二つ目のミッション
「さあ、次は勇者様の荷物ですね」
特に何も問題なく、俺たちは地下牢の鍵を手に入れた。つまり、これで確実に城からの脱出が保証されたわけである。
正直な話をすれば、早く親父のところに向かいたかった。荷物なんて後回しにして、さっさとここからおさらばしたい。
まあしかし、わざわざ頼んでくるほどだから、よほど大切なものなんだろう。それが何かは見当もつかないが。父がいつも使っていた愛用の革袋を思い出して、少し顔を曇らせる。いったい何が入っていることやら。
「ターくん、どこにあるか知ってるの?」
「たぶん倉庫ですよ。連れてきた人たちの荷物は一緒くたにまとめてあると思います」
「確かに、あの人はそいういうとこ無頓着だからね~」
キャサリンの笑い声が聞こえてきた。どこか呆れた感じが混じっている。見えないが、きっと苦い顔をしているのだろうか。
倉庫、ねぇ。いったいどこにあるのやら。あまり歩かないといいんだけど。さすがにそろそろ疲れてきた。声を自由に出せないのも辛い。精神的に参ってくる。
しばらくは、無言のまま俺たちは歩き続けていた。甲冑が動く音だけがやけに大きく、空間に響いている。ずっと内側にいるからもう慣れたが、それでもとても耳障りだ。
しかし、よく二人は色々と協力してくれるもんだ。キャサリンは自分のためでもあるようだが。タークもなんだかんだ言って、こんな変装の道具まで用意してくれて。……いや、ある種の意趣返しなのかもしれないけれど。
その点で言えば、姫は本当に運がいいと思う。魔王がもっと用意周到だったり。あるいは、城内の魔物の協力が得られなければ、こうもうまく脱出の目途は立たなかっただろう。
と、あまりにも退屈過ぎて、ついどうでもいいことを考え始めてしまった。暗闇の中では、どうも不安感が増幅する。すると、ふと前方からの力が止んだ。慌てて俺は足を止める。
「おやおや、皆さん。こんなところに何の御用が?」
またしても、魔物に遭遇したらしい。最後に階段を下ってからは久しぶりだが、うんざりする。ハラハラしながら、仲間が対応してくれるのを待つのだけれど。
「ええ。ちょっと物を探しに」
「でもここにはそんな大したものはありませんよ?」
「なになに~、アタシたちは入っちゃいけないってわけ?」
「い、いえ、そういうわけじゃあ、ありませんが……」
どうやら、廊下を歩いていてモンスターに声を掛けられたわけではないようだ。そもそも、ここが目的地――倉庫の入り口なのだろう。つまり、今話しているのはそこの見張りか。
やがて、再び手を引っ張られた。揉めているみたいだったが、中に入ることは許されたらしい。そして、いきなり視界が開けた。
「どう? 見えてる~?」
キャサリンの声に俺は首を縦に動かした。目の前には、兜の目張りを持った彼女の姿が。
久しぶりに外の光景が目に入る。さっと、左右に首を動かしてみる。薄暗い部屋だ。壁には、棚がびっしりと張り付いている。それぞれの段には無造作にものが置かれている様だった。
「それじゃあ、手分けして探しますか」
その声で、俺はまっすぐ棚に向かて歩いていく。どう見ても、探し物はそこにはない。よくわからないものが、無造作に並べられているだけ。
はあ、一つため息をついて、俺はキャサリンの方に向かった。しかし、彼女も力なく首を振るだけ。確かに、そっちもはずれみたい。最期の望みをかけて、俺たちはタークの所に歩いていくが――
「……ないみたいですね。魔王様が捨てたのかもしれません」
力なく彼は首を振った。ううん、どうやらここにはないらしい。
「入口の奴は何か知らないのか?」
「ちょっと聞いてきます」
そういうと、タークは後方へと歩いていった。手持無沙汰で、俺はぼんやりと棚に目を向ける。魔界の道具なのか、これまた見覚えのないものしかない。
「ホント、ガラクタしかないわねぇ」
「そうなのか? 俺にはさっぱりだけど」
「まあ別名ゴミ置き場、ですから~。パパの荷物がなくて残念ね~、お姫様?」
「その呼び方は本当にやめてくれ」
「わかりましたよ」
キャサリンとくだらない会話をしていると、タークが戻ってきた。
「この間、ランドルフ翁が革袋を持って行ったらしいです」
「ランドルフ?」
はて、なぜか聞き覚えのある名前だった。必死で、記憶の中を探っていく。――それは、いつかの時に助けてくれたあの老魔族の名前だった。
*
流石に甲冑を着たまま、階段を上がって行くのはしんどかった。話によれば、ランドルフの部屋は最上階。そして、倉庫及び詰所があったのは一番下の階層。まったくふざけた道程である。
それもこれもこの身体がいけないと思う。まったくいくら王女だからと言って、もう少し身体を鍛えるべきだね。姫様にあった時には、必ず進言してやる。そんな風に思った。
「おや、珍しい。客人が来るとは」
「すみません、翁。突然お邪魔してしまって」
「いいのだよ、ター坊。それにそっちはウンディーネの娘……キャサリンといったかな?」
「ええ、そうよ。こうしてお話しするのは、初めてかしら~」
「そして、そっちは――」
訪れる沈黙。鎧の中にいるのに、空気がひりつくのを感じた。怖気が走って、全身から汗が噴き出すような錯覚に襲われる。きっと、ランドルフが甲冑兵のことを厳しい目つきで見てるのだろうけど――
「いや、止めておこう。事情があるのだろうて」
その声はとても穏やかだった。朗らかな笑みまでついていて。その沈黙が俺には永遠にまで感じられた。まだ心臓がバクバクいっている。とても生きた心地がしない。
「して何用だ? どこぞのお姫様がまた二日酔いにでもなったか?
「いえ、そういうわけでは。あれから一滴たりとも、飲ませていませんし」
「ほっほっほ、冗談だよ」
タークって意外と馬鹿正直だよなぁ……。まあその何気ないやり取りのおかげで、ようやく緊張から解き放たれたわけだけれど。
「翁、地下の倉庫からなにか袋を持ち出したと聞きましたが……」
「ああ、なにちょっと面白いものだと思ってな」
がたがたと物音がした。何が起きてるのだろう。目張りを外してもらいたいところだけど、残念ながらそうはいかなかった。
「これは?」
「とても珍しい薬だと思ってな。それで調べてみたのだ」
「へぇ、これが……?」
ランドルフはなにかを見せているようだが、生憎俺の前には暗闇しか広がっていない。きっと、彼にはこの甲冑の正体がわかっているに違いないが、それでも声を出すことは憚られた。
「うーん、アタシにはよくわかんないな~」
「まあそうじゃろうな。これはかの神薬に近い性質を持つ」
「つまり?」
「あらゆる病を癒す効能があるのだよ」
あらゆる病を癒す――そうか、ようやく親父がこの荷物を欲した理由がわかった。母さんのためか。今も謎の病に苦しんでいる彼女のために、親父はこの薬を手に入れたのか。
「それを返してもらってもいいですか?」
「ああ、もちろんだとも、すぐ戻そうと思っていたが、忘れていた」
これで、ようやく脱獄の準備が整った。後は、親父のところに戻るだけである。




