はじめてののじゅく
「ここをキャンプ地とします!」
そう高らかに言い放つと、ザラちゃんは背負っていた荷物を、どさっと地面に放り捨てた。
わたしも道具袋を持っているが、彼女もそれなりの大きさの袋を持っていた。やはり、その体躯には重荷だったのだろう、彼女はどっと疲れた表情で一つ大きくため息をついた。
だいぶ、日が暮れてきた。あちこち、夕焼けに照らされている。もう少しで、夜の帳が下りてくるわけだ。それで、わたしたちは足を止めたわけである。
ここは、奇麗に整地された街道から、少し草原の方へと入ったところ。辺りには柔らかそうな芝が生えている。そして、近くには小川が流れていて、上流に行けばそこはかとなく森が広がり始めていた。
結局、わたしたちの旅の初日は、あんまりうまくいかなかった。例えわたしが魔法に興じてなくとも、一番近い村に辿り着くのは不可能だった。意外と距離があったし、わたしもザラちゃんもそこまで歩きなれているわけではないからだ。
こうなると、ノースデンを出る前にあれこれと買い揃えたのは正解だった。しかも、ヌシ退治のお礼と言ってかなり割り引いてもらえたし。でも、そのせいで荷物がちょっとかさばっているのは本末転倒だわね。これも、行軍がスムーズに進まなかった一因だ。
「キャンプ地……? もしかして、野宿ってこと?」
「もしかしなくてもそうなるでしょう。どう頑張っても、ティニー村には着けません!」
「そこはさ、速度上昇魔法とかでビューンって」
「無理ですね~。魔力がそこまで持ちませんよ?」
ザラさんは嘲るように笑った。ほとんど鼻を鳴らすだけの形だった。
ぐぬぬ……ザラちゃんめ~! 自分がちょっと魔法が使えるからって、得意げにしちゃってさ。なによ、そんな呆れた顔しなくてもいいじゃない!
「じゃあ、いったん瞬間移動魔法で、ノースデンに帰る、とか。一度行ったことのある場所なら、ここにも戻ってこられるでしょう?」
「ふむ、それはいい着眼点ですね。しかし……できません! リポーティアは例外を除いて町や村にしか飛べないんです」
「ええっ、なんでよ!」
意外に融通が利かないものね! 便利だと思ったのに、あれこれと制約が多すぎる。わたしは少し腹が立った。
「あの魔法って、原理はですね、各地にある魔力残滓を辿ってるんですよ。古くは、その魔法を作り出した魔女がですね――」
「それ、長くなる?」
「うーん、たぶん」
「じゃ、今度でいいわ」
ザラちゃんの滑らかな話ぶりから、危険をひしひしと感じていた。唐突に、あのおじいちゃん家庭教師による歴史の授業を思い出す。
まあ、それとは違って、決して興味がないわけではなかったけれど。しかし、この日没を前にすると、そんな暇はない。
「とにかく、わたしたちには野宿することしか手はないです! 夜歩くのは危ないですからね」
「ええー、やだやだやだー」
「駄々こねないでください、オリヴィアさん! お兄ちゃんの姿でそんなことされる、ザラの立場も考えてよね!」
「うぅ、それはすみませんでした……」
それなりにガタイの良い、かっこいい青年が女性っぽい口調でダダをこねる。……想像してみたら、確かに気持ちが悪かった。
なので、さすがに今回ばかりは謝ることに。今のは、わたしが悪い。でも、だからといって、簡単にその結論は受け入れられるものではなくて。
「わたし、この国の王女、なのだけれど?」
「それで?」
「野宿なんて、野蛮で泥臭い真似、とてもできませんわ!」
「でも今は、姿はお兄ちゃん。心情的には、ザラのお姉ちゃんなんだけどなぁ」
妹君は、にやけながら、ちらちらとこちらを見上げてくる。完全に向こうの方が立場は上だった。わたしはもうたじたじで――
「わかりました。野宿で、我慢します……」
「オリヴィアさんは素直で言い子ですね~。本物のお兄ちゃんとは、えらい違い!」
勢い、よしよしまでされそうなくらい。ザラちゃんは、優越感に浸り、とても満足そう。
「まあ、初めからオリヴィアさんには選択権ないけどね」
「はあ、最初からわたしだってわかってますよーだ!」
「そんなにふて腐れないでください。さ、準備しましょう?」
「準備? 何するの?」
「……これだから、いいとこ育ちのお姫様は」
ザラちゃんはうんざりとした顔で首を横に振った。そして、憐れむような眼差しをこっちに寄越してくる。
むっ! なんだかバカにされてます。謂れのない非難を受けるのは、不愉快ですね。
「はいはい、わたしは所詮役立たず、世間知らずなお姫さまですよー」
