少女の正体
突然の乱入者にわたしだけではなく、夫婦もまた驚き身を強張らせていた。微妙な表情で訝しがる視線を送っている二人。わたしもきっと同じ顔をしているだろうな……いったい、この少女は誰なんだろう?
しかし、当の本人はそんな周りの想いなどつゆ知らず。不機嫌そうな顔をしたまま、可愛いおさげ髪を左右に揺らしながら、ずかずかと確かな足取りで部屋の中に入ってきた。そして我が物顔でわたしの隣に座る。なんで?
「なんだ、このガキ?」
「ガキとは失礼ね、おっさん! こう見えても、もう十三歳ですから!」
ええっ! 本当かしら……? わたしと二つしか違わないなんて……とてもそうとは思えない。辛うじて十台に達するくらいに思っていた。
身長は……あの看守くんよりかは少し高い。それでもおそらく今のわたしの肩くらいの高さしかない。また、恐ろしいまでにその体型には起伏がなく、失礼だけど所謂幼児体型。おまけに先のとんがった魔法使いっぽい帽子と、スカートがふんわりと広がったワンピース姿が一層彼女を幼く見せていた。
「いや、十分子供だぜ? それに誰がおっさんだ、誰が! こちとらまだ二十五じゃい!」
「え、そうなの? てっきり、三十後半くらいだと思ったわ」
からからと少女は快活に笑い飛ばす。ずいぶんと余裕がある感じだ。対照的に、男の方は顔を真っ赤にしていきり立っている。
「な、なにをぅ……!」
「落ち着いて! 仕方ないわ、アンタ老けて見えるもの」
「いや、おばさんも十分けばいよ?」
「な、なんですって!?」
立ち上がって、少女に睨みを利かせる大人の女。しかし、彼女はそれを涼しげな顔で受け止めた。わたしとは対照的に、この状況でも全く物怖じしていない。年下なのに、頼もしいなぁ……感心すらしてる。
「お兄ちゃん! 何ボーっとしてるのよ!」
「えっ……お兄ちゃんって、あた――俺!?」
「他に誰がいるの? 可愛い妹の顔を忘れるなんて、サイテーね」
少女は――自称勇者様の妹は、いきなりこっちに顔を向けた。唇を尖らせ、そしてぷくーっと膨れて見せる。その子供っぽい仕草に、つい微笑ましくなった。って、和んでいる場合じゃない。
本当に、この子は勇者様の妹なのかしら……でも嘘を言う理由もないし。兄のピンチだったら、飛び込んでくるのもわかるけど。タイミングが良すぎないかしら? わたしはどうも素直に信じることができなくて、まじまじと彼女の顔を見つめ返す。
「そうか、アンタこの兄ちゃんの妹さんか。丁度いい、いいかこの男はな、俺の女に――」
「全部知ってますけど? お兄ちゃんが、このおば――若作りなおばさんと関係を持ったからって脅してるんでしょ?」
「ちょっと余計失礼な言い方になってるわよ!」
女は今にもつかみかからんとばかりに、鼻息を荒くして、身を乗り出してきた。夫がその肩を、顔を引きつらせながら抑え、どうどうと、馬をいなすように宥める。
「落ち着け、落ち着け。化粧が剥がれてるぞ……」
「あらホント?」
旦那の指摘に、奥さんは一瞬恥ずかしそうな顔をすると、急いで鏡台の前に向かった。椅子に座って、鏡を見ながら、手慣れた様子で顔の辺りをいじっている。……なんだか、調子狂うなぁ。
「と、とにかくだ! わかってるなら、話は早い。兄ちゃん、金持ってないみたいなんだわ。なんなら、アンタが払ってくれてもいいぜ。少し幼いが、その身体でな。マニア受けはするだろうよ」
がっはっはと、男はとても下品な笑みを浮かべた。同じ女性として、今の発言は許せない。わたしは思わずムッとして、何か言葉を返そうとしたけれど……。
