さあ村へ!
「起きてください、オリヴィアさ~ん」
「ううん……あとちょっと……」
ザラちゃんの声がした。そして、身体を軽く揺すられる。
それで、私の意識は覚醒した。瞼を閉じているのに、外の明るさをひしひしと感じる。わたしは思わず身を捩った。
朝が来たらしい。草の匂いがおもいっきり鼻をつく。遠くでは、鳥のさえずりさえ聞こえてきた。
目は一応覚めている。しかし、それと起き上がることとは別問題というか……。正直、ぜんぜん眠気が残っている。だから、わたしはぐっと毛布を引き上げた。すっぽりと頭を隠す。それで再び穏やかな気持ちに戻る。
「起きてって……全くこのダメ王女は……」
それは不遜な一言だったけれど。怒る気にはなれなかった。それほどまでに、今の睡眠欲は強い。このまま、すぐに眠りに落ちてしまう程に――
「いつまでもぐだぐだしない!」
意識がとろんと落ちかけていたところ、無理矢理寝具を剥がされた。朝のさんさんと輝く日の下に、勇者様の身体が曝け出される。
身体のだるさがひどくって、わたしはぐっと身を縮めた。 うぅ、眩しいよぉ、眠いよぉ……。苦しさに、顔を歪める。
「寝起きの悪さだけは、おにいそっくり……」
「ザラ、どうする? 噛みついとく?」
「それはやめてあげて。姿はおにい、でも中身は違うんだから、かわいそう」
「はーい」
なにやら、物騒な会話が聞こえるわね・・・・・・・。でも、とりあえず実害はなさそうで安心した。とりあえず、腕で顔を隠して、日光を避ける。この期に及んでもまだ、わたしは眠るつもりでいた。
昔から朝は弱いんだ。すっきり起きられた例がない。昨日だって、もし隣に見知らぬ女性が寝ていなかったら、二度寝、三度寝と睡眠を繰り返していたかもしれない。
「ちょっと、オリヴィアさん!」
「あとちょっと、ちょっとだけだから! ね、ザラちゃ~ん」
わたしは懇願する様な声を上げた。頼むから、もう少し眠っていたい。この眠気に打ち勝てるくらいに、わたしの精神力は強くないのだ。
「……おにいの声でそういう風に呼ばれると、キモイな。これはちょっとお灸をすえないと駄目かもね」
「やっぱり、カジろ?」
「ううん、キーくん。ここは、もう少し軽めに――」
すると、ごそごそと物音が聞こえてきた。なんだろう、とても嫌な予感がするのだけれど……私はちょっとだけもぞもぞと動いた。そして――
バシャッ!
いきなり上から水が降ってきた!
「きゃあぁぁぁ!」
冷たい、冷たい! 水は勢いよく私の顔にぶつかる。耐えられなくて、慌てて私は身を起こした。顔の辺りはおろか、髪までもうびしょ濡れで。雫がぼたぼたと滴り落ちている。
「どう? すっかり、目が覚めましたか?」
満面の笑みで覗き込んでくるザラちゃん。それはまさに、悪魔のような笑顔だった。ニヤニヤしながら、でも手ぬぐいをわたしに突き出してくれた。
「ひどいわっ、ザラちゃん!」
わたしは顔を拭きながら、抗議の声を上げる。服まで濡れて、ちょっと気持ち悪い。もはや、眠気なんか微塵も残らず、吹き飛んだ。
確かに、わたしがあるのは認めましょう。しかしだからといって、水をかけるのまではやりすぎだと思う。わたしは前髪を書き上げると、きつく彼女の顔を睨んだ。
「いつまでもグダグダしてる人の方が悪いんですよ~。それとも、キーくんのカミツキの方が良かったですか?」
「どっちも願い下げよ。オリヴィア、暴力的なのはどうかと思います!」
「だったら早く起きてくださいな。。ほら、さっさと準備して。また今日も、村につかなかったら嫌でしょう?」
「……まあそうだけどさ。でも、太陽は昇ったばかりだし、全然余裕でしょ?」
辺りを見れば、朝は朝でも、早朝と言っていいくらいじゃないか。距離を考えても、今日中につかないなんてことは絶対ないだろう。
「そうやって、高を括ったせいで昨日失敗したの忘れたんですね……」
呆れた口調で、ザラちゃんは呟いた。そして、やや目を細めると、短くため息をついた。なんだろう、何かを諦められている気がする……。
「とにかく、さっさと準備を済ませて、出発しますよ!」
そして、ザラちゃんに急かされるようにして、わたしは立ち上がる。うーん良く晴れていて、風が気持ちい。これは、いい旅日和ですね!
