旅の始まり
すっかり、わたしたちは目を覚まして。今は、優雅に部屋で朝食を食べていた。宿屋の主人にお願いして、ここまで運んできてもらったものだ。
「それでこれからどうしますか?」
「うーん、そうねぇ……」
ザラさんの問いかけに、わたしは間延びした返事をした。あまり真剣に考えるつもりはなかった。それほどまでに食事に夢中……ということではないのだけれど。正直なところ、思考するのが億劫というか……えへへ。最終的に曖昧に笑ってみせることにした。
そんなわたしを見たザラさんは、呆れた顔をした。そして、一つため息をつく。
「お気楽ですねぇ、お姫様は……」
「ねえ、その他人行儀な呼び方、そろそろやめない?」
「でも、いくらお兄ちゃんの姿をしてるっていっても、ラディアングリスの姫には変わりないじゃないですか」
「でもねぇ、年も近いし、ほら、わたしたち一緒に修羅場を乗り越えた仲じゃない!」
それでもなお、ザラさんは小難しい顔をしていた。どうしたらいいものか、判断に困っているよう。
でも、初めて秘密を打ち明けた時よりも、全体的に物腰が柔らかくなっていることに、わたしは気が付いていた。ザラさん自身、きっとわたしに親しみを感じているはず。……勘違いだったら、それはわたし滑稽ね。
「この姿で姫様というのも違和感しかないし。ねっ、ザラちゃん?」
「えと、それじゃあ、オリヴィアさん、って呼ばせていただきますね」
「まだちょっと固いなぁ……ほら、お姉ちゃんとかでもいいんだよ~」
「流石にそれは気持ち悪いんで、却下です」
すげなく拒絶されてしまった。少し沈黙ができた後に、わたしたちは顔を見合わせて笑った。うんうん、これからうまくやっていけそうじゃない。
「ところで、お兄ちゃんは大丈夫でしょうか?」
「ううん、でも結構手厚く保護されてたのよ? ご飯も出るし、お付きの魔物さんも優しいし。命の危険はないんじゃない?」
「まあそこは腐っても勇者なので。いくら姫様の身体であっても――」
「ザラちゃ~ん?」
「はっ! すみません、また失礼なことを……」
「そっちじゃなくて、名前で呼んでくれるんじゃなかったのかなぁ?」
わたしはにやにやしながら、彼女の顔をじっと見つめた。それで、ますますその顔の赤さが増していく。ついには、かわいい形をした耳までも真っ赤に染まった。
「オ、オリヴィアさん……」
「そうそう。それで、よろしい」
まだいい慣れていないのか、ザラちゃんの口調からは恥ずかしさが抜けきっていなかった。そのぎこちなさが、またなんとも可愛らしい。
「まあでも、勇者様は勇者様でうまくやってると信じるしかないわよ」
「うーん、そうですね。おにぃ、変なことになってなきゃいいけれど……」
「やっぱり、ザラちゃんはお兄ちゃんのこと、心配だよね」
「状況が状況なだけに……。自力で逃げてくれてればいいんですけど」
「それは……難しいでしょうね」
まず、牢屋から出る機会が少ない。そして、用事で出られたとしても、あの小さな兵士さんがつきっきりだろうし。いくら勇者様でも、わたしの身体じゃ無理できないと思う。……というか、してほしくないですね!