「そうですねー。ということで、オリヴィアさんは水でも汲んできてください。それと、木の枝も拾ってくること!」
「魔法でいいじゃん!」
「あのねぇ、飲用水如きに一々魔法使ってたら、いくら魔力があっても足りないよ!」
彼女は怒ったように、革でてきた袋をつき出してきた。これに水をいれてこいということらしい。
渋々ながら、わたしはそれを受けとる。とても、丈夫そうだった。
「ついでに魚とか木の実も、採ってきてもいいですからね!」
「はーい! まっかせなさい!」
「……期待せずに待ってよーっと」
彼女にしてみれば、小さな独り言のつもりだったろうけど。わたしの耳にはしっかり届いていた。
絶対に、見返してやるわよ――そんな、強い覚悟と共に、わたしは川岸へと向かった。
*
辺りは完全に闇に包まれていた。町中とは違って、外灯の類いはない。だから、光っているのは宙に浮かぶ星々。それと、わたしとザラちゃんの間で燃え盛る薪。
「ふぅ、お腹も少しは膨れたわね」
「ザラは十分だったんですけど……オリヴィアさんって、以外と大食いなんだ~」
けらけらと、ザラちゃんは笑った。小さな子どもみたいに。そして、その大きな瞳を丸くする。
「それは、たぶん、この身体のせいよ」
「まあ、お兄ちゃん、がたい良いですからね~」
「あれぽっちじゃ全然足りないわ」
夕食は固いパンとチーズかそれぞれ一つずつ。今までの人生で、もっとも味気ない食事だと言っても過言ではなかった。
お子ちゃまな、ザラちゃんには十分かもしれないけれど。しかし、それは決して口に出せない。この野宿において、彼女こそ絶対だから。
「どこかの誰かさんが、魚は採ってこないわ。拾ってきた、木の実やキノコは食べられないわ、でしたからね~」
「うぅ、面目ない……」
そう言われると、わたしは肩身が狭い。野営に手慣れている彼女と違い、自分は役に立てないという自覚はあった。
それでも、初めちくりと言われた時は、多少は抵抗を見せましたとも。しかし、彼女から返ってきた言葉は、ご飯抜き。もちろん、すぐさま白旗をあげた。
「それでも、お腹減ってるなら、干し芋ならありますよ?」
「うーん、貰おうかな」
すると、彼女は小さな袋を渡してくれた。ヌシ退治のお礼――ちゃんと、二袋ある。とりあえず、一つ手にとって噛った。
「さあ、寝る支度をしなくちゃですね」
「ほうだねー」
わたしは干し芋を咥えながら、ザラちゃんが地面に何かを描くのを見守る。それは魔方陣だった。
「さっきの奴とは違うの?」
「あれは魔除け。こっちは――」
彼女は、何か言葉を発した。わたしには、よく聞き取れなかったけど、突然魔方陣が赤い光を放つ。小さな光の柱が立って、何かが姿を見せる。
「ザラ、なによう~」
「キツネだ……」
耳に鈴をつけた、綺麗な毛並みのキツネが出現した。人語を話している。おそらく、使い魔なのでしょうね。二度目だから、そこまでじゃないけど、少しビックリした。
「って、アルスじゃん! よかった、合流できたんだね~」
「ああ、それは違うの。この人はね――」
アルス? それが勇者様の名前なのね! 素敵な響き……アルスとオリヴィア。うん、しっくりくる。わたしたち、お似合いだったりして――
「聞いてる、オリヴィアさん?」
「えっなに?」
「ああ、これは確かにアルスじゃないね~」
キツネさんは愉快そうに笑った。一体なんだというのだろう? まあそれはいいとして。
「この子は?」
「使い魔のキーくん。うちで飼ってる子です」
「よろしく~」
そう言うと、キツネさん――キーくんはちょこんと頭を下げた。可愛い。わたしは、そっとその頭を撫でる。
「でも、どうして使い魔なんか……寝る準備じゃなかったの?」
「見張りです。魔除けの結界があっても、魔物が完全に寄ってこないわけじゃないので」
「任せて~」
ええっ! それ、かなり怖いんですけど……。
しかし、ザラちゃんは平気そうだし。キーくんはどこかのんびりとしている……た、頼りになるのかしら。
「はい毛布!」
「あ、ありがとう」
「じゃあ、ザラもう寝るね」
そう言うと、彼女はさっさと横になった。そして、毛布を頭から被る。
早い、早すぎる……わたしは毛布を抱えながら、しばらく呆然とザラちゃんのことを見ていた。すーすー、と寝息が聞こえてくる。
「おひめさま、さあ安心してくださいな~」
傍らに控える使い魔が、のんきそうにわたしに呼び掛けてきた。その瞳は愛くるしいだけど、全く強さを感じない。
……ちゃんと、眠れるかしら。こうして、わたしの人生最悪の睡眠が始まるのだった。




