エルム村の村娘
「それにしても、結構魔物がいるね」
「はい、だから林への出入りは村長の許可がいるんです……」
引き続き、少女の案内を受けながら、わたしたちは林の中を進んでいた。砂利の混じった小道は、あのよく整った街道に比べれば、少し歩きにくい。しかし、自然豊かなのでその点は気分がこう盛り上がる。ただし、魔物の鬱陶しさだけは勘弁だ。
幸いなことに、さっき闘った魔鷲ほどの強敵にはまだ遭遇していない。どれも、スライムやら小型のモンスターやらでとても相手にしやすかった。
雑魚モンスターを捌きつつ、わたしたちは互いの事を話した。この清楚な少女の名前はソフィアというらしい。なんと、十七才――少女だと思ったら、わたしよりも年上だとは……。でも言われてみれば、どこか大人びている雰囲気はあった。
「それにしても、アルス様はお強いですね! 村の大人たちでさえ、魔物一匹倒すのに苦労するというのに……」
「まあ、これでもゆう――」
勇者だから、そう言い張ろうとしたら、下から口元を抑えつけられた。ザラちゃんはこちらを酷く睨んでいる。
「ゆう? あの、どうかしたのですか、お二人とも?」
「いえいえ、何でもないんです。気にしないでください、ソフィアさん」
ザラちゃんは、少女に言葉を返すと、わたしの腕をぐっと引っ張ってきた。そのまま、少し離れたところまで、わたしを連れていく。
不思議そうに私たちを見るソフィアさんの方を気にしながら、彼女はわたしの耳元に顔を近づけてきた。
「余計なことは言わない!」
囁きながらも、その声には怒気が込もっていた。力づよい目で私を見つめてくる。
「余計なことって?」
「勇者って名乗ること」
「えー、でも事実よ?」
「違いますよね。あなた、ほんとはお姫さまですよね。ただ、おにいの身体を借りてるだけですよね!」
「そっちの方が、余計なことじゃない」
「…………そーですね」
彼女は何度か目を瞬かせる。そして短い沈黙の後に、うんざりした様子で吐き捨てた。心の底から呆れているみたい。片側の頬は少し膨らんでいる。
「とにかくどっちにせよ、ややこしい事態になるわけで。ここは一旅人ということで、押し通しますよ」
「大丈夫でしょ。自分が姫だって言い張るならまだしも、勇者だって言うくらい、何も問題ないんじゃないかな」
「またノースデンの時みたく、厄介事を押し付けられたりして」
「どこの誰だったかなー? ご褒美に目が眩んで、早々に自分の兄が勇者だってばらしたのは」
「あ、あの時は、まだ入れ替わってたのを知らなかっただけだから……」
彼女の目がちょっと泳いだ。顔を赤らめて、明らかに少し動揺している。経緯はどうあれ、トラブルに巻き込まれたのは、自分にも一因があるとはわかっているらしい。
それ以上、いじめるのもかわいそうで、わたしはにっこりとほほ笑みかけてあげた。勇者と呼ばれて、ちやほやされたかったけれど、確かに面倒事はごめんなわけで。大人しくザラちゃんの言うことに従うことに。
「うそうそ。からかってみただけよ」
「もうっ、オリヴィアさん!」
「ごめんってば。わかった。これからもちゃんと一介の旅人として、振舞い切ってみせるわよ」
まだ、ザラちゃんは納得いっていなさそうだったけれど、わたしはさっさとソフィアさんのところに戻った。いつまでも待たせておくのも、あれだしね。
「何のお話ですか?」
「ちょっと内輪の話を。ごめんなさい、待ってもらっちゃって」
「ううん、いいんですよ~。でも二人って、本当に仲のいい兄妹なんですね! 遠目から見てても、なんだか楽しそうでしたよ」
「全然、そんなことありませんから!」
遅れて戻ってきたザラちゃんが、強く否定する。むぅ、何もそんないい方しなくたってとは思う。兄弟――仲のいい終いみたいなものだと思うのだけれど、わたしたち。
「それで、アルス様? 先ほどは何を言いかけたのですか?」
「あ、あれ? ええと、勇敢なだけは取柄なんだよって、あはは」
我ながら、ひどい誤魔化し方だと思う。しかし、ソフィアさんには全く疑う素振りはなかった。とても、感心したように、瞳を輝かせている。その様子を見て、ともかく一安心だった。……ザラちゃんの視線が痛いけれど。
「そんなことより、早く先を急ぎましょう?」
「ああ、そうですよね。お二人もお疲れでしょうし。大丈夫です! 村まではホントあと少しですから」
頼もしそうに、ソフィアさんは大きく胸を張った。エルム村、か。名前は聞いたことあるけど、行ったことはない。なんだかとても楽しみだわ。
*
村についてすぐ、わたしたちはソフィアさんの家に向かった。村人たちに好奇な目で見られながら、程なくして彼女の家にやってきた。藁ぶき屋根の小さな木の家だ。
