意外な結末
「いやぁ、えらいすんません。自分もつい、ちょっと気が動転していたというかですね」
わたしは、自分の顔を曇らせずにはいられなかった。ぐっと両眉を寄せて、下唇を軽く巻き込む。さっきからまばたきが止まらない。それくらいに、今この目の前の事態に驚愕していた。
それはほかの二人も同じようで。ザラちゃんは、腰に手をついて残念そうな目を、魔鳥人に向けていた。わたしはその表情を見たことがある。朝、ぐグダグダしている時にもそんな呆れ顔をしていらっしゃいました。
そして、ソフィアさんも、モンスターの異変を感じて、すっかり勇者様の後ろから出てきた。とても物珍しげに魔物さんを眺めている。その姿はとても好奇心旺盛な少女のものだった。
魔鳥人は、大きな翼を縮こませている。さらに肩を竦め、腰を屈め、頭を垂れて。その身体は気持ち小さくなって、全身で申し訳なさを演出していた。さらに、媚びるように揉み手まで。
なんだか調子狂うなぁ……。果たして、これをどうしたものか。これは、わたしの手には負えないわ。なので、救いを求めるように、妹様の方を見るけれど。
ぶんぶん、彼女は勢いよく首を横に振るだけだった。いやいやとだだをこねるお子様みたいで、少し可愛らしいけれど。どうにもザラちゃんも扱いに困ったいるみたい。
こんなことになるのなら、あの究極魔法とやらが当たってしまえばよかったのに。自分のコントロールのなさを恨む。あの森のヌシにはしっかりと直撃させられたのにな……。
究極雷撃魔法――ウルストニトルス、闘いが始まって、私は早速その魔法を使った。それを使うのにふさわしい強敵だと思ったからだ。そもそも、わたしたちにはあまり時間はないわけで、手っ取り早く済ませたいのもあった。だが――
「いやぁ、ホントそこのお兄さん、お強いですね! あんな魔法、いきなりぶっ放されちゃあ、とてもあっしなんかじゃ相手になりませんとも!」
見当違いな方向に落ちた雷を見て、魔物さんはすっかりビビってしまっちゃったらしい。白旗を上げて降伏状態。その変わり身の早さに、こうして呆気に取られていた。
「……お兄ちゃん、もうめんどくさいからさ。さっさと倒しちゃおうよ」
「ちょ、ちょっと、お待ちになさってくだせえ、そこの可愛らしいお嬢ちゃん!」
「誰がお嬢ちゃんよ! どこをどう見ても立派なレディだわ!」
怒るポイント、そこなのね……。このふざけたやり取りに、ますます毒気が抜かれてしまう。わたしにはわざわざこの魔物に止めを刺す理由が見当たらなかった。
「これはとんだ失礼を! とにかく、ご兄妹様。後生ですから、どうかここは見逃してくだせえっ!」
ついに、彼は両手を合わせてこちらを拝み始めた。……闘う前の不遜な感じはどこに行ったのやら。食べたらおいしそうとかおいしくなさそうとか、散々言ってくれてたじゃない。
まあしかし、相手がこう言ってる以上、わざわざとどめを刺すのは気が引けるわけで。なまじこういう人間らしいことをされると、良心が傷んだ。
「ええと、あなたはとりあえずもう闘う意思はないんだね?」
「ちょっと、お兄ちゃん!」
いきなり腕を引っ張られた。そのまま、敵から少し離れた場所へ歩いていく。ソフィアさんも一緒についてきた。歩きながらも、ザラちゃんは魔物をきっちり見据えたまま。
「なに情けをかけようとしてるのよ!」
「いやでも、ああ言われたらさぁ……」
「もともとこの山に住んでた魔物でしょ! 倒した方が村の人のためになるって」
ちらりと、ザラちゃんが村人さんの方を見る。だけど、彼女はきょとんとした顔をしていた。そして、首を傾げる。
「いえ、あの、違いますよ、ザラちゃん。あんなのがいるって、私今初めて知りましたから」
「は?」
今度、とぼけた顔になるのはザラちゃんの番だった。とても愛らしい間の抜けた叫びが、その小さな口から漏れる。茫然とした顔で、彼女はこの山をよく知る少女の方を見つめる。
「でも、ここに凶暴な魔物がいるって――」
「それは道中、散々見てきたじゃないですか」
……薬師様のあの言葉は、特定の魔物を指していたわけではないのね。村周辺に湧くのと同じように、単純に魔物という存在を怖がっていただけか。
