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最強勇者と囚われし王女の入れ替わり冒険記  作者: かきつばた
閉じ込められし勇者と自由な王女
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現実は非情である

「はっはっは、聞いたぞ? 見張りを誑かして、城内を散歩していたそうじゃあないか!」


 案内されたのは、食堂だった。先に席についていた魔王が、たいそう愉快そうに笑い声をあげる。一見すると、俺を咎めるところはなさそうだが……。


 結局、たいした探索もできずに、俺は牢屋に戻されてしまったわけで。タークよりも遥かに屈強そうな武装したトカゲ男――俗称リザードマンの手によって。かの種族が看守役らしく、階段を上がる際に他にも何匹か蠢いているのが見えた。ちなみにタークはその場所に置き去りにされた。


 再びあの窮屈な空間に閉じ込められて、することもなく俺はベッドに転がった。少し精神が参っていた、ということもあったかもしれない。

 

 横になりながらも、囚われていた彼女と交わした言葉を飽きるほどに反芻していた。喉に刺さった魚の骨みたく、引っ掛かりを覚えて仕方がなかったわけだ。そのうちに意識は飛んだらしく、耳慣れぬ声で目を覚ました。


「魔王様が呼んでいる」


 不愛想なリザードマン――どうやら俺を再収監した奴とは別の個体らしい。見た目は区別がつかなかったが、聞いてみたら違うと言われた。少し脱線したが、とにかく彼に促されるまま牢屋を出た。


 もしかしたら、罰を与えられるかも……流石に俺も不安になって、道すがら心の準備をしていたのに。それがこの有様である。甘いというか、寛大というか。いや、決してお前は逃げられないぞ、と暗に示しているのかもしれない。


 食卓の上には、昨日と同じ様に贅を凝らした料理が並んでいて。なるほど、全く俺の脱走未遂のことを気にしてはいないらしい。釈然としないながらも、とりあえず俺も末席に腰を落ち着ける。


「さあ、食べようか」


 そのまま魔王は悠然と食事を始めてしまった。巧みなナイフ遣いで、血の滴るステーキを切り分ける。


「あの、他になにかないんですか?」

「ん、はて、他になにかとは何の話かな?」

「逃げようとしたんですよ、わたし」

「それはあれか? 酷く責められたいとかそういうことかな。姫がそういう趣向を持つとは……だが、いい。我は愛する人のどんな性癖でも受け止めようとも!」

「いや、そんな性癖ないから……」


 魔王の物言いには驚かされるばかりだ。もちろん悪い意味で。逆に相手にひかれてるってわからないのだろうか……。恋愛経験皆無な俺だけど、流石に女性に対するアプローチとしてはどうかと思う。まあいくら工夫したところで、こいつが現在恋している相手は男なんだけどな。


「実際の話、いつまでも牢屋に閉じ込められていては、そうしたくなる気持ちもわからないではないからな」

「じゃあ出してよ!」

「それは、結婚してくれる、ということでいいのかな?」

「どうしてそうなるわけ……」

「逃げられでもしたら敵わんからな! はっはっは! まあ我だって、そなたの願いなら何でも聞きたいのが本心だが、済まぬがそれはだめだ」

「じゃあ、机といすを頂戴な」

「はい?」


 いきなりの要求に、魔王は素っ頓狂な声を漏らした。ナイフを動かす手もぴたりと止まる。


「願い、聞いてくれるんでしょ?」

「あ、ああ。もちろんだとも。それくらい、容易いことだ。あとで誰かにもっていかせよう。しかし、その物怖じしない所、ますます好みだ」

「はいはい、どうも」


 ご機嫌な様子で、魔王は杯を傾けた。口を離すと片方の眉を上げる。そして、揶揄するような笑みを浮かべた。


「おっと、流石にもう二度と飲ませられんぞ?」

「わかってるわよ。こっちもそんなつもり毛頭ないわ」

「ふむ、いい心がけだ」


 どうやら俺がじっと見ていたのを、そういう風に受け取ったらしい。本当のところは、ただ口説き文句に呆れていただけなんだけどな。


 しかし、あの地獄のような苦しみを味わうなんて、絶対に御免だ。一度だけで十分。そういえば、本来の持ち主はこの体質のことを知っているのだろうか。ふと気になった。


 不思議なこともあるもんだ。直接会ったことはないのに、それどころか顔も知らないのに、彼女の身体のことは知っているなんて。……いや変な意味ではなくて!


