勇者のドキドキ潜入作戦
がしゃん、がしゃん。歩くたびにそんな不恰好な音が辺りに反響する。その音の主は、他でもない自分だった。
実は今、いつものワンピース姿の上に、妙なものを身に纏っている。そして、魔族たちの居住スペースを闊歩していた。動きにくさを感じながら、必死に足を動かしていたのだか――
「おっ、タークさんとキャサリンちゃんじゃな~い。あれ、そっちの子は?」
そこに、耳慣れない声が飛んできた。その甲高さは、女性のもの、だと思う。なにせ、全く前が見えないのだから、実際のことはよくわからない。
とりあえず、俺は足を止めることに。程なくして、タークもキャサリンのものらしい足音もやんだ。代わりに、別の足音が近づいてくる。
ちなみに、この視界不明瞭な状態で歩けているのは、二人のどちらかが手を引いていてくれるから。肌で感触を確かめることも出来ないから、果たしてそれがどちらなのかはわからない。でも、引っ張られる力はずっと感じていた。
「新しく来た方ですよ」
「へぇ、そうなの。ねえ、あなた名前は?」
「ごめんなさいねぇ。この子、口がきけないのよ」
やや食い気味ににキャサリンが答える。すらすらと、ろくでもない嘘を述べた。きっと、朗らかな表情をしているんだろう。
「あら、そうなの? それは、残念。それじゃあ、またね~」
相手に疑ったところはなかった。そもそも、たいして俺の存在を気にしてなどいなかったんだろう。
すぐに、足音が遠ざかっていった。どうやら、脅威は去ったらしい。しかし、いったい何度目だろうか。初めから数えてなどいなかったけれど。とにかく、俺は安堵の息を漏らした。
「アルス様」
「……なんだよ?」
「ため息、漏れちゃってるわよ?」
思わぬところから非難を浴びて、俺は唇を尖らせた。まあ、こいつらからは、俺の表情は全く見えないんだけれど。
いいじゃないか、一息つくくらい。こちとら、魔物に声かけられるたびに、ドキドキなんだぞ!
全くどうしてこうなったのか。話は少し前へと遡る。牢屋を出る前のことだ――
*
「おい、なんだその粗大ゴミは?」
朝食を終え、忌々しい魔王との謁見も済ませて、ベッドの上でごろごろしていると、ようやく待ち人がやってきた。その手に大きな箱を持って。タークの顔は完全に隠れきっている。
俺がいったい、どれだけ待ち焦がれていたと思っているんだ。確かに、今までの数日も、ずっとこの檻の中では退屈だったさ。しかし、今回はその暇な時間が永遠の様に感じられた。
やることがなく、手持無沙汰にボーっとしているのと、明確な目的があって、それを待っているのとでは、時間の感じ方が明らかに違った。二人が早く来ないかと、ずっと心が急いていた。
「むっ、なんですか、その言い方は!」
「まあまあ、ターくん落ちついて。ちゃんと説明しないと、アーくんもわからないってば」
タークが怒っているのは、初めて見たかもしれない。初めて会った時は持っとこう不愛想な奴だと思っていたが、なかなかに感情表現が豊かである。それくらい、打ち解けることができたということか。
まあ正体を明かす前からそうだったから、よほどこの身体の許の持ち主は人当たりがいいんだろう。……俺の身体が丁寧に扱われていることを心から願う。
「変装の道具ですよ。まさか、そのまま居住棟を歩くわけにもいかないでしょう?」
「さっき言ってた準備ってこれのことか……」
タークはようやく床に荷物を降ろした。角度的にここからだと、何が入っているかは見えない。ただ、置く時の音はとても重そうだった。
あーあ、とんでもないことになってきた。俺は、のっそりとベッドから腰を上げた。重い足取りで、鉄格子の近くへ。
親父が頼んできた探し物――それは魔王が回収したであろう、彼の荷物のことだった。なんでも大事なものが入っているから何としてでも取り返したいとか。
「でも、海に流されちゃったんじゃないですか?」
「いやそれはないよ、兵隊くん。気を失う前、はっきりと握っていたのを覚えているからね」
