誘惑バスルーム
魔王との夕食会は特に滞りなく終わった。今日もまた、檻の外を自由に動き回っていた件に関しては、しっかり奴に把握されていたが。しかし、嫌味一つすら浴びせられることもなく。一言、「今日も色々楽しんだようだな」と言われただけだった。
タークを唆して、もう一度、石像ブラザーズに挑戦することも考えたけれど。打開策はまだ毛ほども浮かんでいなかったので、止めておいた。だが、避けては通れないので、いずれ何とかしたいのだけれど。
ということで、今は自室でゆっくりと寛いでいる。この狭くて、明かりが乏しく、暇を潰せるものが何もない空間でも、気持ちを落ち着かせるくらいはできた。三日目にもなれば、人間少しは適応するということさ。
「はぁ、困ったな、しかし……」
ごろりと、ベッドに寝転びながら頭をゆっくりと思考に耽る。石像ブラザーズ、その弟をどう籠絡するべきか。
やはり武器になりそうなのは、この邪魔な脂肪の塊だろうか。俺はなんとなく、自分の――姫様の胸元に手をやった。いくら揉んでも、満ち足りることはない。
そもそもなぜ俺がそんなに、これに興味を惹かれるのか。少しわかった気がする。母も妹も、まな板が標準装備だったから、とても新鮮なのだ。この女性らしい膨らみが。しかもトップクラスに大きいわけで。
「……また、ご自分の胸を触ってるのですか、姫様?」
「うわっ――! びっくりした、いつからそこに?」
「『はあ、困ったな。しかし……』の辺りからですね」
「うん。それ、最初からってことだよね」
顔だけ外に向けると、鉄格子の向こう側に、うんざりするほど見飽きた顔があった。タークは、あきれ顔で一つ大きく鼻を鳴らした。
突然の見張りの出現に驚いて、俺は慌てて身を起こした。それに合わせて、今まで感触を楽しんでいたものが大きく揺れる。……痛いんだよね、意外と。
とりあえず、俺は非難の意味も込めて、ぎろりとタークを睨んだ。乙女(外見だけは)の生活を盗み見しているみたいで悪趣味だ。……それが彼の仕事ではあるのだが。
「その気配を消してやって来るの止めてもらえます? 毎回どきりとさせられて、心臓によくないのよね」
「うぅ、すみません。癖みたいになってまして……」
「はぁまあいいですけれど」
彼は申し訳なさそうな顔をすると、俯いてしまった。そこまで責めるつもりはなかった。独り言を聞かれたことに対する、照れ隠し的なのもあった。
「タークはどうしたらいいと思います?」
「なにがですか? 困っているのはわかりますけど、内容はよくわからないんですが……」
「あの弟さんよ! どうしたら通してくれるかしらね」
「諦めるというのは、いかがですか? 最下層の囚人にあったところでどうにかなるわけでもないでしょう?」
まあ確かに俺もその言葉には一理あると思う。強制的に、牢に戻されてから。何時間経ったか、正確なところはわからない。でもその間ずっと、思考は続けていた。どうしたら、あの石像のモンスターを自分のとりこにできるかを。
……すみません、自分仮にも勇者の子孫なんですけど? どうして、そんなことに悩まないといけないのか。段々と馬鹿らしくはなっていた。
しかし、特別な囚人と言う言葉に心惹かれるものはあった。それはまさにダンジョンの奥深くに隠されている秘宝だ。自身に経験はないものの、ご先祖様の日記を読んでわくわくしたものだったから。もっと言えば――
「でも檻の中で一日を過ごすのは退屈よ」
「そう言われると肩身が狭いのですが……」
「だったら、お城の判定部分を練り歩くというのはどう?」
「……やっぱり、彼を何とかする方が良いですね! うん!」
ずいぶんとまあ空々しい反応だな。タークはとても正直者だ。だからこそ、与しやすくて助かるわけで。
どうやら監獄塔以外を探索することは、逃げるのと同レベルらしい。まあいつか足を踏み入れてみせるとも! 禁止されると、余計にやりたくなるのが人間の性なんでね。
