リベンジ、そして伝説へ
「ふぅ、疲れた~」
「お疲れ様でございます。姫様」
道の先が明るい。どうやら、あれが最後の分かれ道で、俺は一発で正解を選ぶことができたらしい。そこで足を止めて、グーっと伸びをしてみた。そして、大きく一つため息をつく。
そんな姫を、タークは呆れ気味に見上げていた。言葉と表情が合っていない。
入れ替わり生活四日目。監獄塔探索は三日目になり、今日こそ特別囚人に会うと意気込んで、再び迷宮に挑んだ。朝の魔王との謁見の帰り道――今日はいつもと同じでそっちの方が先だったので、朝食は食べていない。そろそろ、空腹感を覚えている。
タークはもはや、反対することはなくなっていた。監獄塔をうろつくことについては、諦めて黙認することにしたらしい。それで調子に乗って、外に逃がしてくれないかと、セクシーに頼んでみたがダメだった。俺の中の羞恥心というパラメータが擦り減っただけに終わった。
一度踏破しているからと言って、迷宮を抜けるのは一筋縄ではいかなかった。複雑さゆえに、俺もタークも道をあまり覚えていなかった。一応弁解しておくと、似たような構造が三つも続いたから、とてもじゃないけど覚えきれない。一つだったら、まあ大丈夫だったろう。
そして、もう一つ。オークたちが徘徊しているのは、変わらないわけで。そいつらをなんとかするのも面倒だった。すでに籠絡している連中だったので、一回目ほど、手間はかからなかったけれど。
「これで、あの石像兄弟がいないと楽なのだけれど」
「絶対いると思いますよ。昨日の今日だから、なおさら警戒心が高くなってるでしょうね」
「ターク。嬉しそうなのが、隠せてないわよ」
「……ソ、ソンナコトアリマセンヨー」
「惚れ惚れするような棒読みだこと」
おまけに下手くそな口笛までつけて。この少年兵はとても素直だ。それは、ここ数日でよくわかった。……姫様が好きなことも。
「それで秘策はあるんですか?」
「もちろんですとも。昨日お風呂の時に、たっぷりキャサリンに聞いたからね。やっぱり、こういうことはその道のプロに頼むのが一番よ」
「別に、キャサリンさんもプロではないと思いますけど……。どちらかといえば、ウンディーネより、サキュバス辺りの方が向いてますよ」
「そこはそこ。わたしに、サキュバスの知り合いはいないし。あなたに言ったら、紹介してもらえたのかしら? この城にはいるの?」
「いることはいますよ。でも皆さん気難しいですから……」
その微妙な表情が全てを物語っていた。キャサリンは、タークなりに考えた人選だったのかもしれない。色々厄介なところはあるけど、彼女はそこまで悪い奴ではない。
「さあ行くわよ」
いつまでも話しているわけにはいかず、俺たちは再び歩き出した。おそらく、万人が待ち受けているだろう、迷宮の出口に向かって。
コツコツとあえて足音を立てながら進む。昨日とは違って、別に気配を無駄に消す必要もないと思った。わざわざ神経質になっても仕方がない。
明かりに近づいていくにつれて、闇の中に例の二つのシルエットを感じ取ることができた。今日もまた元気に彼らは、番人たる役割を忠実に遂行しているらしい。まったく見上げたものだ。……心情的な話だ。確かに、奴らと話す時は顔を見上げる格好になるんだけど。
しかし、それほどまでして、厳重に脱出を警戒しないといけないなんて。どれほどの大物が、この奥に囚われているのだろう。
世界トップレベルの強者――どれくらい強いのかはわからない。だが、力を借りることができれば、きっとこの城から出るのに一歩近づくに違いない。いや、そうであって欲しい。
俺たちはそのまま臆すことなく、石像の前へと進んでいった。途中、ぎろりと眼球だけこちらに向けられたが、特に彼らが言葉を発することはなかった。
「こんにちは」
「また来たのか、人間の女。何用だ?」
「兄者! 話を聞く必要などありませんぞ。またすぐに眠らせて、牢屋に戻してやるだけです――」
「ちょっと待って!」
弟の方がカッと眼を見開いた。慌てて、俺は声を上げる。すると、その目が怪訝そうに細まる。強制催眠を一時的には止めることに成功したらしい。
あわや、同じ轍を踏むところだった。しかも何の抵抗も出来ずに。それではただのマヌケだ。俺はひとまずほっと胸を撫で下ろす。さて、勝負はここからだ。
