さあ、山の頂へ!
山の中腹辺りまで来たところだろうか。がたがたした山道の途中に、開けた場所があった。私たちは今そこで、一休みしている。そこそこに平らな岩を見つけて、そこに腰を下ろしていた。
ソフィアさんによると、昔、村の人がわざわざ整備したらしい。山頂までは、まだまだ距離があるから、少し足を休めるためのものとのこと。魔物がまだ大人しかった時代の話だ。
道が険しいのはもちろんだけど、急ピッチで進んできたので、ソフィアさんやザラちゃんはかなりしんどそうだった。わたし? ……どんな鍛え方をしたのか、勇者様の身体は全くびくともしていませんとも。気持の方は、そろそろ代わり映えのしない景色圧し負けそうだったけれど。
「しかし、こんなに順調に進めるなんて思いもしませんでした。アルス様、本当にお強いですね!」
「いやぁ、まあそんなこともないわけでもないかなぁ」
「ザラとしては、かなり複雑なんですけど……」
「もちろん、ザラちゃんも凄いと思ってるよ? その歳でばしばし魔法が使えるなんて、大したものね」
どうやら、ソフィアさんはザラちゃんが不満げなのが、兄ばかり褒められているのが気に入らないと思っているらしい。確かに、これが本当の兄妹であればそんなこともあるのでしょうね。
実際のところはといえば。兄の力をさぞ自分のもののように誇っている王女に対して、複雑な気持ちを抱いているのでしょう。先ほどから、彼女のわたしを見る目が痛いです……。
何よ~、少しくらい調子に乗ったっていいじゃない! そりゃ、今私が使える魔法の数々は、勇者様の修行のたまものでしょうけど。しかし、現在は、それ含めてわたしのものであって、その力を以て魔物を蹴散らしてきたという事実は揺るがないじゃない。別に、このまま勇者様をずっと騙って生きて行こうだなんて、微塵にも考えていないわけで。
――というとんでもない屁理屈を思いついたんですけど、とても妹様には言えないわね。ソフィアさんがいなくて、二人っきりでも絶対無理。一通り聞いた後で、一笑に付されるだけでしょうね。
「あーあ、私もお二人みたいに魔法が使えればいいのに……」
「まあそれは、向き不向きがありますから仕方ないですよ」
「でも父は使えたんですよ? それで、村で一番強い戦士だったんですけど」
どこか懐かしむように、彼女は語った。目を細めて、ここではない遠くを見るようにする。
我がことながら――厚かましいと思うけれど――聞いてみたいと思ってしまった。彼女のお父さんのことを。わたしは、元来好奇心を殺せないでいる性質なのだった。
「あの、失礼かもしれないけれど、お父様はどうしてお亡くなりに?」
「……実は、違うんです。父さんは旅を出たまま、帰ってこなくて」
その時、ザラちゃんの顔色が変わった気がした。しかし、目が合うと、すぐに何事もないかのような表情に戻る。微笑まれたが、しかしどこかぎこちない。
「八年くらい前のことですけどね。村ではもう、あの人は死んだことになってます。家の中でもそう。だって、こんなに長く失踪するはずがないから」
わたしは、彼女にかける言葉を持ち合わせていなかった。どうしていいかわからずに、つい目を伏せる。ある意味では、生死が不明なのはつらい状態なのかもしれない。はっきりと、割り切れないだろうから。しかしそれは一般論で、ソフィアさんがどう思っているかなんて、全然わからない。
「ごめんなさい、変な話をしてしまって。でも私、父さんのことそんなに嫌いじゃないんです。確かに、家族を置いてふらっとどこかにいってしまったけど、まだ幼かったから、いい思い出しかないんです」
寂しそうに、ソフィアさんは笑う。きっと、言葉にしている以上にお父様のことが恋しいのでしょう。
そんな彼女の様子にあてられて、わたしもついもの悲しい気持ちになった。我がラディアングリスの人たちがとても懐かしい。お父様はご健在かしら? 爺やは婆やは……一度思いを馳せると止まらなくなってしまう。あわや、涙腺が弛むのを必死で堪える。ここで、勇者様がなくなんて、あまりにも意味不明だ。
