勇者(姫)と妹
「いやぁ楽しかったね~」
「はぁ。やっぱり飲み過ぎですよ! 姫様、かなりお酒臭い……」
ヌシ退治を祝う宴は、村長の家で盛大に行われた。多くの人が集まって、喜びを分かち合った。それほどまでに、ここの村の人たちはあいつに苦しめられたということでしょうね。聞くと、山菜やキノコ採りによく使っていたらしい。
それで、わたしとザラさんはこの村を救った英雄として持て囃された。大げさだと思うけれど、悪い気はしない。誰かい褒め称えられるというのは、いいものだ。これがお城だと、みんなお世辞ばっかりだから嫌になっちゃう。
用意された食事やお酒に舌鼓をうち、村人との世間話に花を咲かせて。それらは、今までに経験したどのパーティよりも楽しかった。それよりも豪勢なのは、たくさんあったというのに。どうしてかは自分にもわからない。
しかし何事にも終わりがあって、わたしたちは村長の家を出て帰路に就いていた。もちろん、宿屋への。ほろ酔い気分で夜風に当たりながら、人気のない道を少女と二人歩く。……ふらふらする身体を彼女に少し預けながら。
ほんのついさっきまで、大勢の人と騒ぎ合っていたせいか。この帰り道が、よりさびく感じられた。。心にぽっかりと穴が開いているみたい。そんな感傷に浸っているのも、お酒のせいでしょうね。
「さ、つきましたよ!」
「ザラさん、ちょっと怒ってる?」
「別に、そんなことありませんけど」
見上げると、宿屋の看板が夜闇の中で淡く光っていた。いつのまにか、ここまで歩いてこれたらしい。自覚は殆どない。
しかし、彼女にしてみれば、兄が酔っぱらってふらふらしているように見えるわけで。そのだらしなさが、鼻につくのもわかるけれど。何もそんなにいやそうな顔しなくたっていいのに。
いやぁ、しかし止められなかったのよねぇ……。やっぱり、お酒っていうのは楽しくって仕方がなくて。元の身体だと飲めないからなおさら。ザラさんに悪い気持ちはほんのちょっぴりあるけれど。
扉を開けて、中に入る。室内の光が眩しくて、わたしは反射的に目を細めた。まるで目に突き刺さってくるようだ。
「おおっ、旅人さん――いえ、勇者様とその妹様! お待ちしておりました。ちゃんとお部屋はご用意しておりますぞ」
帳場にはいつもの中年男性がいた。ここ二日ばかり、ずっと顔を合わせているため、わたしは彼の顔をすっかり覚えてしまった。まあ、向こうからすれば、三日連続で利用している変な旅人という認識なのだろうけども。
「ありがとうございます、おじさん」
「おじ――いいえ、気にしませんとも。こちらがお部屋の鍵でございます」
やや凹んだ表情をしながらも、宿屋の主人は台の上に二本鍵を置いた。
「あの、姫――兄と一緒でいいんですけど」
「おやそうでしたか。申し訳ございません。余計なお節介を……」
おじさんは鍵を二本とも引っ込めた。そして、机の下を探り始める。
「なあに、ザラちゃん、お兄ちゃんのこと恋しいんだ~?」
可愛いところあるじゃない! わたしはにやにやしながら、ザラさんの顔を見た。十三歳よりも幼く見えるその顔……兄離れできていなくとも十分許されそう。
「……うるさいな、この酔っ払い」
「なにか不敬な言葉が聞こえた気がするけど~?」
「何も言ってないよ、お兄ちゃん」
それは涼し気な笑顔だったけれど、思わず背筋がぞっとした。彼女に意外と怖いところがあることをすっかり忘れていた。おかげで、酔いも吹き飛んで。
「それではこちらの部屋をお使いください」
新しくルームキーが表われて、ザラさんが笑顔で受け取った。それは、三階にある部屋だった。
店主に柔らかい微笑みを投げかけてから、階段へと歩いていく。背の低い少女の後ろを歩いていると、魔王城でのことを思い出す。あの見張り兵もまた小さかったなぁ……。勇者様、上手くやれているかしら?