ちらりとみた感想だけど、なんだかとても素朴そうな村。特段、目を惹くものもなくて、どこもかしこも同じような家が立ち並んでいる。一人で出歩いたら、どれがソフィアさんの家かわからなくなるくらいに。
「ただいま」
扉を開けて、まずソフィアさんが、家の中に入っていった。わたしたちはひとまず外で待つことに。すると――
「このバカ娘は! 一体どこに行っていたんじゃ!」
中から怒鳴り声が聞こえてきた。扉が開いているとはいえ、外まで漏れてくるとは、かなりの西陵である。その声はどこかしわがれていた。
わたしとザラちゃんは顔を見合わせて、恐る恐る入口から中を覗き込んでみる。すぐのところに部屋があって、まずソフィアさんの姿が目に入った。その背中越しに、真っ白な髪をしたおばあさんがいる。その顔をとても怒らせて。
道中、ソフィアさんはお母さんとおばあちゃんの三人暮らしだと聞いていた。お父さんは彼女が幼い頃に亡くなったらしい。お母さんは三日ほど前から具合が悪くて、それで切羽詰まった彼女が自分で林に入っていったとか。
「違うのよ、おばあちゃん! 私、お母さんが心配で。マガの林に入って、薬草を採ってきた」
「マガの林……一人で行ったのかい!」
「とにかくその話は後にして。まずは、薬をお母さんに飲ませなくっちゃ」
そういうと、ソフィアさんはばたばたと部屋の奥の方に消えて行った。あとに残された彼女の祖母と眼があってしまった。すると、今度はその顔に怪訝そうな色が宿る。
「誰だい、あんたたちは?」
「ええと、林でソフィアさんを助けた者で……」
わたしは恐る恐る返事をした。さっと首を引っ込めた、ザラちゃんはわたしの後ろに隠れている。全く、怖いのはわたしもおんなじなのに!
「おお、そういうことでしたか! それは、孫娘が済まなかったねえ。なにもないところだけど、上がってくだされ」
すると、その顔はすぐに穏やかなものに変わった。雰囲気は優しいものとなって、こっちに向かって手招きをしてくれている。それで、わたしたちは申し訳なさそうに、彼女の家へと上がり込んだ。
案内されて、わたしたちは小さな四角い机の前で腰を落ち着けた。おばあさんは台所の方へと、のっそり歩いていく。
「なんか妙な感じですね」
「ねー」
適当に言葉を交わしていると、程なくして、おばあさんが戻ってきた。トレイの上に四つカップを載せて。机の所に来ると、そのうちの二つをわたしたちの前に置く。
「どうぞ、この村で取れるお茶でございます」
「ありがとうございます」
浅く頭を下げてから、わたしはカップに手を付けた。熱い――意外と勇者様の身体は猫舌だった。本来のわたしはそんなことはないのだけれど。
奇妙な沈黙が場に訪れる。わたしもざらちゃんもおばあさんも何を話すわけでもなくて、ただじっと黙っていた。……気まずい。だが、やがてソフィアさんが戻ってきて。
「とりあえず、落ち着いたみたい」
「そうか、それならよかった。しかしソフィア。事情が事情とはいえ、一人でマガの林に行ってはならんと知っているだろう?」
おばあさんの口調は先ほどまでの違って至極、落ち着いている。ようやく状況が呑み込めてきたのかもしれない。
「わかってますけど、でも――」
「そういうのは、村の男衆に頼めばいいんじゃ!」
「それじゃあ、いつになるかわからないじゃない!」
「そもそも、あれの病はただの風邪。普通に寝とるだけで、じきによくなったじゃろうと」
「でももう四日目よ! 全然、よくならないじゃない! 私が行かなかったら、お母さん死んじゃってたかも」
「それは、あんたの考えすぎじゃて」
ヒートアップする二人を前に、わたしとザラちゃんの余所者コンビはおろおろしているしかなかった。暢気に、お茶を飲んでいる場合でもないし。
「とにかく、わしがどれだけ心配したと思ってるんじゃ!」
「それは……素直にごめんなさい」
「まあ、それも母が心配なことから出た行動とあっちゃあ、あまり強くは叱れないねぇ……。代わりに礼を言うよ、ありがとう」
ようやく、二人は冷静になったらしい。ソフィアさんは申し訳なさそうに俯き、おばあさんはそんな孫に対して優しく微笑みかけた。
「とりあえず、村長のところに行っといで。一応、事後報告しなさいな。まだ行ってないんじゃろ?」
「はい、わかっています」
それで彼女は、頷くとすくっと立ち上がった。どこか安心した表情をしている。
「あ、待って! わた――僕たちも行っていいかな? やっぱり、ご挨拶に行かないと」
「ええ、それはいいですけど」
というか、ソフィアさん不在のままあまりここにいたくはなかった。それはとても居心地の悪そうなもので……いいところに、大義名分が転がっていたわね。
ということで、村について早々なのに。私たちは、休む暇なく村長の家に行くことになった。ノースデンとは違って、その人がまともな人であることを強く祈った。