*
わたしたちは順調に街道を進んでいた。次の村までは一本道に続いているから、歩きやすくて大変宜しい。
お日様は、まだ南中していない。このペースだと、昼過ぎには余裕で目的地にたどり着けると思う。……これは、決して慢心ではなくってよ?
「それにしてもオリヴィアさん、ぐっすり眠ってましたねー」
「えっ、そうかな?」
「あれだけ野宿、嫌がってたのに……適応能力が高いというか、ずぶといというか……」
「う、うるさいなぁ」
さっさとザラちゃんが寝てしまったものだから、わたしもすぐに横になった。心細くて、なかなか寝付けなかったんだけど……いつの間にか、眠りに落ちていたらしい。わたしも、絶対眠れないと思っていたのに……。
人間いざとなれば、何とでもなるのかしら……。よく考えれば、あの最悪な牢屋の中での生活にも慣れていたし。魔王に誘拐されて以降、どんどん自分がたくましくなっている気がする。果たして、それはいい変化なのか、どうなのか。
しかし野営は、睡眠環境としては劣悪極まりないもので、正直疲れが取れたとは言い難かった。こうして歩いている今でも、なんとなく身体は気怠い。そして、仄かに感じる空腹。
ぐー。ついには、お腹の虫が鳴った。恥ずかしくなって、咄嗟にお腹を手で押さえるけども。ばっちりと、ザラちゃんはこちらを見た。
「……お昼にしますか?」
「いい。次の村まで頑張る」
「そんなに意地を張らなくてもいいのに」
「そうじゃないのよ。どうせ、あの固いパンが出てくるんでしょう?」
「チーズもついてますよ!」
「どちらにせよ、もう少しいいものが食べたいです!」
「わがままですねぇ……」
ザラちゃんはしみじみそういうと、呆れたように首を振った。
「あなたこそ、よく耐えられますよね、こんな生活。今までも旅の経験があるの?」
「まあそれなりには……お兄ちゃんの特訓に巻き込まれたりしたから……」
すると、彼女は遠い目をした。それは、どこか達観しているような表情で、そこはかとなく闇を感じる。
追求はしないでおくことにした。きっと、大変な目に遭ってきたのでしょう。わたしは、静かに心の中で同情した。
「でも、食べ物はともかく、ザラだって毎日外で寝るのは嫌ですよ」
「やっぱり女の子には辛いよねー」
「……その姿で言われると、同意するどころかただひたすらに面白いんですけど」
ザラちゃんは口元を押さえて、顔を真っ赤にした。そして、その小さな身体は小刻みに震えている。必死い堪えているみたいだが、微妙に笑いが零れている。
失礼ね! 確かに、見た目は屈強な青年ですけども、中身は乙女です! それも高貴な身分でって、自分で考えていて悲しくなってきた。
「ザラちゃん、後で覚えておきなさいよ!」
「嫌でーす!」
ツンとした表情で、妹君はそっぽを向いた。……やっぱり、ザラちゃんって可愛いなぁ。時々、本当の妹みたいな気持ちになる。こんな天真爛漫な娘が妹で、勇者様のことが羨ましい。
そんな風に軽く会話を楽しみながら、わたしたちはひたすらに歩いていく。特に問題なく――ときおり現れる魔物もみんな小物で――、まもなく村につくだろう。そう思っていた矢先に――
「きゃあぁぁぁ!」
耳を劈くような甲高い女性の悲鳴が辺りに響いた。それは、左手に広がる林の方から聞こえてきたように思える。
わたしたちは、少し顔を見合わせると――
「行こう、オリヴィアさん!」
「うん!」
そのまま急いで、木々をかき分けて林の中へと入っていった。




