。長い道のりにもかかわらず、誰も言葉を交わそうとはしなかった。みんな、この雰囲気の異様に何かを感じ取っているらしい。


「アルス、これはお前が持っておけ」


 あと少しで出口のところで、親父がしばらくぶりに口を開いた。立ち止まり振り返ると、まっすぐに自分が愛用している道具袋をつきだしてくる。


 俺はすぐにはそれを受け取らなかった。親父の真意がわからなかったのだ。それで戸惑って、視線を宙に彷徨わせてしまった。


「なんでだよ、父さん?」

「ちょっとな」


 それ以上、親父が口を開くことはなかった。黙って、袋を突きつけてくるだけ。その顔は険しくて、父のそんな表情は、あの別れの日以来だった。


 結局、よくわからないまま、俺はそれを受け取った。外套の中に入れて、しっかりと腰のあたりで紐を結び付ける。


 それを確認すると、親父は再び歩き始めた。黙って俺もついていく。


「どうしたんでしょうね?」

「さあな。まあ何かあるんだろ」


 この異様な雰囲気が、親父に特異な行動をさせたのだろう。俺はそう納得することにした。自分もまた、さっきからずっと心がざわついて仕方がない。


 やがて、最後の階段に辿り着いた。ここを上ると玉座の間、あとはそこを抜けて正面出口まで行けば、そこで俺のこの奇妙な暮らしは終幕だ。――しかし。


「ふむ、やはりこれはおかしい」

「親父もそう思うか?」


 親父は再び足を止めた。上階に続く長い階段を前にして。スムーズに道程の半ばまで来たところなのに、その顔はとても緊迫感に満ちていた。


「ああ。本来ならば、たくさん警備兵がいるんだろ?」

「はい。そうです」

「一度だって、ここから人払いされたことはないはずよ~」

「――罠だな」


 親父は短く言葉を繰り出すと、すぐに踵を返す。そのまままっすぐと、前へと踏み出していく。そこに迷いはなかった。


「大丈夫かしら?」

「それでも、俺たちにはこの道しかないだろ」


 そう言って、俺も後に続く。胸の中に燻っていた不安は勢いを増したけれど、それでも躊躇う気持ちは微塵もない。目の前にある男の背中がとても頼もしく見えた。


「……残念だよ、我が姫よ。こんなことになるとはね」


 ――階段を上り、通路を抜けると、そこには涼し気な感じの魔王が立っていた。静かに笑うその姿は、かつてない程に恐ろしく感じた。

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