「どうした、微笑んで。なにか面白いことでも?」

「いえ、何でもないわ」


 どうやら今、自分は笑っていたらしい。嫌な目にしか遭っていないけれど、少しずつこの現実を受け止めてはいた。だから、この奇妙さ具合につい笑みが零れたのかもしれないな。そして、照れ隠しのように目の前の料理を口に運んだ――


「まっず!」


 想像を絶する味だった。腐った食べ物のような味がする。思わず近くにあった紙ナプキンにそれを吐き出して、水を一気に飲み干す。


 はあ、ここで生きるというのはとてもしんどいものだ。しみじみと俺は首を左右に振った。




    *




 食事を終えて、俺はまたトカゲ兵に護衛されながら、自室に戻ってきた。彼はタークとは違って、一切話しかけてくることはなかった。親しみづらいというか……いや、そもそも捕まっている人間と見張りが仲良くするということの方がおかしいんだが。


 しかし、緊張しているのか、兵士の歩き方はとてもぎこちなかった。そして、決して俺の方を見ようともしない。最後、牢屋に押し込める時ですら、少し顔を背けていた。よほど、おれのことが嫌いらしい。


 それにしてもタークは大丈夫だろうか。しばらくあいつの姿を見ていない。会いたい……わけではないが。巻き込んだのは俺なわけで、少しは心配になる。幸いにして、王の寵愛を受けるおれは罰を受けなかったが――あいつと一緒に飯を食うのがばつみたいなもんだが――、タークはそうはいかなだろう。


 俺の見張り、ということは責任者なわけで、相当絞られるに違いない。ターク、いい奴だったよ。お前のことは、入れ替わりが解消するまでは忘れない。……もう会うことが無かったりして。


 彼のピンチは、彼自身に何とかしてもらうしかない。巻き込んだのは俺だが、決断したのはあいつだ。俺にどうしてやれることでもないし。心配だけはしてやるが。美女に心配してもらえて、男冥利に尽きるだろう。まあ、表面的にはなんですけども。


 それよりも俺が真に頭を悩ませるべきは、どうやってここから逃げるか、ということだけだ。四六時中それについて考えているな……日常の変わらなさに唇の端を曲げる。


 あの女の人の話に夢中になって、タークの目を盗むどころではなかった。いや、それはいい。おれ以外にも犠牲者がいることはわかったし、多少へこまされはしたが、一層脱出アンド身体を取り戻す、という気持ちが強くなった。


 問題は、やはり看守のリザードマンたちだな。あちこち徘徊しているのかもしれない。昨日今日と、魔王のとこに行くときは見つけなかったから、てっきり警備ががばがばだと思っていた。


 つまり、正攻法(次にくる見張りを宥め賺す、あるいは色仕掛け)で、牢から出たところで、その後が困る。すかさず捕まって、今日の二の舞になること必至。やっぱり、こそこそと抜け出し作戦の方がよさげだけど――


「あれは……無理だよなぁ……」


 恨みがましく、俺は窓の方を見た。立派な鉄格子が生えています。あれをぶっ壊せれば――ねえ? まあ高さがあるからどっちみちこの身体じゃあ飛び降りるのも不可能だけど。そこほら。適当な布をマントみたいにして――家の蔵に眠っている空飛ぶマントをこんなに欲しいと思ったのは初めてだ。


 ハンマーとか、欲しいな。頼んだら、魔王くれないかね? 明日ダメもとで聞いてみよう。そういえば、頼むと言えば。


(机といす、いつ持ってきてくれるんだ?)


 さすがに床で食事をするのは、もうたくさんだ。それでなくても、いちいちベッドに腰を落ち着けるのもあれだし。


 今まで、姫様もよく我慢できたものである。意外と豪胆な人物なのかも。もしかしたら、俺の身体を自在に使いこなして、助けに来てくれるとか。


「ないない」

「何がないんですか?」


 他に誰もいないはずなのに、声がした。誰かがやってきたようだ。相変わらず、足音が聞こえなかった。そして、耳慣れたか細い声は。


「ターク! おま――あなた、生きてたのね!」

「か、勝手に殺さないでくださいよ……」

「だってさ、さっきも変なトカゲが来るし。てっきり――って、それ何?」

「姫様が頼んだんだしょう? 机といすです」


 彼の後ろには木でできた四角い机と丸いすが置いてあった。一人で運んできたらしい。しかし、よく物音を一つも立てなかったものだ。少し感心した。


「いえ、手伝ってもらいましたよ?」


 その旨を伝えると、彼は首を傾げて少しきょとんとした。そしてなにかに思い至った顔をして、階段の方を向くと――


「キャサリンさん。なにしてるんです?」

「はいはーい。ハロー、お姫ちゃん! ウンディーネのキャサリンだヨー」


 死角から、女性型の魔族が満面の笑みを湛えて現れた。陽気な挨拶と共に、名乗りを上げる。


 ああ、よく覚えている。俺を散々辱めてくれた相手だからな。その顔を決して忘れることはないだろう。……その身体つきも。


「さ、今日も一緒にお風呂入ろーね、ウンディーネ!」


 どや顔で、韻を踏んだかと思うと、ウインク。やりたい放題だな、こいつ……。


 俺はそっと半身を引いた。だが、逃れられるわけもなくて。ああ、また地獄が始まってしまう。これがあるから、一刻も早く逃げたかったのに。


(すいません、姫様)


 今日もまた、まだみぬ彼女に、俺は心から謝罪した。

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