「きっと、きっと、無事ですよ」
そう述べるザラちゃんの姿はとても儚げだった。何かの拍子で崩れてしまいそうなほどに、脆い雰囲気を纏っている。
さっきの態度と言い、きっと何かがあるのだろう。彼女――勇者様たちにも、わたしには決して理解できない何かが。まだまだ、お互いのことを知らないんだ。そう強く実感した。
「ありがとう、ザラちゃん。うん、私もそう思ってる。父さんは絶対生きてるって。だから、もし、お二人が旅の道中で会うことが伝えてください。私は――ソフィアは父さんのこと、ずっと待ってるって。でも、二人には父さんが誰か、わからないか」
「世界が平和になったら、自分で伝えにいけばいいさ。すぐにできるようになるよ」
「……そう、そうですね! アルス様の言う通りです。なんだか、元気出てきました!」
彼女の表情がパーッと明るくなった。元気よく立ち上がる。
「さあ行きましょう! 早く、母さんに薬を届けないと。もう、大切な人を失うわけにはいかないですからね」
それで、わたしたちも腰を上げた。さあ、頂上までもう少し。わたしは一層気合を入れるのだった。
*
「……なんか、いるね」
「……いますね、なにか」
わたしは、ソフィアさんと顔を見合わせた。予期せぬ存在に思わず顔が曇ってしまう。
ようやく、わたしたちは山頂に辿り着いた。真っ平らな地面が広がっている。あちこち疎らに、短い草が生えていた。大きな岩石もある。
「魔物だね」
「……うぅ、とても強そうなんですけど」
ソフィアさんはわたしの後ろに隠れてしまった。そして、背中を掴んでくる。震えがじかに伝わってきた。……わたしも、ちょっと怖いんだけどなぁ。
そう、そこには、モンスターがいたのだ。道中遭遇したのとは、比べ物にならない程強そう。二足歩行で、けむうじゃらの背中からは大きな翼が二つ伸びている。鳥人型モンスター、魔物図鑑で見た覚えがあった。
それがゆっくりとこちらの方を向いた。ようやくわたしたちの気配に近づいたらしい。頭はなんと鳥っぽい。赤紫の嘴がついて目は鋭い。
「むっ、これは良いこともあるもんだ。まさか、人間に遭遇できるとはなぁ!」
この魔物、人語を操れるらしい。なるほど、なかなかに知能が高いらしい。魔王城のあの見張り番さんや、魔王みたい。それを以てしても、なかなか凶悪そう。
「しかも若い女子が二匹も! 片方はどうにもまだ未熟そうだが、これはうまそうだ」
「ソフィアさん、失礼なこと言われてますよ」
それはあなたの方よ、というのはとても言える雰囲気ではなかった。というか、この明らかな強敵を前にしてよく平然とした調子を保てるわね、ザラちゃん。王女様は、もうびびって逃げ出したいくらいなのだけれど。
「男の方は、まあ食えんこともないか」
「お兄ちゃん、やっちゃえ」
「いや、まだなにか喋ってるよ、彼!」
「いいんです、あんな魔物の戯れ言、耳を傾ける必要はないですから。さあ、究極裂風魔法」
「ええっ! えと――ウルスヴァンガルス!」
わたしは、ザラちゃんの言葉をそのままに繰り返した。すると、巨大な風の刃が四本中に浮かぶ。それはまっすぐに敵に向けて飛んで行った。
だが――
「ちょっと危ないじゃないか!」
「なに外してるのよ、へたくそっ!」
……えへへ、外れちゃった。容易くその奇蹟は、魔鳥人に避けられてしまった。
妹様はなんだかとてもお怒りだ。おおっ、怖い怖い。そう思いながらも、少し余裕が出てくる。今自分が放った魔法の威力に、どこか自信が湧いてきた。勝てそうな気がする!
「まだ、喋ってる途中でしょうが!」
「黙らっしゃい! 問答無用よ! あっ、ソフィアさんは危ないから下がってて」
……なんだか、いちいちしまらないわね。それでも、ソフィアさんは青い顔をして少し山道を下っていった。
「返り討ちにしてくれるわっ!」
その顔を怒らせて、魔鳥人はこちらに突っ込んできた。こうして、わたしの人生二度目のボス戦の火蓋が切って落とされるのだった。