と、遠い地のことに思いを馳せいると、部屋の前まで来た。まず扉が少し豪華である。少なくとも今まで泊まった部屋よりも。
ザラさんが鍵を差し込んで、ドアを開けてくれた。そして、中に入り灯りをつける。
「わぁ、立派じゃない!」
「姫様が言っても皮肉にしか聞こえませんけどね」
「もうそういう意味じゃないってば!」
ふふん、とこちらを向いて得意げな笑みを浮かべるザラさん。イジワルだなぁ……、と思いつつわたしもつい笑みをこぼした。
部屋の中は、今まで使っていたものよりも広かった。そして、調度品もワンランク程度上っぽい。特に二つあるベッドは明らかに豪華で、よく疲れが取れそう。なので、わたしは――
「ドボーン!」
思いっきり、片方のベッドに向かって飛び込んでみた。バネが大きく潰れて、身体が柔らかい感触に包まれる。ふかふかだぁ……わたしは喜びでいっぱいだった。
「いいんですか、お姫様がそんなことして?」
「もうっ固いこと言わないでよ。ザラさんもやってみたら?」
「ザラは遠慮しておきます」
そういうと、彼女は呆れ顔で首を振った。そして、洗面所の方へと姿を消す。
ふうっ、本当に今日は疲れた……色々なことがありすぎ。ヌシ退治、いったい何度死ぬかと思ったことか。無事に終えることができて心の底からよかったと思う。
でも楽しかったこともあって――入れ替わり生活、なかなかに悪いものではないのかもしれない。貴重な体験も色々できるしね。
*
「きゃっ!」
目を覚ました時、幼い少女の顔がすぐ目の前にあって、わたしはつい驚いてしまった。そういえば、ザラさんと一緒のベッドに寝ることにしたんだっけ。ぼんやりと記憶を探り出す。
「そっち行ってもいいですか?」
「うん、いいけど……」
寝る支度を完全に済ませて、消灯した後。お互いにベッドに潜り込んで、少しした後にザラさんが話しかけてきた。それはとても弱々しい声色だった。
少し物音がして、彼女が布団の中にやってきた。わたしはぐっと身体を端に寄せる。狭いかな、と思ったけど。彼女が小柄なのと、ベッドが一人用なのに大きいこともあってそんなことはなかった。
すぐ間近に、彼女の存在を感じる。その体温がはっきりと伝わってきて――それは幼い頃から一人寝に慣れているわたしには、至極真新しい感覚だった。
「すみません。久しぶりにお兄ちゃんに会えたと思うと、つい……」
「中身はわたしだけどね?」
「わかってますけど……」
「いつも勇者様と一緒に寝るの?」
「そ、そんなわけないじゃないですか! イジワル言わないでくださいよ……」
「ごめんなさい、つい可愛くって」
「か、かわ……っ! もう、変なこと言わないでください」
ザラさんは背中を向こう側に向けてしまった。しかし、その口調から恥ずかしさがだだ漏れであった。
「ずっとお兄ちゃんを探して一人だったから、寂しかったんです」
少しの沈黙の後、ついに彼女の口から本音が漏れた。わたしはつい頬を緩めてしまう。
「今まではどうしたの?」
「昨日は徹夜しました。お兄ちゃん――今となっては姫様か、が心配だったから」
「その前は?」
「野宿です。使い魔を呼んで、警戒は怠らず」
「い、意外とパワフルなんだね、ザラさん……」
わたしにはそんな勇気はない。またしても、年下の少女に感心させられてしまう。
そんな風に会話を交わしている内に、いつの間にか眠りに落ちたのだった。うっすらと覚えている。
しかし、なかなかにいじらしいところがあるわねぇ。ま、それだけ寂しかったということかしら。勇者様を追いかけて、家を出てきたと言っていたし。
隣でぐっすり眠る少女の顔を見ながらそんなことを思った。さながら、妹ができた気分。
「お兄ちゃん……」
「あらあら」
ぽつりとザラさんの口から寝言が漏れる。それはとても寂しげな呟きだった。
わたしはいとおしくて思って、ついその頭をなでた。艶があって、滑らかな髪――しばらくそうしていると、彼女がぱちりと目を開けた。
「ん……あれ、もう朝?」
「ごめんなさい。起こしちゃった?」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
…………ザラさんはだいぶ寝ぼけている様子だった。その目はとろんとして、どこまでも無邪気だ。
その後頭が覚醒して、自分がとんでもない発言をしたことに気付いて、彼女が顔を赤くしたのは言うまでもないことかしらね。
入れ替わってから、三日目がいよいよ始まる。今日からは、この勇者様の妹君と一緒に。しかし、わたしには、これからどうしようかなんて考え微塵にも持ち合わせていなかった。




