迷宮を抜けて
苦心の末、俺とタークはようやく三回目の迷宮も超えた。目の前にはただ真直ぐに通路が伸びている。今までの経験からそこに下り階段があるということは見当がついていた。……というか、頼むからあって欲しい。それで、終わりなのだ。タークに聞いたら、ここが最下層の一つ手前だと言っていたから。
まさか、同じような迷宮が三フロア分も続くとは。こんなものは一度だけで十分だ。心の底から、うんざりしていた。
しかも三つとも相変わらず代わり映えしなくて。入り組んだ道、所々の行き止まり、そして蠢く見張り。トラップの一つや二つあってもよさそうなのに。迷宮に辟易し過ぎて、最後の方にはそんな感想すら抱いた。自分でもどうかしていると思う。
ちなみに、見張りの魔物――どれも、オークだったけれど――は全て真心を込めてお願いしたら見逃してくれました! どいつもこいつも、素直に姫のいうことを聞き過ぎだと思うけど、損はしていないので深く考えないことにする。タークは最後の一線、ここから逃げることは決して許してくれないけれど。
とにかく、後は階段を降りるだけ。ここにきて、まださらに道がぐねぐねと曲がっていたりでもしたら、流石にキレるぞ、俺は。心労もそうだが、身体的にも疲れがピークに達しつつあった。
だが――
「なんかいるわね……」
「なんかいますね……」
妙に先が明るくなっている。俺たちはそこから少し離れたところで足を止めた。目を凝らすと、闇の中にうっすらと大きなシルエットが二つ浮かび上がる。まるで門番みたいだ。
「ちょっと、なんであなたまで知らないのよ?」
「初めに言ったじゃないですか。この辺りのことは、本当に僕知らないんですって!」
「ば、ばかっ! そんな大声上げたら――」
ぎろっと、そのうちの一体がこちらに顔を向けた。ゆっくりとぎこちない動きだった。ギラっと赤く輝く瞳がこちらを射抜く用意見つめている。
「何者だ?」
大地を揺るがすような大きく低いよく通る声。戦士としての直感が物語っている――こいつは、強敵だ。リザードマンや、オークは目でもない。魔王レベルとまではいかないものの、手強いぞ
とりあえず、見つかったからには仕方がない。タークと顔を見合わせて、俺たちはゆっくりと謎のモンスターの前へと歩み寄っていく。
それでようやく、その全貌が明らかになった。左手側の壁には大きな松明が二つつけられている。それが、この辺りだけ妙に明るいことの原因だった。
天井すれすれの高さの大きな石像が、二体そこにはいた。ムキムキの筋肉を持った巨人の石像だ。ゴーレムという奴だろうか、話には聞いていたが、実物は初めて見た。
その間に、奥まった部分があった。なるほど、彼らはさながら、それを守る守護像といったところか。手に持った曲剣が交差して、行く手を阻んでいる。おそらくそこには、最下層に繋がる階段があるのだろう。
二体は身動き一つせず――そもそもできるかわからないけど――、近づいていく俺たちに、ずっと無機質な眼差しを送っていた。
「人と魔物……新たな咎人か?」
左の像がゆっくりと口を開く。そいつが、先ほどの声の主だとわかった。相変わらず、辺りによく反響している。
「いえ、ちがいま――」
俺はタークを肘で小突いた。話を合わせろと、暗に促す。タークはげんなりした顔で一瞬こちらに顔を向けた後、一歩前に進み出た。
「はい。ここを通していただけますか?」
「……よろしい。通るがよい」
「待て! 兄者よ、そのような話、聞いてませんぞ?」
「……確かにそうだな。弟者の言う通りである。我、説明を求む、小兵?」
こいつら、兄弟だったのか。まあよく見ればそっくり……というか、違いは全く見当たらない。寸分たがわず、二体は同じに見えるんだけど……。
まあそれはともかくとして、なんだか見た目通り堅物な連中だな……。喋り方まで古臭いし。黙って、通してくれればいいものを。俺は平然とした顔をしながらも、内心苛立ちを募らせていた。
番人としての在り方としては、とても正しい。手本にするべき存在だ。それこそ、ラディアングリス王都のあいつらは特に。あっちは本当にガバガバ警備だった。
はぁ……力があれば、この程度の魔物、大したことないのに。刀で打ち砕くか、魔法で粉々にするか。何らかの補法で力圧しで先に進むんだが……。
しかし、今では、そんなことただの意味のない空想でしかない。この身体では、媚びへつらってお願いすることがせいぜいだ。
……しんどいなぁ。こうして、魔物におねだりをする度に、精神が摩耗していく。そろそろレパートリーもなくなってくるし。
こんなことならば、妹をもっと観察しておくんだった。あいつ、俺や親父、母さんにまで、甘えるのが上手かったからな。……鬱陶しいと感じることの方が多かったけど、今となっては懐かしい。あいつ、どうしているかな? と、郷愁に襲われそうになるのを必死で振り切り、一度気合を入れて――
「これには山よりも谷よりも深~い事情があるのよ、お二人さん。黙って、通してくれるとありがたいんだけどなぁ?」
意識して、高めに声を出してみた。満面の笑顔を作って、ちょっと首まで傾げてみた。両手は合わせて、左の頬にでも寄せておく。これが俺の気合の産物だ!