「じゃあ城のどこかにはあるんだろ。二人とも、何か心当たりは?」
「うーん、どうでしょう。人間さんたちの持ち物は一括で管理してますから」
「ねえ、アーくんも一緒に来れば?」
そう、このウンディーネの無邪気な一言が、全ての始まりだった。俺もまた、居住塔探索ミッションに参加する羽目になったのである。
そのまま歩くわけには行かない、それは姫についての言葉だった。監獄棟とは違い、そこには魔物がうじゃうじゃいる。人が歩くには都合が悪すぎた。
「なんです、その嫌そうな顔は?」
タークが眉を顰めて咎めてきた。隣では、キャサリンがニヤニヤと笑っている。
どうやら、つい顔に出てしまっていたらしい。しかし、これはちょっと、ねぇ……。わたし、今はか弱い女の子なのだけれど……。
箱に入っていたもの、それはとても立派で豪奢そうな白銀の鎧だ。しかも、なぜかパーツが多い。
あんまりこういうしっかりした鎧の類は苦手なんだよな。ただひたすらに重いだけで、自由に動けないし。
タークは険しい表情のまま、とりあえず牢屋の扉を開けた。そのまま、鎧の入った箱を持って中に入ってくる。
「どうします? そんなに嫌なら、いっその事、そのまま一緒に来ますか?」
「いや、流石にそれはさぁ……。やっぱり二人だけで行くじゃダメなのか?」
「そうしてあげたいけどねぇ~、同じ乙女としてこんな格好させたくないし……」
「誰が乙女かっ!」
「まあでも、アタシもターくんもキミのパパの荷物、わからないからね~」
はあ、やっぱりそうなるか。キャサリンの言うことはもっともだ。なんだか、面白がってる気もするけれど。
それで、俺は結局この重たそうな甲冑に身を包むことに決めたのだった。
人間らしいところは全て隠れた。全身、銀の鎧で覆われている。兜にはしっかりと目張り。囚われ王女イン甲冑の完成だ!
*
「さあ、もう少しですよ」
タークの声が聞こえてきた。その内容に、少しは俺のくたびれた気持ちもましになる。
この歩きにくさ極まりない姿になって、どれくらいだろうか。ここまでの道中、しんどすぎてしかたがなかった。
女性のスカート姿だって、初めはとても違和感を覚えていた(今となっては、それを全く感じないのが、少し悲しいけれと)。
その上、今回は目隠し状態。ずっと神経を張り積めるかなかったので、疲労感は倍増だ。
それがようやく、目的地が近づいてきた。人間、先の見えない道程ほど、辛いものはないわけで。
「おー、ターク。どうした? そんなぞろぞろ引き連れて」
「忘れ物をしまして」
「ほーん、そうかい」
男の声がしたが、その主は俺たちにすぐに興味を失ったようだ。少なくとも、そんな感じの声の調子だった。
「ちょっと待っててください」
「は~い」
タークの声に、軽い感じでキャサリンが応じた。そして、足音が一つ遠ざかっていく。
「地下牢の鍵って、どれでしたっけ?」
「うーんと、奥の棚の一番上にかかってるはずだけど?」
「……あれかな? ――と、届かない」
「ったく、なにしてんだか」
どうやら、タークは少し離れたところにいるらしい。その声は遠くに聞こえた。
さっきの声の主が、それに答えて、がたがたと物音がする。しかし、こんなあっさりと教えてくれるものなんだな……。
どうやら、親父の荷物は後回しらしい。すると、ここでは確かに、手持ち無沙汰だ。甲冑のなかで、ひたすらに呼吸を繰り返すばかり。
いい加減、これを脱ぎ捨てたくなってくる。魔法の道具故か、見た目ほどは重くはない。しかし狭苦しくて、息がつまる。頭をすっぽりと包む兜が一番邪魔だ。
「しかし、お前。こんなもの何に使うんだよ?」
「ちょっと、あれがあーして、あーなって」
「ふむふむ、それは大変だな。とにかく、無くさないでくれよ?」
……魔王軍の行く末が気になる会話だった。まあ、なにはともあれ最低限の目的物は奪取できたらしい。
脱獄までは、あと僅かである。でも、とにかく今は早くこの姿から解き放たれたい。
俺たちは次なるミッションに取りかかることに。




