はじめてのおとまり
今日の夕食は昨日とは大違いだった。パンは柔らかいし、品数は多いし。どれも大変美味でした。ザ·家庭料理といった感じだった。もちろんそれは、わたしにとっては物語中の存在だったんだけど。
なによりも温かい物を食べられた。それが一番の喜びだった。初夏の日々といえど、夜中はそこまで暖かいわけではない。
「アルス様、とても満足していただけたようですね!」
「ああ、もちろんだよ」
机を拭きながら、ニコニコ顔でソフィアさんが話しかけてきた。いつもより余計な人数分、料理を作って。さらに後片付けまでも一人でやって、と彼女はとても働き者だ。
なんだか、こうして座って人心地ついているのが、とても申し訳なくなる。しかし、手伝いを申し出たら、キッパリ断られてしまった。
「お客様にそんなことはさせられません。また、村長に怒られちゃいます」
というのが、彼女の弁だった。それで、それ以上どうしようもなくて。こうして、わたしとザラちゃんはボーッと、座っているわけだった。ちなみにお婆さまは、今お風呂の準備をしている。
「今日は野宿せずにすんで良かったですね」
「ほんと、ほんと~。こうして屋内で落ち着けるだけで、もう本当に楽だわ」
ソフィアさんがまた台所に戻るのを見計らって、ザラちゃんが小声で話しかけてきた。わたしも細心の注意を払って応じる。ソフィアさんは、鼻歌を歌いながら皿洗いに夢中だった。
しかし、この話し方なんだかとても久しぶりだ。今日一日、ほとんどソフィアさんと一緒だったから、地を出すわけにはいかなかった。……何度かボロを出しそうになって、その度にザラちゃんに小突かれたのはここだけの話。
「村の人たちも、なんだかんだいい人だし、旅を止めてこのままずっと住んじゃ――」
「ダメですよ?」
「え、えーと、ザラ……さん?」
「許しません。入れ替わりが解決するまで、勝手なことは許しませんよ」
それは、とてもにこやかな表情だった。口角はしっかり上がって、とても自然に顔の筋肉は緩んでいる。だが、その目は笑っていない。
その鋭さに、背筋がぞっとした。時々この娘、ものすごい凄みをぶつけてくるんだもの。勇者様の妹は伊達ではないわね。
「や、やだなぁ、ほんの冗談ですってば」
「わかってますよ。ちょっと脅かしてみたかっただけです」
ザラちゃんは、イタズラ好きの少女みたくぺろりと舌をちらつかせた。普通にしていると、まだこうしてあちこちに幼いところがあるんだけどなぁ。
まあ、それはさておき。本当に村人さんたちもみんな人が好さそうだった。初めこそ、わたしたちが外から来た人だから、どうにも不審がられたみたいだけど。話してみると、すぐに打ち解けることができた。
王都からここまで歩いてきたというと、ものすごい驚かれた。村長さんの言うように、どうにもここの人たちは外の世界を異様に恐れているみたい。だから、外の世界からやってくる人が物珍しいと同時に、尊敬の対象だとか。
ノースデンに続いて、またしてもちやほやされて、わたしはとてもいい気分だった。ここまでの道中を面白おかしく話すと、子供だけでなく大人たちまで興味深そうに聞いてくれた。
「魔法の一つでも見せてあげれば良かったわね」
「まだちやほやされ足りないんですか?」
「そ、そんなんじゃないったら!」
わたしは自分の顔が真っ赤になるのを感じた。恥ずかしすぎて、思わず立ち上がりそうになった。なんだか、変な汗まで出てきたわね……。
ザラちゃんは、そんなわたしを意地の悪いにやけ面で眺めてくる。明らかにバカにされてるわ、王女。しかも年上のはずなのに、ぐぬぬ。
「まあでも、魔法を空ぶってるようじゃまだまだですけどね」
「うっ、それを言わないでよ」
「うふふ、なんだかお兄ちゃんを困らせられるのって新鮮!」
「あのぉ、わたし一応この国の王女なんですけど」
「ザラの目には、お兄ちゃんしか映ってませんけど?」
