広がる迷宮
「それでこれはどういうことなの?」
「どうと言われましても……」
口ごもるタークを俺はきっと睨み付けた。それで、いっそう彼は肩を丸めた気がする。気まずそうな顔をして露骨に目を逸らした。
消極的な思いを胸に抱えながらも、タークを促して。俺たちは、牢屋に戻るのとは反対の位置にある階段を一つ降りた。当然、同じ様に通路が伸びて、その先に下り階段があると思ったんだが。
「なんで入り組んでそうなのよ!?」
通路はいきなり折れていた。まだ確認していないから、本当のところはわからないけれど。面倒くさそうな構造をしている可能性、大である。
「最下層というのはですね、罪人を閉じ込めるための場所なんです。万が一抜け出された時のために、こうして迷宮化しているのですよ!」
「何を得意げに語ってるのよ! そういうことは初めから言ってくれないかしら?」
「だから言ったじゃないですか。特別だって」
「その言葉にそんな真意が存在するなんてわかるわけないじゃない。こちとら、ただのか弱いお姫様なのよ!」
全く詐欺にでもあった気分だ。だがしかし、最初から知っていたからと言って、ここに来ないという選択肢は取らなかったけど。つまりは八つ当たりなわけで。
しかし、迷宮とはまた七面倒だわな。ずっと山奥の家に引き籠っていたから、そんな場所を探索した経験なんて持ち合わせていないし。いきなり難関そうなダンジョンに、ぶち当たるなんてついてない。無人島漂流だったら……経験はあるけど、そっちは二度と御免だね。
そういった意味では、俺はどこまでも冒険初心者なんだ。戦闘能力は鍛えに鍛えたけれど。それこそ道具の準備だって母さんに手伝ってもらったくらいに。……と、それはともかくとして。
「はあ……」
「止めておきますか、姫様!」
「嬉しそうに言わないでくれる?」
ちっ、露骨に顔を綻ばせまでしやがって。そりゃ、お前にとっては、姫が諦めた方が都合がいいだろうよ。しかし、まあ脱出の手がかりを掴むためには超えなくてはならない壁なわけで。
「行きますよ、ターク」
「はあ。こうなるんですね、やっぱり……」
「そもそもあなたなら構造、知ってますよね?」
「残念ながら、管轄外なので」
「だから嬉しそうな顔をするのは止めて!」
そう話はうまくいかないらしい。覚悟を決めて、俺たちは暗がりの中に足を踏み入れていく。
「当然ですけど、看守がうようよしているので気を付けてください」
「はいはい、わかりましたよーだ」
それについてはなんとなく予測はついていた。脱獄に備えるなら、そこまでして然るべきというか。だが、どれほどの猛者が捕まっているというのだろうか? 歩きながらも、タークに訊いてみた。
「人間の中でもトップクラスの強者らしいですよ。よく知りませんが」
「はあ、強者……」
俺は気の抜けた声を漏らした。今目の前にいるのも、本当なら勇者と呼ばれる世界最強の人間なんだよ、と教えてやりたい。そうしたところで、信じられない。あるいは、殺されるという結末は見えているが。
しかし、強者ねぇ。いったいどこのどいつなんだろうか? 全く見当がつかない。そもそも、そういう事情には疎いんだけど。だって、今までほとんど自宅に軟禁されてたわけだし。
「倒れてたところを魔王様が拾ったらしいですよ?」
「いや、捨て犬とかじゃないんだから……」
昔、近くの森の中で傷ついた鳥を見つけて、妹と一緒に連れて帰ったことがある。母さんに必死で飼いたいって頼み込んだっけな。すっかり元気になって、今も生き生きしている。
「そもそも強者って話じゃなかったかしら? なのに、なんでそこら辺で倒れてるわけよ」
「さあ、そこまでは……」
そんな風に会話しながら、俺たちは四苦八苦しながらも迷宮を進んでいた。案の定、通路は複雑でいったいなんど道を曲がったか。気を抜いていると、すぐに突き当りにぶつかるし。
「また壁だ」
「戻るしかないですね――っと、姫様!」
「ええ、わかってる」
こつこつこつ、俺たち以外の足音がこの迷宮の中に反響していた。何かが近づいている。思わず身を固くして、息を潜めた。
どうしたものか……隠れる場所はない。生憎ここは行き止まり。そうでなくても、ただでさえ通路は狭くて遮蔽物もない。角を利用して、やり過ごすしか取り得る方法はないというのに。
