仲間ができた
「いやぁ、なんかおかしいと思ってたんだよー」
話を聞き終えると、キャサリンは得心がいったような顔で何度か頷いた。緑色した瞳は丸くなり、彼女の長い青髪が少し揺れる。
俺は困り切って、思わず天井を仰いだ。まさか、今日だけで姫の秘密を知るのが三人になるとは……。こんな事態、全く予期していなかった。
あの後、タークが口を滑らせたのを、このウンディーネは逃さなかった。にやにやと、その顔に好奇心を顕にして俺に詰め寄ってきたのだ。
タークも珍しく、牢屋の中に入ってきて。流石に、今回ばかりはその顔は申し訳なさでいっぱいだった。
とにかく、なんとか誤魔化そうとした。俺もタークも、さっきのは言葉の綾だとか。言い間違いだとか、そもそも話を反らそうとさえした。
しかし、意外にもこの女は鋭かった。のほほんと、マイペースで、ゆったりした性格だと思っていたのに。こちらの戯言に、一切惑わされるところはなかった。ただずっと、さっきのはどういうことかなー、とにこにこ言ってくるだけ。
そして、極めつけは――
「魔王はこの事、知ってるのかなぁ?」
そういたずらっぽい笑顔で言われると、俺たちとしては立つ瀬がなかった。それで、観念して全ての事情を話すはめになったのである。ったく、恨むぞ、ターク!
「おかしいって、何が?」
「色々あるよー。例えば、身体を洗う時の手つきがぎこちなかったり、アタシとあんまり目を合わせようとしなかったり」
「アルス様、あからさま過ぎませんか?」
タークがげんなりした顔で見上げてきた。どうも、こいつの中で、俺のイメージが悪い方に固まっている気がする。
「うるせーな。それに、お前も似たようなもんじゃんか! いつも、姫をやらしい目で見てた!」
「なっ……! そんなことあるわけないでしょう! 僕は ただの見張り。そこに何の感情も入る余地はありませんとも!」
「どーかなー? ターくん、意外とムッツリだから」
うふふ、とキャサリンは揶揄するように微笑んだ。タークを試すように、見下ろしている。
それで、彼の顔が一気に茹で上がった。あわあわと意味不明な呟きが、その口から漏れていく。これでもかと言わんくらいに、動揺していた。
その姿に、笑いを耐えられずに。俺は、ぷっと吹き出してしまう。慌てて顔を背けて、隠すように口元に手を当てた。
「まあ、キミもエッチな目で、アタシのこと見てたけどね~」
「そっ、そんなことは……」
「うふふ、二人とも赤くなっちゃって、かわいー!」
完全にこの場を支配しているのは、キャサリンだった。俺たちよりも何枚も上手だ。
「そ、それで、どうしても頼みたいことがあるんだけど」
「なあに? ――あっ、大丈夫よぉ。ちゃんと今日も一緒にお風呂、入ってあげるから~」
「そっちじゃない! というか、なんでそうなる? 俺の話、聞いてなかったのかよ!」
「アタシは別に、キミが男の子でも何の問題もないというか~。むしろ、そっちの方が色々と楽しいし」
「こっちはなにも楽しくない! ほんと、やめてくれ……」
「ええ~、いいじゃない。キミだって、アタシの身体見たい、でしょ?」
「そんなことは、断じてない!」
「アルス様、アルス様。話がどんどん脱線しています」
タークに袖を引っ張られて、ようやく俺は我に返った。しまった、またこいつのペースに乗せられていた。俺は苦い顔をしながら、首を振る。
「魔王には言わないでほしいんだ、このこと。無理な相談なのはわかってる。でも――」
「いいよ~」
「ああ、ダメだよな。そこを何とか……って、えっ? 今なんて……」
「だから、いいよ~って」
俺は完全に呆気に取られていた。一瞬、自分の耳が変になったのか。疑いの眼差しで彼女を見つめるが、返ってくるのは無邪気な笑顔だけ。
