サブクエスト
「ふむ、これは……」
ソフィアさんのお母さんをしげしげと眺めていた初老のおじさまが、その傍を離れた。どうにもその顔は芳しくない。それが、彼女の病状の危険さを暗に語っていた。
ソフィアさんたちの寝室には、現在五人の人間が集まっていた。彼女の母が横になっているベッドの周りに立って、その姿を見守っている。
素人目に見ても、どうにも顔色は芳しくない。顔中脂汗が滲み、苦痛を感じるのかその顔は絶えず歪んでいる。わなわなと震える口元からは、低い唸り声が漏れていた。
ここにいる唯一の男性は――見かけだけでは二人いるけど――、この村唯一の薬師様。先程、ソフィアさんが自ら呼びに行ったのだ。彼女は昨日も彼にアドバイスを仰いだらしい。
「どうして? 私、薬師様が言ったように、森で薬草を採ってきたのに」
ソフィアさんは明らかに取り乱していた。今にもつかみかかりそうな勢いで、薬師様に詰め寄る。わたしには茫然と見ていることしかできなかった。
「これ、落ち着かんか、ソフィア。して、ジルよ。娘の様子はどうなのだ?」
「非常によろしくないですね。ソフィアちゃんはただの風邪だと思ったようですが、断じて違う。すみません、昨日ちゃんと診察に来ればよかった……」
「過ぎたことを気にしても仕方ない。助かる見込みはあるのかえ?」
「秘伝の薬があれば……」
薬師様――ジルさんは苦々しい顔で答えた。その語尾は、弱々しくすぐに空間に吸い込まれていく。
それは妙な言い方だと、わたしは感じた。この人が薬師なのに。薬があれば、なんてどこか他人事じみてるわね。と、よそ者のわたしは思うのでした。
言葉を発する者はいなくなってしまった。気まずい沈黙がこの場を支配している。旅人のわたしたち以外には、問題点が共有されているらしい。なんだか蚊帳の外気分だ。
「取りに行きます!」
静寂を破ったのは、やや高いソフィアさんの声だった。それはどこか切羽詰まっている。表情も険しい。それは、村長さんの家に向かう時の不安そうなものとは違っていた。
「だがねぇ、ソフィアちゃん」
「だって、お薬ないんでしょう?」
「それはそうなんだが……」
「だったら、材料を取りに行くしかないじゃない!」
「君の言う通りだがね、でもあそこには狂暴な魔物が巣くっているし。とても、君には無理だろう」
「そうじゃぞ、ソフィア。お前には無理だ」
「でも、この村の他の人でも厳しいじゃない!」
「……こんな時に、君の親父さんがいてくれたらなぁ」
悲壮感に溢れるソフィアさんと、どこかたじたじな様子の薬師様。わたしとザラちゃんは完全に置いてきぼりにされていた。わたしは思わず目をぱちくりさせる。
すると、ずっと黙っていたお婆様がわたしの様子に気が付いてくれた。顎をしゃくって、自分の孫娘に向かって合図を送る。それで、ソフィアさんがはっとした。
「ご、ごめんなさい! 私ったら、一人で勝手に話を進めてしまって」
「ううん、いいんだよ。それくらいお母様のことが心配なんだろう? それで、秘伝の薬というのは……?」
「僕の家に代々伝わる万病に効く薬のことです」
それは、なんだか大仰しい代物だ。まさに夢のような薬……そんなものがあっただなんて、少しも知らなかった。確かにその薬があれば、ソフィアさんのお母さんも助かりそうだ。
「でもそれは今はないんですよね?」
「はい。材料の一つの入手難度がかなり高くて、最近は全く作っていないのです。昔よりも、魔物が強くなっているせいで、どうにも採りに行けておらず」
「その材料というのは、どこにあるんですか?」
「近くの山の頂上です。そんなに高さはないですが、なにせ凶暴な魔物が多くて。この村の人間では、とても相手にできないんです。それでも五年前、その薬を譲ってほしいと言ってこられた方がいました。その時は、その人に材料を採りに行ってもらったのですが……」
なるほど、ようやく話が飲み込めてきた。つまり、材料さえあれば薬は作れるということか。だから、ソフィアさんは自分で採りに行くと言い出した。ちょうど、昨日の薬草の話と同じように。