「ターク、あなた相手してきなさいよ。わたし、奥でじっとしてるから」
「はあ……それしかないですかね」
ため息をつきながらも、彼は素直に前へずんずんと進んでいた。それを見て、俺は壁ギリギリまで近づく。明かりがないので、非常に足元が不安だ。
「おい、お前そこで何してる?」
「散歩ですけど?」
声が遠くに聞こえた。見張りとタークが邂逅を果たしたらしい。俺はなんとなく身を屈めて、一層気配を消すように努力する。
「っと、よく見れば最近来た人間の姫を見張ってる下級魔族くんじゃないか」
「ええ、そうです。ただの下級魔族ですよ~」
「はっはっは、お前は暇そうで良いな」
「そっちこそ、いつもうろうろしているだけの仕事なんて退屈そうで素晴らしいですね」
「なんだとっ!」
なぜか一触即発の雰囲気。煽り返すタークの言葉を耳にしてわ俺は気が気でない。頼むから変なことはしないでほしい。
「そう言えば、貴様姫様逃亡の手助けをしたとか。とんだマヌケがいたもんだなぁ?」
「あ、あれはまあ仕方なかったというか……」
「魔王様といい、あのトカゲくんしかり、そんなに魅力的ならぜひ見てみたいもんだなぁ」
かっかっかっと、下品な笑いが辺りに響く。そのおぞましさに、悪寒が走る。迷路のひんやりとじめっとした空気が身に染みる。
「それでこんなところで無駄話してる暇、あるんですか? 僕とは違って、かなり優秀なんでしょう?」
「おう、そうさな。どこぞの誰かさんみたく、失態を晒しながらのうのうと城内をウロチョロするわけにはいかないからな」
それでようやく足音が遠ざかっていった。タークがなんとかやり過ごしてくれたらしい。……きっと、彼のプライドはズタボロになっただろうけど。
「む、まだ何か用ですか?」
安心して、タークのもとへ行こうとしたところ、再び足音が近づいてきた。どうやら、兵士が戻ってきたらしい。
「いや、この奥を確認してないと思ってな?」
「ただの行き止まりですよ? 何もなかったです」
「そうは言ってもなぁ?」
「あっ、ダメですよ!」
タークの静止の声も空しく、その兵士はこちらに迫ってきた。段々と通路が明るくなっていって――
「貴様っ! 何をしている!」
「えっとこれはですねぇ……」
……見つかってしまった。俺は観念してゆっくりと立ち上がった。そして、少し強張った顔で兵士と向き合う。
それはオークという魔物だった。豚の頭を持った人型の怪物。筋骨隆々とした屈強な肉体を持っている。そして、獣臭い。ものすごく。俺は思わず顔を顰めた。見るからに野蛮そうだ。
「あ、あのぉ……?」
しかしオークはフリーズしていた。まばたき一つすらしない。大きく目を開けて、こちらに見入っている。うっとりしていると言ってもいいかもしれない。
「う、美しい……。まさか、あなたが最近やってきたという姫ですか?」
「え、ええ、そうだけど」
口調もおかしい。さっきまでの粗暴さはどこへやら。なぜか妙に畏まっているというか……ものすごい不気味である。気持ち悪い。
「あの、それで?」
「……はっ、ボーっとしてました! いけません、姫様。牢屋に戻っていただきますよ!」
何がボーっとしていただ。こいつアホじゃないか。しかし、だからこそ付け入る隙がありそう。ものすごく。昨日のリザードマンなんて、目じゃないくらいに。
「そこを何とか見逃してくれないかなぁ? お願い!」
「ぐはっ!」
俺は上目遣いをしながら、ウインクをしてみた。プライドなんてものとうの昔に捨て去ったさ。
効果は抜群なようで、オークはまさにメロメロ状態。熱に浮かされたみたいな顔をして、どこかに去っていってしまったとさ。
「あ、あの、姫様?」
「ねえターク? この辺りにいるのは全部ああいう魔物なの?」
「え、ええ、そうですけど……」
俺はその答えに心底満足した。あんな低能そうな魔物が相手なら、いくらでもごり押しできる。この先に進むのに、少し勇気が湧いてきた。
「さ、行きましょう、ターク!」
「ひ、姫様、ほどほどにしておきましょうね……」
少しひき気味のタークを引き連れて、俺はどんどんと迷宮の奥へと進んでいった。