「だ・れ・が、幼いですってぇ~」
それ以上に、妹ちゃん(仮)が深く憤っていた。目を吊り上げて勢い良く立ち上がった。その背中には、ごうごうと炎が猛っているのが見える、見える。
ものすごい剣幕で、わたしの些細な怒りなどすぐさま引っ込んでしまった。むしろ却って冷静になる。そして、彼女の手を引っ張った。
「ちょ、ちょっと落ち着いて――」
「放して、お兄ちゃん! こいつ、ぶっ飛ばさないと気が済まない」
容易く少女に腕を払われてしまった。怒るのも無理ないけど、相手は大人の男なわけで、とてもこの子じゃ立ち向かえない気がする。ただでさえ、見るからに強面で身体も大きいし。
「何がいいかしら? 焼かれる? 凍らされる? それとも痺れるっていうのでもいいけど? あっ、切り刻まれるってのもありかしら?」
ふっふっふと、凶器じみた笑みを浮かべる妹ちゃん。
わたしのドキドキはもう限界点を突破していた。なんと、物騒なことを言うのでしょう、この子は! 恐る恐る、男の表情を窺うと――
「何言ってんだ、お嬢ちゃん? 空想ごっこはおうちでや――」
「――裂風魔法」
腹を抱えて、男は笑った。大袈裟に、馬鹿にするような言葉を吐きながら。それを、少女が冷たくピシャリと遮った。
その顔にもはや表情と呼べるものはなく。その言葉はぞっとするような響きを持っていた。見た目に、とても似つかわない低い凄みのある声。そして――
「ひぃぃぃぃ!」
男の顔のすぐ横を、一筋の風の刃が通過した。情けない声を上げて、彼はへなへなとその場に座り込む。腰が抜けていて、とても無様だった。
――魔法だ。今起こった不思議な現象の正体はわたしにも想像がついた。凄い! 初めて見た!
妹ちゃんは相変わらず、無表情のまま。男のそんな姿を見ても眉一つすら動かさず。つかつかと静かにそっと彼に歩み寄って、腰を屈めて顔を近づけた。
「ふざけるのもいい加減にして頂戴。これでわかったでしょう? あたしは魔法使いです。だから、もう一度言うね。全部、知・っ・て・る・の」
一つ確信したことがあった。彼女は怒らせてはいけないタイプの人種だ。背筋がぞっとするような話し方。今度は、本当に十三歳なのかが怪しくなってきた。……怖いよぉ。
「す、すいやせんでしたぁー!」
一目散に、男は血相を変えて部屋を飛び出していった。ホント、マヌケな姿ね。それを茫然と眺めていた。
「おばさんはどうするの?」
今度は、妹ちゃん、取り残された奥さんに話しかける。その顔には、まばゆいくらいの満面の笑み。
女はしばらく開け放たれたドアの方を見つめていたが、ぎこちなく顔をこちらに向けると――
「え、えっとそのぉ……失礼しましたぁー!」
しどろもどろになりながら、これまた彼女も逃げていってしまった。顔面蒼白、怯えた表情で。
「えっと、いいのかな? まだ話はついてないのに……」
「なに言ってるの、お兄ちゃん?」
「いや、だって俺が人妻に手を出したのは事実だし……」
夫の方が妹ちゃんに失礼なことを言って、それを懲らしめたのはいいとして。しかし、それとわたしの問題は別。全てが解決したわけじゃないのに。それがとても気掛かりだった。
しかし、妹ちゃんはというと……
「はあ? お兄ちゃん、本当に信じてたんだ……あっきれた!」
口をあんぐりと開けた後に、一段と目を細めた。
「あれ全部、狂言だよ?」
「えっ……ええええええっ!?」
予想外なその一言に、わたしは思わず叫び出すしかなかった。なんだかこんなことばっかりで本当に嫌になる……。