でも薬師様の言うように、彼女には難しいと思う。でも――わたしは、ちょっとザラちゃんの顔色を窺ってみた。彼女はすぐに目を合わせてくれると、軽く頷いてくれた。どうやら、考えることは同じらしい
「自分たちが手伝います!」
「で、でもアルス様たちはお急ぎでは……」
「いいえ、このまま見過ごすわけにはいきませんから。それとも、わたしたち以外に適役がいますか?」
ザラちゃんがぴしゃりといった。すると、村の人々はそのまま黙ってしまった。その反応に、にんまりとした笑顔を浮かべる。
それが答えだった。確かに面倒事は御免こうむるところだったけれど、状況が状況だ。容体が危うい女性を見捨てて旅を続けることができる程、わたしは自分勝手でもなかった。
「そうと決まれば、さっさと行こう!」
「待ってください。私に案内させてください」
「いや、でも……」
「旅人さん方や、わしからもお願いします。ぜひ、孫を連れて行ってくだされ」
そう言われると断りづらかった。まあ、薬の材料がいまいち何かわかっていないし、彼女がいた方が都合がいいか。
こうして、わたしたちは新たな仲間を加えて、冒険の旅に出ることになりましたとさ。
*
山道はさすがにごつごつしていて、平地に比べて段違いに歩きにくかった。それでも、ソフィアさんはわたしたちの前をすいすい進んでいく。
「子どもの頃はよくこの辺りで遊んでましたから。あの頃はまだそんなに魔物もいませんでしたし」
そう、彼女は笑顔で語った。その見た目に似合わず、この娘は意外にお転婆さんらしい。小さい頃から、インドアはなわたしからすれば、敬いの対象だ。
「わたしもよくお兄ちゃんと野山を駆け回ったなー」
「ザラ様たちもそうなんですね!」
ここにも一人、お転婆娘がいた。なるほど、わたしだけ仲間外れなわけだ。それでも、この身体のお陰で山遊びの経験のないわたしでもなんとかなっているのだけれど。
「あの、ソフィアさん。その、ザラ様っていうのはちょっと……。ほら、わたしの方が年下ですし」
「でも命の恩人には変わりません」
「ううん、なんだか小っ恥ずかしいというか。ねえ、お兄ちゃん?」
「確かに、そんな堅苦しくする必要はないと思いますよ」
「ア、アルス様まで……」
わたしたちの言葉に、ソフィアさんはすぐに答えを返さなかった。黙々と、脚を動かしていく。
少しの間、どこか気まずい沈黙が広がっていく。わたしとザラちゃんは顔を見合わせつつも、彼女についていった。
「じゃあ、えと、ザラちゃんというのは、どうでしょう?」
やがて、道がいくらか平坦になったところで、彼女は足を止めた。長い後ろ髪が揺れて、その華奢な体躯がこちらへと向きを変える。そこには、どこか照れ臭そうな笑顔があった。、
「うん、全然問題ないですよ~」
「よかったぁ。実を言うと、アルス様が羨ましくって」
「僕が? というか、僕の方は様付けのままなんだ……」
「そこは、えっと……」
するとソフィアさんは、顔を赤くして下を向いてしまった。もじもじと指遊びをしている。
わたしには全く心当たりがなくて、つい首を傾げてみた。何か失言でもしたかしら――そんなことはないと思うけど。
「と、とにかくですね、こんな可愛らしい妹さんがいて、羨ましいな、と」
「うん、そこはわたしもそう――ぐっ!」
「やだなあ、もう! 照れちゃいますよぉ」
いきなり、妹に横腹を小突かれた。地味に痛くて、変な声が漏れた。確かに、今のはつい口が滑っちゃったけどさ、暴力はどーかと思うんですよ。
その犯人は知らん顔で、大袈裟に照れた振りをしている。とてもわざとらしいが、ソフィアさんは全く気付いていない様で、とても微笑ましそう。
「お兄ちゃん、魔物!」
そんな風に、一段落していたところに、招かれざるお客様がやってきた。山を歩き始めて、初めての闘いだ。相手は……なんだろう、ごつごつした岩の兵士。大きさは私の腰くらい。
なんにせよ、立ち塞がる敵はすべて倒すだけ。わたしは魔力を練るのに集中し始めた。




