はじめてのびじんつぼね
衝撃の真実が明らかになったところで。とりあえず、机といすを整え、わたしは改めて勇者様の妹君と向かい合った。お互いの前には、ティーカップ。宿屋の主人に頼んで、用意してもらったものだ。
わたしには、もう彼女を疑う気持ちなど微塵もなかった。あの魔法を目の当たりにして、この子が勇者様の妹君だと確信した。散々心の中でちゃん付けなんてしたことを、深く恥じていた。
しかしそうすると、結構まずい状況ね……。この子は、今目の前にいるお兄ちゃんの中身が女だとは知らない。果たしてどうしたものか……いい案は浮かばないけれど、今気にするべきはさっきの一悶着の真相の方ね。と、現実から目を背けることに。
「詳しい話を聞かせてもらえるかな?」
「いいでしょう。この天才魔法使いザラちゃんが、アホバカマヌケポンコツお兄ちゃんに全ての真実を教えてあげましょう!」
妹君――ザラさんは誇らしげな顔をして胸を張った。見事なまでに絶壁だ――いや、やめましょう。もし、この子に心の中を読み取られでもしたら……とんでもない未来が想像できた。ああ、占い師になった気分だわ!
しかし、ひどい言いようね。仮にも兄――それも『サーモンの勇者』様なのに、そんなに悪口を言わなくてもいいと思うの。少し唖然とした顔をしていると、ザラさんが怪訝そうな顔をする。無邪気そうな大きな瞳に見つめられてドキッとした。
「えっと、なに?」
「いつもならもっと怒るはずなのに……お兄ちゃん、どこか悪いの?」
眉間に皺を寄せて、彼女は首を傾げた。
いや、そんなこと言われても、いつもを知らないし……。困ったな、と思いながらとにかく怒ってみせた。
「え、そ、そんなことないぞ。あんまり兄を馬鹿にするなよ、ザラ!」
「ううん、おかしいのは頭みたい……可哀想な、お兄ちゃん」
なんと、頭をなでられてしまった! 哀れまれてる……。自分より二つ年下で、しかも見た目はかなり幼い女の子に。うぅ、なんとも言えない気分……。
「や、止めろよ!」
「まあ少しはいつもの調子に戻ったかな。……で、何の話だっけ? スイーツ奢ってくれるんだっけ?」
「そんな話題一ミリたりとも口にしてないけど……」
「冗談よ、冗談。うーん、どこから話せばいいのやら」
「そもそもさ、なんで狂言だなんて言えるんだ?」
彼女ははっきりとそう言った。一番最後にこの部屋に入ってきたというのに、断言したのである。それが引っ掛かっていた。どうやって、彼女はその事実を知ったのでしょう?
「さっきあのおっさ――男の人にも言ったけど、ザラ、全部見てたから」
何を言っているのだろう、この子は? わたしには全く意味がわからなかった。そんなことできるはずないのに。思わず目を白黒させて、彼女の瞳を覗き込む。真剣そのもの、真面目な話らしい。
「使い魔よ、使い魔! さっきからアホ面多くない?」
怒られてしまった。しかし、なんだか悪くない気持ちだ。いや、やばいやばい。未知の扉が開きかけている様な気がする。でもこう年下の女の子にこんなに叱られたことはないから、新鮮と言えば新鮮なのよね。
「つかいま?」
「やっぱり、頭でも打ったんじゃ?」
「いや、わかってるってば。ツカイマでしょ、ツカイマ」
「…………怪しいなぁ」
じろりと目を細めて、ザラさんは睨みを利かせてくる。わたしは愛想笑いを浮かべながら、黙って誤魔化すしかなかった。
「これです、これ!」
そう言うと、怒ったように彼女はポケットに手を突っ込む。何かを取り出して、それをわたしに向かって突き出した。小さな可愛らしいネズミだ。親指と人差し指で摘まんでいる。それがツカイマという奴らしい。
「この子を部屋に忍ばせて、あたしの目や耳としたわけ」
「あの、姉さん。そろそろ放してもらっていいですかい?」
「ああ、ごめんね。ありがとう、助かったわ」
