姫、凱旋する
「ふう、一瞬だったわね」
わたしはぼったくり商人からペガサスの羽根を買い付けると、早速町の外に出た。そして、自分の城の名前を告げながらそれを空中に放る。すると、わたしの身体は仄かに光り出し静かに少し浮き上がった。後はすごい勢いで空を飛んで行って――
短時間の飛翔を経て、わたしの身体はゆっくりと地面に着地した。ペガサスの羽根の効果は確かなものだったらしい。今、私の目の前には見覚えのある高い高い城壁がある。この奥にに愛しの城下町が広がり、我が城がそびえているわけだ。先程空を飛んでいるときにちらりと見えた。
遂にわたしは家に帰ってくることができた! いろいろと問題はあるけれど、今はただただその事実が喜ばしい。早くお父様に会いたいな。はやる気持ちが抑えられなくて、わくわくしながら門へと急いだ。
そこには門番が二人不愛想な顔で立っていた。直立不動の姿勢で、軽装備ながら槍の穂先を天に向けながら盾を構えている。どちらも体格のいい大男だ。場内で見た顔であるようなないような……よくわからない。でもここにこうしているということは、お城の兵士なんだろうけど。
向こうも私に気付いたみたいで。静かに顔がこちらの方に向いて、不躾な眼差しで見定めてくる。目の前の旅人の品定めをしているらしい。初めての体験に、わたしはとても緊張していた。それでも臆するわけにもいかず、彼らの前に移動する。
「あの、通っていいですか?」
遠慮がちな私の問いかけに、門番は黙ったまま首を縦に動かした。どうやら形式的なものだったらしい。姫としては、この警備力の薄さが非常に気にかかるけれども。しかし今はその恩恵に素直に預かりましょうか。でもこの二人もまさかこの男の子が、この国のお姫様だとは思わないでしょうね。なんだかそれが少しおかしかった。
ようやくわたしは城下町に足を踏み入れることができた。その町並みはわたしの記憶にあるものそっくりだ。それでここが自分の住んでいた場所だとようやく実感が持てた。
しかし、よく見慣れているはずなのに、なんだかとても新鮮に見える。身体が違えば、こうも風景は変わるのか。それとも、しばらくぶりに返ってきたせいなのか。そのどちらかはわからないけれど。とにかくわたしの胸はとても高鳴っていた。
すぐにでも、国王に会いに行きたいのだけれど。本当に、ここがわたしのいた国かどうかはまだわからないわけで、それを確かめる必要があるわね。もしかしたら見た目や名前はその通りでも、この国では姫の誘拐事件が起こっていないかもしれないし。あ、別にわたしが町を自由に見て回りたい。そういうことじゃあありません。決して!
*
「よくもおめおめと戻ってこれたものだな!」
目の前には、殺気だった兵士の集団。そのうちの一人が進み出て、大声で叫んだ。
さて問題です。わたしはなぜ自国の兵士たちに囲まれているんでしょう? それも彼らは敵意を剥き出しです。ああ怖い怖い恐ろしい!
――答えはわたしが一番知りたいわよっ! ホント、わけがわからない。どうやらこの身体の持ち主と面識があるみたいだけど。いやそれ以上ね。面識どころじゃなくて因縁の可能性が高いわ。
町歩きを一通り楽しんだ後。町人との会話から、やはりここがわたしの世界の故郷で間違いなかった。この現象はとりあえず異世界転移ではないということが判明して少しほっとした。それに、たまに知った顔にも会えたしね。もちろん向こうはわたしのことに少しも気づかないけれど。
それでいよいよお父様に会いに行こうと、町のメインストリートを堂々と歩いていたんだけれど――
突然、こうして武装した兵士たちに囲まれてしまったのだ。何事かと初めは群衆が集まってきたものの、すぐに追っ払われて。今や、活気にあふれる通りの姿は見る影もなくなっている。
しかしどうしたものだろう。この人たち、今でもわたしをひっ捕らえそうな勢いなんだけど……。もう拘束されるのはごめんだわ!
「ええと人違いじゃありませんか……?」
「何を言う! その小憎たらしい顔忘れられるか!」
「そうだ、そうだ。こいつなんか昨日の一件で炎恐怖症気味なんだぞ!」
うん、とぼけ作戦は失敗みたい。むしろ火に油を注いだ感……。もうどうしたらいいのよ。それに炎恐怖症って何? 初めて聞いたわよ、そんな病気! 労災はそんなことじゃ下りないわ。でもいったいこの男になにされたっていうの?
ほんっとにサイアク! せっかく帰ってこれたというのに。そりゃ、見た目は違うかもしれないけどさ。わたし、一応この国の姫なんですけど。とても、無礼なんですけど!
「まあ落ち着け、皆の者。ここは彼の話を聞こうではないか?」
剣呑な雰囲気の中、落ち着いた壮年男性が進み出た。堂々とした佇まい、周りの兵士はどこか畏まっている。彼のことは確かに見覚えがあった。だって近衛兵の長だもの!
「ええとおとうさ――王との謁見を願いたい」
「王との謁見だと! 貴様! この期に及んで、昨日の王の御前での一幕忘れたとでも言うのか!」
すごい剣幕だった。さっきまでの穏やかさはどこへやら。まさに鬼の形相。思わず背筋がひんやりする程だ。小さい頃、お城を抜け出そうとした時ですらここまで怒られたことはないんだけど……。
そしてまたもや新情報が判明した。どうやらこの男、あろうことかこの国の王の前で粗相をやらかしたみたい。わたし無事にこれを乗り切れる気がしないんだけど。
いっそのこと告げてしまおうか、真実を。わたしはこの国の姫よ! 図が高いわね、あんたたち全員クビっ! 頭の中でその光景はうまく描けたものの、成功するビジョンは全くない。絶対に信用されない。ただの頭のおかしい奴扱いされるだけ。脳裏を過るのはさっきの悪徳商人とのバトル。あんな風に可哀想な子らしく見られるぐらいで済めばいいけど。おそらくこの雰囲気だとただじゃ済まないわね……。
そのままお互いに黙ったままの睨み合いの時間が続く。わたしとしてはこれ以上下手なことを言って、墓穴を掘りたくなかった。おそらく向こうはこっちを拘束する隙でも探しているのだろうけど。となると、おめおめ尻尾を撒いて逃げ出すこともできないわけで。
「勇者よ、立ち去れ。今回は見逃そう。しかし、二度とここにその姿を見せるな!」
痺れを切らしたのか、再び老団長が口を開いた。またしても強い口調。しかし今度は恐れを感じる前に、とある言葉が引っかかっていた。
「勇者? 今勇者って言ったの?」
「何を馬鹿なことを。あれだけ堂々と己が勇者だと息巻いていたのはどこの誰だったか!」
不愉快そうに近衛団長は鼻を鳴らす。周りの者の敵意も激化した気がする。
ま、まさか、この身体の正体が勇者様だったとは……。ということは、今姫の身体は勇者様のものになっている? いや、そんなことより――
(勇者は一体何をやらかしたのよ!)
私は混沌とした状況に苦悶しながら、心の中で強く叫んだ。この理不尽さを叩きつけるように激しく--
勇者、姫ともに一区切りということで。
次からは少し時間軸を戻します。