掟を破りし者
村長さんの家は、村の小高い丘の上にあった。村の全景を一望できる。そして、他の民家よりも気持ち少しだけ立派な気がする。
ソフィアさんは、入口のドアを二回ノックした。はーい、という女の人の声がして、内側からどたどたと音がする。そして、少し扉が開いた。
「あら、ソフィアちゃん。どうしたの?」
中から出てきたのは、品の良さそうなご婦人。見た目若そうだけど、それなりに歳はいってそうな感じ。でも奇麗な人だった。
「村長さんに報告がありまして……」
「ああ、そうなの。あの子は今、部屋にいるわ。でも、なんだか浮かない顔ね~」
その指摘に対して、ソフィアさんは少し気まずそうに身じろぎをした。その顔にはぎこちない笑みが浮かんでいる。
女性の方も何かを察したみたい。ああそういうことか、と悟ったちょっと渋い笑みを浮かべた。そして、客人を招き入れるように大きく扉を開ける。
「ところで、そちらの方は? 見覚えのない顔だけれど……」
「申し遅れました。僕はアルスと言います。こっちは妹のザラ。ゼルシップへ向かう道中なのですが、この村で休ませてもらえないかと思いまして」
つらつらと、わたしは挨拶を述べた。そして、恭しくお辞儀をする。これくらいのこと、王女のわたしにとっては朝飯前。散々、口うるさく躾けられましたから。
隣で、ザラちゃんが息を呑むのがわかった。どうやら、感心しているらしい。少しは王女らしいところを見せつけられたのかも。なんだか、ザラちゃん、わたしのこと軽く見てる気がするのよね。
「ああ、そういうこと! 旅人さんなんて、何年振りかしら! どうぞ、何もない村ですけどゆっくりしてください。きっと、あの子も喜ぶわ」
女性の顔は一気に明るくなった。嬉しそうに胸の前で一つ手を叩く。とりあえず、歓迎してくれたようでよかった。
もう一度、三人そろって会釈して、わたしたちは家の中に上がらせてもらった。そのまま、廊下を進んでいく。
「今の人ってもしかして……」
「はい、村長のお母さんです。昔から、よくしてもらってるんですよ」
「へぇ、そうなんだ。ところで、村長さんってどんな人なんですか?」
「いい人ですよ。優しくて……ただ、私が掟を破ったことを……」
ソフィアさんは少し暗い顔をしてしまった。やはり、自分が悪いことをしたという実感はあるようだ。ここに来るまでも、結構足取りは重そうだった。
「ま、まあ、優しい人なら、そこまで怒らないと思いますよ、きっと!」
それをザラちゃんが励ます。ううん、そういう問題じゃないと思うけどなぁ、と思いながらも、わたしは特にかける言葉を見つけることはできなかった。
いくつかの部屋を見逃して、ソフィアさんは突き当りの部屋まで迷いなく進んでいった。そこで足を止めて、扉を叩こうとする。そこに――
「やあ、いらっしゃい、ソフィア」
タイミングよく扉が開いた。今度は若い女性が姿を見せた。切れ長の目と少ししゅっとした顔の輪郭が特徴的だった。茶色い髪が肩の辺りで切り揃えてあり、肌は程よく日に焼けている。とても快活そうな人だ。きらりと白い歯を覗かせる笑顔は爽やか。
誰だろう? ノースデンのなんとかさんみたいな村長さんのお付きの人だろうか? さっきのおばさんは村長さんのお母さんらしいから、もしかすると妹さんとかかもしれない。
「あの、村長! 実は――」
「何か話があるんだよね。ほら、中に入った、入った。旅の人もどうぞ」
……なんと、この女の人が村長なのね! てっきり男の人だと思っていた。固定観念って、怖いものね……。わたしは心の中でしみじみと感じていた。
*
「うーん、なるほどねぇ……」
話を聞き終えた村長さんは、苦い顔をしていた。細い眉毛にぐっと力がこもっている。胸の辺りで左腕を右肘の辺りに当てて、右手で自らの頬をしきりにさすっていた。深い呼吸をする度に、胸の膨らみが隆起する。
