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最強勇者と囚われし王女の入れ替わり冒険記  作者: かきつばた
閉じ込められし勇者と自由な王女
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父と姫(息子)

 またずいぶんと、とんでもないことになったものだ。薄暗い牢の中にいるくたびれたおっさんに目を向ける。記憶にある姿より、多少はやつれていた。髪や髭は伸び放題で、その容姿はかなり山賊に近づいている。だが、確かにそれは俺がよく見知った男だった。


 それにしてもこの状況、ずいぶんとカオスだぞ……。まさか、親父まで魔王に捕まっているなんて。死んではいないとは思ってたけど。でも、こんな状態なんて本当に予想外だ。お手上げ。


 そして、その息子は息子で、今はラディアングリスの姫と入れ替わり。また、魔王城に囚われている。つまり、本質的には『サーモンの勇者』は二代続けて魔王の手に落ちたわけだ。……ご先祖様が知ったら、とんでもないことになりそうな事態である。


「親父って……こんな可愛い娘がいた覚えはないけどなぁ……。はっ、もしかして、隠し子か!」

「……そうなのですか、姫様?」


 父やタークは不審がる眼差しを俺に送ってくる。穴が開くほど、見つめられて、俺の居心地の悪さは頂点に達しようとしていた。


 咄嗟に漏らしたあの一言のせいで、すっかり窮地に追い込まれている。いやしかし、絶対にありえないはずの場所で行方不明の父と再会したんだ。驚くなというのが無理な話だ。でも迂闊だったと、今では深く反省している。


 しかし、どう誤魔化したものか……。いや、いっそのこと、俺の身に降りかかった事態を全て説明した方が良いかもしれない。


 親父なら、何かこの現象の解決の糸口を知っているかも。なんてたって、俺とは違い歴戦の勇者。世界各地を巡りに巡ってきた伝説の旅人でもある。その知識たるや測り知れない。


 仮にそうでなくとも、この状況を共有できる力強い味方ができるわけだ。……いや、捕まって身動きが取れない状態ではあるけども。


 しかし、大きな問題は――


「ん? どうしましたか、姫様?」


 こいつだ。ターク、おれの監視役。そんなのがいる前で、親父に真実を話したら……今までの努力が全て水の泡。忽ち、魔王の耳に入って、いったいどうなることやら。


「ううん、どこかで見たことあると思ったら、あんた、ラディアングリスの一人娘か! 道理で、姫様なんて呼ばれているわけだ」

「……知っているんですか?」


 俺はおずおずと聞き返す。なんだか、不思議な気分だ。他人の身体で父に話しかけるなんて。それも敬語を使うなんて、とてもむず痒い。


「ああ、もちろんだとも。しかし、大きくなったなぁ」


 その視線が胸元に移動するのを、俺は見逃さなかった。さっと、俺は手で隠した。全くこのスケベ親父め。どこ見てるんだ、その言葉と併せると、ただの変態だぞ。不敬だ、不敬! 元に戻ったら、母さんとザラに教えてやろう。この男、魔王城に監禁された挙句、姫様の胸を凝視していたって。


 もはや、一気に父――このおっさんのことが頼りに思えなくなってしまった。父親の威厳はここにきて崩壊、暴落、その価値は零に近しい。


「……帰りましょう、ターク」

「え、いいんですか、姫様? あんなに、会いたがっていたのに」

「おお待て待て。冗談、冗談、イッツアジョーク」


 この親父は本当に……俺はジト目で奴を睨んだ。すると、彼はムカつく表情で肩を竦めた。ここにきて、そのひょうきんさに拍車がかかっている気がする。


 昔から、親父はこんな感じだった。日常生活においても、訓練の時も、いつも飄々としている。どこまで本気かわからないところがあった。「無人島に送り込むぞ」これは冗談ではなかったが!


「ターク、一つ頼みがあるのだけれど?」

「ダメです。それだけは絶対にダメです! ほかの願いならいざ知らず、この人を逃がすのだけはできませんとも! そもそも、ここの牢のカギは持っていませんし」

「いや、それもそうなんだけど。今はそうではなくって……」


 それにしても、もの凄い拒絶ぶりだ。俺は少し呆気に取られていた。そして、その慌てぶりはなんだか面白い。


 俺としても、やすやすと親父を逃がしてもらえるなんて、一欠片も思っていなかった。タークもこのおっさんが魔王を滅ぼしうる力を持っていることはわかっていたのだろう。腐っても、この男も勇者と呼ばれる存在だから。


「できれば席を外してくれたらな~って」

「無理です」

「でも、さっきの他の願いならって言ってたじゃない」

「姫様の監視こそ、僕の仕事ですから。どんなに頼まれてもダメです」

「ケチっ!」

「ええ、僕はケチですとも」


 ぐぬぬ、その意思はなかなか固そうである。ここはキャサリン直伝悩殺セクシーポーズを使うしかないのかもしれない。


「効き目はバツグンだから、ちゃんとタイミングを見極めるのよん」


 師匠……今こそその時だと、自分は思うのです。俺はタークの目線に合わせる様に、身を屈める。胸元も忘れずに緩めておいて。少し伏し目がちにアンニュイな表情を浮かべるのが、最大のポイントらしい。


「ね、オ・ネ・ガ・イ」

「くっ……でも、僕は……」


 キャサリンの実例があったからか、いつもよりも艶っぽい声を出せた気がする。なんか、親父もこっちを見ている気がするが、絶対に気にしないぞ。少しでも気を向けたら、羞恥心で多分俺は死ぬ。何が悲しくて、実の親の前でこんなことを……っと、危ない、危ない。わたしは今一介のお姫様なのよ!