それを、わたしは勘違いして――どうもザラちゃんもっぽいけど――ボス戦だと、張り切ってしまったわけか。いや、でもそこ見た目はここらの魔物を軽く統率していそうな感じですけどねぇ。
「じゃ、じゃあ、あいつは何なの?」
「さあ?」
妹君の質問への答えを持つものは、わたしたちの中にはいなかった。結局、そのまま魔鳥人さんの所に戻る。
……彼は律儀にわたしたちを待っていた。さっさと、逃げればいいと思うのだけれど。
「で、どうなりました?」
「いや、その……」
「そもそもあんたは何なの? どうしてこんなところにいるの? 昔からここにいるわけ?」
わたしが言い淀んでいると、ザラちゃんが代わりに魔物を質問攻めにした。強きな顔をして、果敢にその巨体に詰め寄っていく。
「いえ、ちょっと羽休めをしていただけです」
「じゃあこの山を根城にしてたとかじゃないんだね」
「いえいえ、そんな滅相もない! 自分、こう見えても平和主義なので、そんな乱暴なことはちょっと」
たじたじな様子で物語る魔物の姿は、とても可笑しかった。とても牧歌的――玉座の前で、謗りを受ける大臣が思い浮かんだ。
「でも、なんか物騒な事のたまってたじゃん」
「あれはですね、その場のノリというか……そうすれば、人間さんたちが逃げて行ってくれるかと……でも予想以上に強くてですね」
「それって、もしザラたちが弱かったら、酷い目にあってたってことにならない?」
「多少のケガは、そうですね~」
「嘘です! きっと私たちを殺したんじゃないですか!」
ついには、ソフィアさんまで参戦した。完全に魔物の立場が、この中で一番低くなった瞬間だ。
「いえ、自分にはそんな物騒なことできませんとも!」
「ホントかな~。どうせ他所では人襲ってるんでしょ」
「自分は慎ましく、故郷の森で暮らしてるだけです。信じてください!」
なおも必死に懇願する魔鳥人さん。わたしはかなり心が動かされていた。魔王城の、あの気の優しそうな見張り番さんのことを思い出す。
「ねえ、信じてあげましょうよ。わた――僕は全ての魔族が悪だとは思わないなぁ」
「甘い、甘すぎるよ、お兄ちゃん! こいつがホントのことを言ってる証拠なんて一つもないんだよ?」
「でも、そんなこと言ったって、どうするの、ザラちゃん?」
「うーん……ちょっと気が引けるけど、良い考えが」
そう言うと、浮かない表情のままザラちゃんは地面に座り込んだ。腰につけた小さな鞄から、羊皮紙と羽ペン、さらにインクを取り出して、並べていく。
そのまま、彼女は平らな木の板を下敷きにして。何かを書かき込み始める。わたしとソフィアさんは不思議そうな顔でそれを見守ることに。魔物さんは、どこかはらはらしているように見えた。
「これにサインして!」
「なんです、これ?」
「いいから!」
そして、ザラちゃんは何かが書かれた羊皮紙を、モンスターに向かって押し付けるように突き出した。困惑しながらも、彼はそれを受け取る。そして、ペンを借りると促されるままに、それを走らせていく。
「ふうん、あんた、ゲルダンと言うのね」
「ザラ、それはなんだい?」
「使い魔の契約書よ」
……ちらりと、彼女の手元を覗き込んでみた。きれいな文字がびっしりと並んであって、一番下には謎の名前が記してある。その横には、拇印まで押されていた。
「とにかく、これであんたはザラのげぼ――じゃなかった、使い魔。これから、よろしくね」
「えと、よくわかりませんが、よろしくお願いします」
「それじゃ今日のところは帰ってよし!」
最後に一礼すると、魔鳥人――ゲルダンさんは翼を大きく広げて、大空へと飛び出して行ってしまった。その姿を見て、満足そうに頷くザラちゃん。
「……これで本当になんとかなるのかい?」
「うん、大丈夫。なにか悪さしたら、死ぬから」
「え、えげつない」
「そんなことより、ソフィアさん!」
「は、はい。なんでしょう?」
「……そんな驚かないでよ。ほら、早く薬の材料を!」
その言葉にソフィアさんははっとした表情になった。そのまま崖の方に近づいていく。そこには一輪の真っ赤な花が咲いていた。あれが薬の材料らしい。
「はぁ、なんかすごいくたびれたわねぇ。まだ、山下りがあるなんて……」
「なにいってるのよ、移動魔法があるじゃない。お兄ちゃん?」
そう言って、勇者様の妹君は悪戯っぽく笑うのだった。