ソフィアさんは、どこか緊張しているようだった。明らかに表情が硬い。一通り説明を終えた今、口を真一文字に結んで、少し俯いてじっと床に目を向けている。
「ソフィアの事情もわかるけどさ、マガの林に許可なく立ち入ってはいけないってのは、昔からの村の掟だしなぁ……」
彼女は、心底困っているみたいだった。わたしもこれでも統治者の端くれだから、そんな風になるのもよくわかる。
事情は何であれ、掟――ルールを破った者には罰を与えねばならない。そうでないと、決まりごとが全て形骸化してしまうから。
おおよそ、村長さんはソフィアさんの処遇に頭を悩ませてるのだろう。二人とも、年が近そうだし、傍らで話を聞いている感じ、仲もよさそうだし。彼女としても、おいそれと答えの出せるものではなさそう。
「一言、あたしに相談してくれればよかったのに」
「ごめんなさい。あんまりにも、お母さんが苦しそうで。早く何とかしないと、と思って……」
「まあ、あんたは昔から後先考えずに行動するきらいがあるからなぁ」
村長さんはからかうように笑った。すると、ソフィアさんは気恥ずかしそうに肩をすぼめる。ちょっと顔を赤らめて、少しは緊張が和らいだ様だった。
「とりあえず、あんたに何もなくてよかったよ。旅人さん、本当にありがとう」
「いえ、僕たちは当然のことをしただけなのでぇっ」
堂々と答えようとしたら、最後に変な声を出してしまった。ザラちゃんに軽く足を踏まれたのだ。調子に乗るなということらしい。恨みがましく彼女を睨んで見たけど、全くどこ吹く風。平然とした顔をしている。
「いや、なかなかできることじゃないよ。魔王の影響か、近頃は魔物も狂暴化しているしね。こんなご時世に兄妹で旅をするなんて、いったいどんな目的が?」
「ええ、ちょっと大陸の方でとある魔法の情報を集めようと……」
答えたのはザラちゃんだった。彼女は曖昧に笑った。嘘は言っていない。この入れ替わり、おそらく魔法の類だろうから。
「全く、村の者たちもあんたたちみたいに、もう少し勇敢だったらいいんだけどねぇ。みんな、臆病になって、あんまり村の外に出たがらない」
「どうしてですか? この辺りにも、一際強い魔物がいるとか……?」
あの魔鷲こそは、少しばかり強そうだったけど。しかし他に遭遇した魔物たちはどれも弱い奴らだった。ノースデン周辺やあそこの近くの森で見たものと何も変わらない。あの街の人たちは、普通に外に出てるようだったけど。
「そうじゃないんだ。単純に闘うのが苦手な者が多いだけさ。村で一番強かったソフィアの父親が亡くなってからは、一層びびっちゃって」
村長は気まずそうな笑みを浮かべると、微妙な表情でソフィアさんに目をやった。彼女もいたたまれない顔をしている。
まずいことを訊いちゃったみたいね。わたしもさすがに居心地の悪さを覚えた。ザラちゃんも神妙な面持ちで、固く口を閉ざしている。
「まあ、そんな事情だから、この子も自分で薬を採りに行こうとしたんだろうけどね」
「はっきり言っちゃうと、みんなあんまり頼りにならなくて……。王都からの使者様もついこないだ、来たばかりだし」
「村を治める者としては耳が痛いよ」
ばつの悪そうに村長さんは、顔にギュッと皺を作った。そして、首筋の辺りを掻く。
「でも、なにはともあれ掟を破ったからには、罰を与えないといけない」
「はい。わかってます」
ソフィアさんは、前に進み出ると静かに頷いた。その横顔には、強い覚悟が宿っていた。
「ま、そんな頑なりなさんな。さて、お前への罰はだね――この二人の旅人さんを手厚くもてなすことだ」
村長さんは、一つウインクをした。そして、優しく罪を犯した村人に対して微笑みかけた。
ソフィアさんは、少し呆気に取られていたが――
「はい! このソフィア、決してお二人にとことんまで満足してもらいますとも!」
ようやく言葉の意味を飲み込めたようで、どんと強く胸を張ってみせた。