「むっ、我困惑……どうする、弟者よ?」
「しかし、兄者よ。何物もここを通してはいけないと、魔王様に厳命されておりますぞ!」
「確かにそうである。我、小娘の願い、撥ね退ける」
ううん、兄の方は少しチョロそうなんだが……。弟の方め、頭が固くて嫌になる。兄の言うことは絶対だ。俺はまたしても生意気なとある少女の顔を思い出した。
「連れないわねぇ、石像のお兄さん。わたし、その魔王様のお嫁さんなんだけどなぁ……?」
「なんと、それは真か!? 我、驚愕!」
厳密に言うと、候補なのだが。しかし、それは黙っておいた。この二人、なかなかに城の事情を知らなそうだし。黙って騙す。それが今回のテーマだ。
「ホントでございますともよ! さあ、それがわかったら、私を通してもらいましょうか?」
「うぬ。そういうことであれば、然り」
兄者の方は、ようやく納得してくれたようで、持っていた剣を上げた。だが――
「兄者! 魔王様の奥方と、魔王様は別ですぞ。それに、やはりこの者は怪しいですぞ!」
「もうっ! なによ! あなたたちは黙ってここを通してくれれ――」
あれ、急にろれつが回らなくなった。それになんだかふらふらする……視界が歪んで、段々と意識が遠のいて行くような――
「ついに本性を見せたな! この妖艶な魔女め! 兄者、そういうことですから!」
「あわや! 我、この優れた美貌に騙されるところだった也。助かったぞ、弟者よ。そこなる小兵、この者運びたまえ」
「了解しました。すみません、お手を煩わせて」
「いや、よい。みれば、そなたは魔王様が――」
薄れ行く意識の中で、三体のモンスターの会話がぼやけて聞こえてくる。そしてそのまま俺は気を失った――
*
目を覚ました時、目に入ったのは、ここ三日ほどでよく見慣れた天井だった。背中に感じる少し固い弾力は、いつもの寝床のそれだ。
「あれ、ここは……」
「姫様の部屋――失礼、牢屋でございますよ」
身を起こすと、傍らにはタークがいた。なんだか既視感がある。初めて酒を飲んで倒れたあの日、その時と違うのはこいつが今は呆れ顔をしているということか。
監獄塔最下層の一歩手前で、俺は脱落したということか。きっと、タークがここまで連れ戻してくれたんだろう。……はあ、心底がっかりだ。
「一体なにが?」
「強制催眠です。弟さんの得意技ですね。剛の兄と柔の弟、魔王軍の中でも有名な存在です」
「知ってたなら、教えてほしかったな」
「繰り返しになりますけど、予め知っておいたって、何かが変わるわけでもないでしょう?」
「そんなことはないわ。対策が立て――」
言いながらも、俺はすぐに飲み込んだ。その言葉の無意味さに気がついてしまった。この身体でなにができるだろうよ?
「相手を知ってれば、誘惑の仕方だって多少は変わるものよ」
そんな胸のうちを隠すように、俺はあえて芝居がかった口調で続けた。
「うぅ、またそれですか……」
「それだけが、わたしの取り柄なんでね。十分に活用させてもらうわよ」
「メロメロになる同胞を見てると、なんたがふくざつなんですけど」
「だったら、あなたがさっさとわたしを逃がしてくれてもいいのよ?」
「そ、そんな目で見ないでください~」
俺が流し目をくれてやると、タークは顔を真っ赤に染めた。そのまま、焦った様子で一目散に逃げっていった。効き目は十分だったらしい。
しかし、俺が真に相手をするべきは、石像ブラザーズ、その弟である。あの堅物、一体どうしたものか?
降って湧いたその関門に、俺は一心不乱にしがみつくのだった――