「なんだ、一体!」
「まあまあそんな怒らずに」
俺はキャサリンに倣ったように妖艶な笑みを浮かべてみる。口角を少し上げて、目を軽く細める。……できているかは自信がない。そのまま、石像弟の方に近づいた。
「わたしといいことしてみな~い?」
「ぶはっ!」
俺はそのまま奴の右足にしがみついてみた。思いっきり、姫様の豊満な身体を押し付けるように。これもまた、件のウンディーネが教えてくれたこと。「あれ、たぶんむっつりスケベだから、身体触らせればイチコロよん」と、楽しそうに笑いながら語っていた。
しかし、傍から見ればずいぶん滑稽な光景だろう。これじゃあ、姫様がただのバカな女に見えるじゃないか! すみません、本当に許してください。そして、このことは墓場まで持って行こうと決意する。
「あわわわわっ」
効果はバツグンのようで。弟者はとてもアホっぽい声を出した。いつもの、あの地の底から湧いてくるような低い声ではなく、とても動揺した声音。見る見るうちに顔が赤くなっていく。石像もそうなるのかと驚いていると――
「ばたんきゅー……」
弱弱しい叫びをあげて、その巨体が横に倒れてしまった。どしんっ、大きな音がして建物の中が強く揺れる。思わずバランスを崩してしまうほどに。
ま、まさか、ここまでとは……。あまりにも効き目がよすぎて、俺は少し引いていた。大丈夫か、魔王城? 敵のことながら、心配になってくる。
「お、弟者!」
「おにーさんも、えいっ!」
慌てふためく兄者。俺はすかさず、奴にも同じように抱き着いた。かわいい声を出しながら。もはや、ノリと勢いだけだから、恥ずかしさは微塵もないぞ、うん。
「ごはっ!」
そして、兄者の方も崩れゆく――間髪入れずに二回目の揺れ。城内全体を揺るがすそれは、余計な警戒を招きそうで怖い。
「お、恐ろしい程に単純でしたね……」
「これも姫の――わたしの美貌があってのことよ」
「しかし、我が城最強の守り手がこうも……」
タークはかなり愕然としているようだった。まあ、気持はわかるよ。女――しかも人間の女にこうもいい様にやられるなんて……。俺が魔王配下だったら、絶望してとっくの昔に裏切るわ。
まあともかくずいぶんと拍子抜けした幕切れだったけれど、ひとまず道は拓けたわけで。未だに、茫然自失なタークの頭を軽く小突いて、俺はその奥へと足を踏み入れた。
思惑通り、そこには確かに下り階段があった。さて、いよいよ、特別な囚人とやらとのご面会の始まりだ。
*
監獄塔最下層は、構造は俺がいたところとかなり似ていた。階段を下ると、そこに小さな部屋があって、その先に一本だけ通路が伸びている。そこに扉はなかった。
今までのフロアと同じように、明かりは殆どない。壁は無機質な暗い色のレンガでできている。全体的に薄暗く、遠くの方は深い深い闇に包まれていた。
タークが俺の方を見てきた。彼が明かりを持っているので、その顔はしっかりと見える。本当に行くんですか、そこにはそう書いてある気がした。
だから、俺はきりっとした表情で頷いた。それが答えのつもりだった。
タークも察したらしく、珍しく深く長いため息をつく。不満げな顔をしたまま、前を向きなおした。そして、ゆっくりと進んでいく。俺もその後に従って――
「なんだ? もう飯の時間か?」
闇の中かから声がした。それは少し歳のいった男の声――俺がよく知るとある人物の声にとてもよく似ていた。
思いがけず、動悸が少し激しくなる。どくんどくんと、丘の奥で大きく心臓が脈打っていた。確かな緊張を感じて、少し息がつまる想いがする。
「大丈夫ですか?」
前を行きながらも。姫の異変を察知したようで、タークがさっとこちらを振り返った。不安げにこちらを見上げている。
俺はぎこちなくまた頷き返した。声を出す余裕はなかった。
「知らねぇ声だ。なんだい、なんだい」
静寂の中、声の主が蠢く物音がはっきりと耳に届いてきた。そして、やはりその声はとてもあの男のものにそっくりだ。
そのままゆっくりとタークは進んでいく。すると、段々と闇が薄れていく。左手の方にちらりと鉄格子が映った。そして――
「おおっ、こりゃ別嬪さんだな!」
男の顔がはっきりとわかった。それは――
「やっぱり、親父じゃねえかっ!」
紛れもなく、檻の中には俺の父親、つまり、先代『サーモンの勇者』がいましたとさ。