ぱっと手を離すと、黒いネズミは見事に床に着地。ちょこんと頭を下げると、あっという間に逃げて行った。そのまま姿は見えなくなる。
というか、今――
「しゃ、喋った!?」
「当たり前じゃない! どうやって意思疎通するのよ?」
わたしは驚いて、口をパクパクさせる。普通のネズミだったのに。話せるネズミなんて、生まれて初めて見た。しかも変な喋り方だったし……。
でもそれは彼女にとっては至極当たり前のことのようで。本当に、不思議なことだらけだ。しかし、ここは納得するしかなくて。
「あ、ああ、そうだな。でもいいのか、逃がし――」
わたしは言い終わる前に言葉を呑みこんだ。ザラさんがこちらを見る視線が辛かった。口を半開きにして、ものすごい睨まれている。どうやらわたしはとんでもなくおかしなことを口走ってしまったみたい。
「仮契約だからね。ちょっと力を借りただけ。あのさぁ、基本だよね、これ? 馬鹿にしてるの、もしかして!」
「いや、そうじゃないけどな。むしろ、ザラは凄いなぁって」
「えっ! えへへ、そうかなぁ……もっと褒めてくれてもいいんだよ、おにぃ?」
すると、彼女はとても嬉しそうな顔をした。先ほどまでの険しさはどこへやら、完全に顔が蕩けている。もし彼女に尻尾が付いていれば、きっとものすごい振っていることでしょう。
……チョロいわね、この子。とりあえず、蕩け顔の妹の頭を撫でた。目を瞑って、少しうっとりとした顔をする。なるほど、お兄ちゃん大好きっ子らしい。
「おにぃがね、家を出たって聞いて、ザラすぐに追いかけたんだよ? それでもなかなか見つからなくて。で、昨日の朝ようやく見つけたと思ったら、『ペガサスの羽根』でどっか飛んでっちゃうし。それでもあきらめられなくて、あちこち探して、夜またこの町に戻ってきたら、バーに旅人がいるって聞いてね。それで――」
「す、ストップ! ちょっと落ち着こう、な!」
「ご、ごめんね、おにぃ。止まらなくなっちゃって」
かわいいなぁ、妹ちゃん。そうしていると、年相応……見た目相応だ。本当に、お兄ちゃんである勇者様のことが好きなのね。わたしまで微笑ましくなってきた。
「流石にバーには行けないから、さっきのネズミさんに代わりに見てもらったわけね。おにぃ、かなり酔っぱらってた! ほんっと、情けない!」
「うぅ、面目ない……」
それは薄っすらとだが、記憶にあった。相当楽しかったのだけは、覚えている。
「それでさっきのおっさんに担がれて部屋に戻ったのよ、おにぃ。あのおばさんとじゃなくてね」
「そうすると、やっぱりあの人の言っていたことは――」
「嘘よ、大嘘! 朝になって、あのおばさんが部屋に入ってきたの。おにぃが目覚める前にね。服を脱いで、おにぃの隣に潜り込んで、羨ましい――じゃなかった。とにかく作り話、そもそもあの二人本当の夫婦じゃないし。あれだよ、美人局ってやつ!」
「よ、よく知ってるわね、そんな言葉……」
捲し立てて、最後に言い切ると、彼女は一層怒った顔をした。話している内に、怒りがぶり返してきたのかもしれない。
それにしても、とんでもない人たちね、全く! たぶん財布の中のお金を盗んだのも彼らに違いないわ。
「それはおにぃだよ? 嬉しそうに、みんなの分の飲み代払ってた」
憤って見せると、思わぬところから冷や水を浴びせられた。何してるんだ、わたしは……。自分の馬鹿らしさが、本当に嫌になる。あわや騙されかけるし……。
「で、今度はこっちから聞きたいんだけど、おにぃ。昨日はいったいどこに行ってたの?」
「えっと、その――」
どこから話し始めたものか。思案していたところに、また勢いよく扉が開いた。血相を変えた若い男が一人部屋に入ってくる。な、なんなの、いったい――!?
「大変です、旅人さん! とにかく来てください、町長がお呼びです!」
げんなりした思いで彼の話を聞きながら、次からはしっかり鍵を閉めようと、わたしは強く決意した。