こうも話がうまくいくとは思ってなかった。もちろん、こいつの掴みどころのない人となりに期待していた節はある。だから、正直に打ち明けたのだけど……。
俺は、タークの方を見た。彼はどこか呆れた顔をしている。ぽかんと口を開けて、まじまじと仲間の顔を見ていた。
やがて俺の視線にも気が付いて、その顔がこちらを向く。しょうがないな、というように彼は少し顔を歪ませて、苦笑した。
「だって、アタシには何のメリットもなさそうだし。それに、魔王に協力する義理もないし~」
「いやそれでもさ。俺は人間で、お前は魔族だろ?」
「それが、何か?」
彼女はキョトンとした顔で聞き返した。そこに、邪気は全くない。
そんな反応をされると、俺としても、もう言葉は見つからなかった。できるのは、その真意を探るように、彼女のグリーンの瞳を見つめることだけ。全く曇りのない輝きがそこにあって、思わず吸い込まれしまうほどに奇麗で――
「ま、いいじゃん、いいじゃん。ホラ、お風呂入ろ~」
「待って、それは……話はまだ――ターク! 助けてくれ!」
いきなりがしっと腕を掴まれた。意外にも強い力。そのまま、バスルームへと引きずり込まれそうになる。それでも空いた方の腕を、タークに向かって伸ばすが。
「……僕はこれで。健闘を祈ります。」
冷たく言い残すと、奴は扉から鉄格子の外へと出て行った。後に残るのは、絶望しかなかった。
*
「さあ、アルス様、行きましょう」
「ああ、それはいいんだけど――」
タークの言葉を聞きながら、ちらりとその後ろに控える魔族に顔を向ける。
奴は――キャサリンは今日も楽しそうににこにこしていた。何でこいつがここにいるんだろう。一瞬、俺はとんでもなく時間が過ぎ去ったのかと思った。
「聞いたわよ~。外に出るんですって?」
「……ターク、どういうことだ?」
「キャサリンさんに聞かれてつい……」
はぐらかすように、奴はちろりと舌を出した。全く小憎たらしい仕草だこと。俺はぐっと目に力を込めて睨んでやった。
「つい、じゃねえよ!」
「まあまあ、ターくんを責めないで。それより、ほら。行かなくていいの?」
「一応聞くけど、ついてくる気なのか?」
「もちろんよ~」
「キャサリンさん、言い出したら聞かないですから……」
タークは呆れたように言葉を吐くと、諦めた感じで首を振った。そして、深いため息を一つ。そのまま浮かない表情で檻の扉を開けた。
釈然としないながらも、俺は牢屋を出た。彼女の言う通り、今日の目標は監獄塔の探索ではない。外に出ること。朝、タークに起こされた時にそう提案された。
「これでアルス様もきっと諦めるはずです」
彼は含みある言い方で、どこか不気味な笑顔を浮かべた。嫌な予感を感じつつも、彼の甘言に従ったわけである。
そのまま、三人で階段を下っていた。外に出るには、一階部分に降りる必要がある。そのためには、玉座の間を突っ切る必要があるとか。
玉座の間は、ひっそりと静まり返っていた。物陰から、そっと様子を覗き込むと、人気は全くない。立派な玉座の主はそこにはいなかった。
「今のうちですよ」
タークに声を掛けられて、素早く物陰から飛び出た。やはり、魔物は一匹たりともいない。よく考えてみれば、このフロアで魔王以外の魔物を見た覚えはなかった。そのまま、空っぽのこの空間を早足で駆け抜ける。
結局、玉座の間も難なくクリア。大した障害もなく、下に降りる階段の所まで進めた。左右に通路は伸びているが、その先には果たして何があるものか。
「なんでこんなに誰もいないんだよ?」
「みなさん、居住棟でのんびりしてるんですよ」
「こっちに来てもやることないしね~」
タークとキャサリンはお互い微妙な顔で笑い合った。
「お前ら、普段どうやって過ごしてるんだよ……」
「まあ、色々と、ですよ。さあ、早く行きましょう」
タークに急かされるようにして、俺は未知の階層へと足を踏み出していった。