ザラちゃんは大層ご満悦だった。なるほど、たまにわたしに毒づいてくるのはそのせいか。いや、決してそんな理不尽納得いかないけれど。
「お二人とも、楽しそうに何を話していたんですか?」
丁度良く、仕事を終えたソフィアさんがわたしたちのところに戻ってきた。楽しそうなのは、ザラちゃんだけだと思う。とにかく、おかげでわたしは少しほっとできた。
「この村はいい村だなーって」
「本当ですか! 気に入っていただけたのなら、嬉しいです。ここは私の大切な故郷だから」
「ソフィアさんはずっとここで暮らしてるんだね」
「はい、そうです。実は生まれてこの方、ずっとこの村にいるので、他の所に行ったことないんですよね……」
「そうなの? どこかに行ってみたいとは思わなかったのかい?」
わたしは思った。ずっと、城から出て自由に旅をしたいって。彼女とは違って、度々父の用事に連れて行ってもらえたけれど。いつも不自由だった。
今にして思えば、それはとてもぜいたくな悩みね。今はこうして、旅が始まったばかりだけど、もうすでにその大変さをよく味わっていた。まあでも、楽しいのだけれど。
「もちろん思いますけど、無理ですよ。村長の手前ああ言いましたけど、私もやっぱり、お二人にみたいに魔物と闘う力なんか持っていませんから」
「まあ誰かが魔王を倒してくれれば、すぐに魔物も大人しくなると思いますよ。ねえ、お兄ちゃん?」
「……そうだね、ザラ」
意味ありげに見上げてくるのは、やめて欲しい。ものすごいドキッとした。そして、有無を言わなさないプレッシャーを感じる。
身体を取り戻すのは、もちろんわたしと勇者様のためだけじゃなくて。こうして、人々の暮らしのためであるんだ。それをはっきりと思い知らされた。
「だといいんですけど。そういえば、お二人はゼルシップに行くんでしたよね?」
「ああ、そうだよ。そこから船に乗って、大陸に行こうと」
「いいなぁ、海なんて見たことないや……ってそうじゃなくて。ここからもかなり距離があるので、気を付けてくださいね」
「はい、ありがとうございます、ソフィアさん。何があるかはわからないので、朝早く出ようと思います」
「えっ、そうなの? てっきりお昼ごろのんびりと出発すると思ってた」
「何を言ってるのか、このお惚けお兄ちゃんは……」
ザラちゃんが苦い顔をするのと同じくして、ソフィアさんが口に手を当てて楽しそうにほほ笑んだ。
*
なんだか、家の中が騒がしくって、わたしは自然と目が覚めた。見知らぬ天井が出迎えてくれる。ソフィアさん家の空き部屋を、わたしたちは貸してもらった。
しかし、まだ眠気は残っている。昨夜は少し早く床に就いたというのに。それに、ふかふかの布団で寝心地も最高だったのだけれど。なかなか、自分の目覚めの悪さって治らないのね。
「あっ、オリヴィアさんも目が覚めた?」
身体を起こすと、ザラちゃんがこちらに顔を向けた。どうやら、いましがた、彼女も目が覚めたところらしい。
じっと耳を澄ませていると、確かに部屋の向こうから慌ただしい物音が聞こえてくる。なんだろう、何があったのかな? 隣でザラちゃんが完全に起き上がっていた。
簡単に着替えを済ませて、わたしたちはとりあえず今に向かうことに。すると――
「ああ、アルス様、ザラ様! ごめんなさい、起こしてしまいましたか?」
「ううん、いいんだけど。どうしたの、何かあった?」
「それが――」
彼女は不安そうな顔で奥の方の部屋に目を向けた。そっちはソフィアさんたちの寝室。彼女のお母さんも寝ているはずだけど。ずっと閉じられていた扉が今は開いている。ここからだと、暗くて部屋の様子はよく見えない。
「どうにも、娘の具合がよくないんだよ」
暗闇から、お婆さまが出てきた。やはり、彼女も浮かない表情をしている。
昨日、ソフィアさんが薬を飲ませたはずなのに。どういうことだろうか? もしかして、効かなかったのか。
わたしは二人の陰惨とした雰囲気に、得体の知れない怖さを覚えていた。