「さてそう言ったからには、タークにも一生懸命考えてもらうわよ」
「ううん、そうですねぇ……」
タークはぐっと難しい顔をした。口を一文字に結んで、少し呻き声を漏らす。一応は真面目に考えてはくれてるらしい。
うーん、やり過ごす……どうしたものか。いっそのこと姿でも隠せればいいのに。それで一つの可能性を思いつくままに口にした。
「透明のマントとかないの?」
「あるわけないでしょう、そんな道具」
「え、でも、うちの蔵――物語で読んだことあるわよ」
「そうなんですか? 人間界には不思議な道具もあるもんですねぇ……」
というか、不思議な道具がありそうなのは、魔界も一緒だと思うけど。しかもここは魔王城――魔族で一番偉い奴の居所なわけで。豪華な宝物の一つや二つありそうなものなのに。
「でももう一度いいますけど、そんな便利なものここにはないですからね」
「はぁ……ますます困るわね」
「そうだ。真摯にお願いするというのはどうです?」
「それが通用する相手かしら?」
「でも、色仕掛けよりは真っ当な気がしますよ?」
「……ちらっ」
言いながら、俺はドレスの裾を大胆に上げてみた。露わになる透き通るような白いフトモモ。
すると、タークは一気に顔を赤くした。そして、慌てて目を逸らす。相変わらず、初心な奴だな。これくらいあいつも単純だったら、よかったのに。
「あらぁ~、何か楽しげなことしてますねぇ」
「げっ、その声は……」
「ダメですよぉ~、お姫様がそんな変な声出しちゃぁ」
俺は心底嫌な顔を声の主――キャサリンに向けた。この城の中で、一番の天敵だ。そうか、もうそんな時間か。また地獄が始まるのか……。
*
「それにしても、いつもおひめちゃんはすぐ顔が赤くなるわねぇ」
「そ、そうかな? のぼせやすい体質なのかも……」
湯船につかって、俺は改めてウンディーネと向かい合っている。それはすなわち互いに一糸纏わぬ姿というわけで。男の俺にとってはあまりにも刺激が強すぎた。
ぷかぷかと、胸に装備している
もう三度目だというのに、相変わらず顔が火照って仕方がない。こればかりはいくら時間が立とうともなれることはないだろう。というか、慣れてはいけない。
今日もまた、背中を洗うという名目であちこち敏感なところをイジられて。疲れを癒すために、お湯につかっているのに、余計に疲れが増していた。
「そういえば最近なにか楽しげなことしてるみたいじゃない?」
「キャサリンも知ってるんだ」
「ええ。主にオークたちが騒いでいたわよ。あなた、とっても美人だって」
はあ、いまいち実感はないけども。じっと、水面を見つめても、浮かぶシルエットはぼやけてよくわからなかった。
「みんな、熱に浮かされたようになっちゃってねぇ~。まるで、魅了の使い手みたい、おひめちゃん」
キャサリンは心底感心したような顔で言った。
魅了ねぇ……人を虜にする魔法だが、よく知らない。話としては、聞いたことがあるけれど。母さんからは、それを教わりはしなかった。
「でも地下迷宮の番人はうんともすんともしなかったよ?」
「……ああ! あのゴーレム兄弟のこと? 見るからにチョロそうだけどねぇ?」
「兄の方は何とか。でも弟が……」
「キャサリン的には、その弟の方が与しやすいけれど? ほらいかにも女性に不慣れなくそ真面目さんって感じじゃない?」
「そ、そう?」
「ええ、そうですとも。アタシだったらこうするわね――」
すると、彼女は俺の左手を掴んできた。意外にも強い力。そのまま、それを自らの胸元近くにもっていって――
「どう? アタシともっといいことして、み・な・い?」
「うわぁぁぁ、なんてことするんだよ!」
「うふふ、おひめちゃん、男の子みたいな反応するのね~」
ウンディーネは悪戯っぽく笑う。いましがたの発言が、実は真に迫っているということは知らずに……。
ほんと、こいつといるとろくなことがない。ため息を一つ付いて、動揺を隠す様に、口元を湯船に浸すのだった。




