城の外へ
二階部分も、恐ろしい程に静まり返っていた。そして、暗い。一応壁に松明が取り付けられているものの、その灯の明るさはとても弱い。魔王城はどこもかしこも薄暗いな、全く!
だから、勝手知ったるタークに案内されながら、通路を進んでいた。階段を降りてすぐのところに、一階へ降りる階段はなくて。どうも、ちょうど反対側にあるらしい。外周に沿って作られた通路を、半周する形になる。
「ちなみに、この階には何があるんだ?」
「作戦会議室です」
「作戦……なんの?」
「ついこの間までは、人間界のどこに美しい人がいるかを持ち合ってました」
「ずいぶん平和な作戦があるもんだな……」
俺は心底、呆れ切っていた。作戦って、侵略とかそういう類いのじゃないんだな。まじで、こいつら何のために、地上にやってきたのやら。
まあでも、実際に人を拐ってきてるから、全くと言えるほど、穏やかでもないんだが。魔王の悪事が人拐いだけなんて……ずいぶんとスケールは小さい。理由は嫁探し(ターク談)だし。
「実際、お前ら、何しに人間界に来たんだよ?」
「わかりません」
タークの返答に、俺は自分の耳を疑った。思わず足を止めて、奴の背中を疑うように見つめる。やがて、俺が付いてこないことに気が付いたのか、タークも、その隣のキャサリンも止まった。ゆっくりと、こちらを振り返る。
「どうかしましたか?」
「お前、わからないってことはないだろうよ」
「でもほんとですからねぇ」
「ねー」
二人の魔族は、互いの顔を見合って声をそろえた。そこにとぼけた様子はない。どうやら、本当のことらしい。
ますます、頭が痛い……。五年前、魔王はわざわざ人間たちに向けて、高らかに宣言した。我は魔王、これより此処を我が住処とする、と。全世界に向けての、一斉テレパシーだった。
その後は、各地で魔物が凶暴化。襲われた街や村も出てきた。……度々、病を押して、家の外に出る母がそう教えてくれた。だから、魔王はてっきり人間界を攻めに来たと思ったんだけど。
「ある日突然、人間界に行くけどついてくる奴いる、って仲間を募ったんです。理由は告げずに。それで、自分も含めて魔王様についていって――」
「アタシも面白そうだから、乗ったのよ」
「そんな、ピクニックじゃあるまいし」
ノリが軽い。そんなんで、いちいちこっちの世界に来られちゃ溜まったもんじゃない。
「でも、魔王が来てからもう五年だ。その間、ずっと何もせず過ごしていたわけじゃないだろ?」
「ところが、どっこい。その通りなのよぉ、アーくん! 蓋を開けてみれば――」
「ちょっと待て。そのアーくんっていうのは……」
聞きなれない単語が、キャサリンの口から飛び出して、つい思考がフリーズした。話が進みそうなところを、咄嗟に遮る。
どうにも、それは人名らしい。しかし、この場にいるのは、奴を除けば、俺とターク。話題に上った人物も含めれば、魔王の三人だ。そこから導き出される結論は一つ。
「もちろん、キミのことよ?」
ウンディーネは屈託のない笑顔を浮かべながら、答えた。それはとても純粋そうな仕草だった。
……言いたいことは、あったけれど。しかし、その果てに待つものは無だと、経験上わかってきていたので、俺は黙認することにした。そのまま、歩き出す。
「続けて」
「で、蓋を開けてみれば、来る日も来る日も、このお城に閉じ込められるだけ。連れてきた人たちだけでなく、アタシたちにまで外出禁止令よ。本当、嫌になっちゃう」
キャサリンは、とても不満そうに頬を膨らませる。話す口調も、魔王に対する愚痴みたいになっていた。
「抜け出せば良かったじゃないか。時間はたっぷりあっただろう?」
「意外と仲間の目はキビシーのよ。妙な真似すれば、誰かにチクられちゃう。お仕事もあるし」
「あの、ここにも僕がいるんですけど……」