「助けに、行くしかないのでしょうね、本当は」
勇者様が身動きをとれない以上、そういうことになる。立場が逆転だ。本来ならば、わたしが勇者様にさっそうと救出されるはずだったのに。
考えたことはないわけではないけれど。勇者様のお身体ても、中身が王女だと、それはかなり無謀。
「でも、ザラたちだけでは難しくないですか?」
やはり、ザラちゃんも同じ考えだったらしい。それで、今まで一度も勇者様を助けに行こうと口にしなかった理由がわかった。できないと、彼女自身悟っていたのだろう。
「そこだよねぇ……。当然、魔王城に乗り込むとなると、手ごわい魔物たちだらけだろうし」
「昨日のヌシみたく、強力な呪文をぶっ放しているだけで、すべてが何とかなると思えませんしね……」
はぁ。わたしたちはほとんど同時にため息をついた。これはなかなかに無理難題が溢れている。
ザラちゃんの表情はすっかり暗くなっていた。俯きながら、悲しげに空になった皿を見つめている。
何とかしてあげたいけれど、わたしはどこまでも無能だった、現状について、深く考えてこなかったつけが回ってきたらしい。
「別の方向からアプローチしないと、ダメですね」
ポツリと、ザラさんが言葉を漏らした。それは、どこか明るい響きを持っていた。少なくとも、落ち込んだ雰囲気はない。
「どういうこと?」
「入れ替わりの方を何とかしましょう! 二人が元に戻れば、おお兄ちゃんは無事に助かります!」
「つまり、またわたしに虜囚生活を過ごせ、と?」
「うっ……そうですね。そうなっちゃいます……」
一度は元気を取り戻したザラちゃんだったけれど、すぐに微妙な表情に戻ってしまった。後ろめたそうに、彼女は目を逸らす。
「ごめんね、ちょっとイジワルしたくなっちゃただけよ」
わたしは優しく微笑んだ。もちろん、本心から。
「オリヴィアさん……」
「全てが元に戻るだけですもの。わたしは、またあの閉鎖空間で助けを待ちます。そういうのは、慣れっこだから」
「すぐに助けに行きますから。お兄ちゃんと一緒に。絶対!」
「ありがとう。その言葉があれば、わたしはまた頑張れるわ」
そう、前とは違う。誰かが助けに来てくれるのであれば、それを頼りにして希望を持てる。それは、お城に閉じ込められるのとはまた違った感覚だ。
「……まあ、せっかくの自由を失うのは残念だけどね」
わたしは昂った気持ちを隠すように、少しはにかんでみせた。ザラちゃんも、合わせるように微笑む。
「そのためにも、手がかりを集めないと……」
「ですね! なので――街を目指します!」
妹君はそう高らかに、宣言するのだった。わたしはそれを、目をぱちくりさせながら見ていた。
*
所変わって、ノースデンから伸びる街道をわたしたちは進んでいる。地図によれば、しばらく平坦な道が続くらしく一安心だ。
しかし――
「もうっ、オリヴィアさんのせいですよ!」
「えー、だってつい楽しくって……」
「なにも茂みを見つける度に、いちいち魔物を探して歩かなくたっていいじゃないですか!」
そう。わたしたちの行軍はあんまり順調とは行かなかった。それは決して、宿を出たのが遅かったわけではない。町の人に、長々と見送られたせいでもなかった。
「だって、せっかく魔法が使えるようになったんだよ? 試してみたくなる気持ち、わからないかしら?」
全部、わたしのせいだった。昇りつつあった太陽は、いつの間にか山脈に隠れようとしている。当初の予定では、そろそろ次の村に着く予定なのに。
「わからなくないですけど。でも、ザラはとっくの昔、子どもの頃に、そういう経験は終わっているので!」
「わたしが子ども染みていると言うの?」
「さあ、どうですかね~」
ザラちゃんは、わたしを挑発するように下手くそな口笛を吹いている。そして、こちらをバカにするような眼差しを送ってきた。
「なによっ! あなただって、まだまだ子どもじゃない」
「十三才は子どもじゃありませんので」
「そんな子どもみたいな身体して、何を言うのよ! 寝言は夢の中で言いましょうね~」
「カチン! いくら、お姫様と言えど言って良いことと、悪いことがありますよっ!」
「さっきに仕掛けてきたのは、そっちでしょ!」
「ザラはただ、余計な道草食わないでって、言ってるだけだもん!」
わたしは強くザラちゃんの顔を見下ろした。彼女も、対抗心をむき出しにして見返してくる。
そのままずっと、互いに睨み合う。バチバチと、その間には火花が走っているみたいに苛烈に。わたしも相手も、引くつもりはないらしい。
そこに、カーカーと、間の抜けたカラスの声が響いてきた。それをきっかけに、ようやくどちらともなく顔を逸らす。後には、気まずさが残るだけだった。
「先を急ごう、オリヴィアさん」
「そうだね、ザラちゃん」
それで、またとほとぼと歩き始める。わたしたちが目指すは、この国の貿易港ゼルシップ。そこから、船で大陸に渡ろうという算段である。悔しいけれど、我がラディアングリスを遥かに凌ぐ大国がそこにはあるからだ。
世界最大都市ならば、きっと入れ替わり解決の手がかりが手にはいるはず。ザラちゃんの、街に行こう発言の真意はそこにあった。
しかし、その道中はかなり過酷。ゼルシップに限っても、山越えが待っている。本当に、うんざりするわね――
「あ~あ、魔法でひとっ飛びで行けたらなぁ」
「仕方ないですよ。一度いったことのある、街にしか飛べないんですから」
「変なところで、不便だよねぇ」
「ほら、文句ばっかり言わないで! このままだと、野宿ですよ!」
「そ、それは、勘弁よ~」
わたしは弱々しい悲鳴を上げた。珍道中はまだまだ始まったばかりだ。