 しかし、タークの抵抗はすさまじいものがあった。歯を食い縛って、必死に自我を保とうとしている。顔が苦しそうに歪み、汗がじわじわと浮かんできている。


「ダメですっ!」

「……ち、力及ばずか」


 俺はがっくりと肩を落とした。いける気がしたんだけど、まだまだ研鑽が足りないらしい。


「いやぁ、いいもん見せてもらったよ!」


 ただ一人、先代の勇者だけが満面の笑みを浮かべていた。おまけに大きく拍手をしている。いったい、誰のせいでこんな苦労をしているというのか。


「……ターク。これから私が話すことをここだけの話にして欲しいんだけれど」

「ええと、内容によるとしか……」

「信じてるわよ、ターク」


 怪訝そうな顔をしているタークの顔を真剣な眼差しで見つめた。俺はもう覚悟を決めた。手段を選んでいる暇はない。とりあえず、親父に事情を話すことはマストだ。


「……親父」

「うん? またそれかい、姫さん。いったいどういう――」

「俺はあんたの息子――アルス・グランドールだ!」


 あえて、男口調で話してみたけれど、なんか逆に違和感が……やばい、やばい。


 そして、それを聞いていた親父とタークは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。ぽかんと口を開けて、二人とも眉間に皺が強く寄っている。




    *




「なるほどなぁ、話はわかったけど」

「そ、そんな、姫様が実は男性だったなんて……」

「いや、入れ替わってるだけだから。微妙にずれてるぞ、ターク」


 俺は二人に対して、これまでの事情をあらかた説明した。あまりにも衝撃的すぎたためか、二人ともずっと小難しい表情を崩すことはなかった。


「ま、信じるしかないか。妻と娘の名前もぴしゃりと言い当てられたし。本物の姫様だったら、そこまでの芸当できないからな」

「むぅ、やっぱりそうなんですね……」


 とりあえず、信じてはもらえたらしい。とりあえず第一関門は突破だ。タークはかなりげんなりした表情をしているが。


「しかし、まさか今目の前にいる姫様の中身がアルスとはな! 親子の感動の再会なわけだな!」

「俺としては、とっくの昔にそんな感動吹っ飛んだけどな……」


 生きていたのを知った時は流石にうれしかったけど。その後のあれこれを足し合わせると、ねぇ……。父親がここまで残念な男だとは知らなかったし、知りたくもなかった。


「しかし、そう考ますと、色々今までのことを思い返すと、気持ちわる――」

「とりあえず、今までのことは忘れよう。それだけはこの三人の共通事項にしたい」

「異議なし」

「そうですね」


 謎の団結力が発生してしまった。奇妙なものだ。人間――しかも、勇者と魔物間にそんな変な関係が出来上がるなんて。つくづく不思議な事ばかりだ。


「それで、ターク。魔王には黙っていて欲しいんだ」

「いや、でも……」

「息子の言う通りだと思うぞ、小さな魔物さん。奴がこの事実を知ったらどうなる? 息子――姫様はおろか、お前だって処分されかねないぜ? なにせお前さんは、無意識の内でも、上司に逆らっていることになるんだからな」

「うぅ、確かに……」


 とんでもない理論だと思ったが、タークはなぜか納得しつつある。釈然としないでいると、ふと親父と目があった。そして、少し得意げな表情を浮かべる。ああ、これ暗示の類をかけてるな。


 姫様に魅了されるわ、捕虜に暗示をかけられるわ。彼の人生――魔物生か――ほんと、難儀なものだな。その原因の一端を担いながらも少し可哀想になってくる。


「わ、わかりました。そもそも、姫様と勇者さんの身体が入れ替わってるなんて話信じてもらえそうにないですし」

「そうそう、黙ってれば今まで通りさ」

「……僕としてはかなり複雑ですけどね」


 ということで、懸念していた問題もあっさり解決したところで。いよいよ、これからどうするかを話し合うことになるのだが――


「そういう事情なら、俺としては、お前をさっさとここから逃がしてやりたいんだが……」

「親父、一回鏡見た方が良いぞ」


 あんただって捕まってるじゃないか。流石にそんな尊大な言葉を履くことはできなかったけれど。


「そもそもさ、なんで親父はここに捕まってるわけ? 拾われたって聞いたけど……」

「おお、それを聞いてしまうか。我が息子よ。あれは今から五年前のことだった――」


 ええっ、この人、この状況で回想に入る気かよ。しかし、決して気にならないわけでもなし。俺はおとなしくその話に耳を傾けることにした。見ると、なぜかタークも興味津々だし。もしかすると、こいつの精神は壊れてしまったのかもしれない。可哀想に……。


「あの勝手に哀れむの止めてもらえますか?」


 そんな目で見られていたことにすぐ気づいて、タークは非難の声を上げた。まあ、とにかく今は親父の話か……。あんまり、聞きたくないんだけどなぁ。

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