「だから、今回はいいの。誰かに攻められても、ターくんやアーくん――じゃなかった、お姫ちゃんのせいにできるからね」
「ひどいですよっ、キャサリンさん!」
この女に、こんなしたたかなところがあるなんて、意外だった。てっきり、頭空っぽガールとばかり。
そして今の口ぶりから、とても怪しいところはあったけど、姫の中身については、秘密にしてくれるつもりではあるらしい。……いつか、うっかり失言しそうだが。
「でも各地から、女性を拐ってるだろ? その時に外に出るんじゃ……」
「それは魔王と愉快な仲間たちがやる仕事だもの~。外様のアタシには縁遠い話よぉ」
「お前らにも、色々あるんだな」
キャサリンの話ぶりはいつも通りだったけれど、どこか疲れている感じがした。あんまり、魔王に対して良い印象はないのかもしれない。
ひとまずは、こいつがどちらかといえば、俺よりなことに安堵しよう。
「おい、貴様ら、そこでなにしてる!」
二回目の曲がり角を折れた時、不運にも黒塗りの甲冑に全身を隠した魔物と遭遇した。その手には、重たそうな銀の槍と盾を持っている。
また面倒なことになったものだ。俺は、自分の顔にそのうんざりさが表れたことを自覚する。そして、あけっぴろげにため息を一つ。
「って、タークとキャサリンか。お前らは暇そうでいいな。で、その後ろの奴は? 見覚えないけど」
その物騒な見た目に反して、彼(?)はフランクだ。ちょっと、拍子抜けする。魔王城での暮らしは、驚きの連続でございますなぁ。
「ああ、気にしないでー。それより、キミ、どこかに行く途中じゃなかったの?」
「そうだ、そうだ! 訓練の時間なんだった。じゃあなー」
厄介なことになると思ったけど、殊更すぐに片付いてしまった。キャサリンを褒めるべきか、あの魔物の呑気さを責めるべきか。
「さあ、もうすぐで下り階段です」
何事もなかったかのように、タークは薄闇の中を進んでいった。
*
「いよいよ、ここを開ければ――」
一悶着あったものの、以降は問題なく魔王城は踏破できた。俺たち三人、欠けることなくこうしてエントランスまでやって来た。
固く閉ざされた門扉を前にして、俺は感慨深さに耽っていた。思えば、しなくていい苦労ばかりさせられてきた。
それも、もう終わりだ。この扉を開けば、外の世界が待っている。後は、適当に人里を目指す。ペガサスの翼を手にいれて、帰るんだ。ラディアンクリス――遥かなるわが故郷へ!
入れ替わり以降、初めてといっていいほど、俺の胸は希望に満ち溢れていた。だが、気になることがないと言えば嘘になる。あまりにも、すんなりと事が進みすぎだ。
ここに来てから冷気は酷さを増していた。廊下のひんやりさは、決して気のせいではなかった。事、ここに至って、確かな感触をもって、俺を襲っている。
「ねぇ、なんか寒くない?」
キャサリンも同じ気持ちなようだ。その華奢な肩をすぼめて、身を震わせている。口元はガタガタいっていた。
ウンディーネは水を司る。だからと言うか、寒さに弱いのかもしれない。氷は水が固形になったもの、そこには水本来が持つ柔軟さは少しもない。
まあ、そんな理論はいいとして。問題なのは、どうしてこんなに寒いのか。……嫌な予感がする。
俺は少し離れたところにいた、見張り(ターク)を睨んだ。彼はなにか含みを持った表情をしている。
思えば、こいつも魔王も絶対ここから逃げられないと言っていた。あれは、ブラフではなかったのか。
いや、何かあることは当然わかっていた。そうでなければ、タークは、みすみす俺をここまで連れてこない。だから、今さら怖じ気づいてなんていられない。
覚悟を決めて、扉の取っ手に手を触れる。思わず、それを引っ込めたくなるほどに冷たい。それでもなお、ぐっと握りこむ。
そして、力一杯、扉を引いた――




