ゆうべはおたのしみでしたね
目が覚めると、とても布団の滑らかな感触が直接肌に伝わってきている様だった。そして、妙にスース―する。
自分が今、下着姿だという事実に至るまでに、時間はそう要さなかった。しかも上半身には何もつけていない。所謂、パンツ一丁というやつである。瞬間、わたしの顔面は沸騰した。
あり得ない、あり得ない! なんて格好してるのかしら、わたしったら! 仮にも一国の姫なのに、それがこんな姿――胸を曝け出して、下着一枚で眠りに落ちるなんて……はしたない。年頃の娘が取っていい行動ではないわ。
しかし、どうしてこうなったんだろう? 現状に呆れながらも、記憶を探る。その原因が全く思い出せない。昨夜の記憶は朧気だ。そればかりか、ずきずきと頭痛がして少し気持ちが悪い。
それでもわたしはゆっくりと身を起こした。途端に感じる自身の身体に対する違和感。あるはずのものがなく、ないはずのものがある。それでようやく思い出した。
(そうだ。勇者様と身体が入れ替わったんだった!)
同時に蘇る昨夜の出来事。バーに行って浴びるように酒を飲んで、それで……どうなったっけ? 覚えていない。でも、とりあえず体調不良の正体はわかった。二日酔いだ。うぅ、頭がガンガンして吐きそう……。
とにかく、水でも飲みましょう。少し気分を落ち着けなくては。それで、わたしはベッドから出ようとしたんだけれど――
「だ、だれ?」
そこで初めて、自分の隣にもう一つ膨らみができていることに気が付いた。こちらに背を向けて横になっている。掛布団からは頭部が少しだけ出ていて、短い茶髪が垂れている。耳を澄ませば、聞こえるのは穏やかな寝息。
明らかに人だ。そして、ふくらみの大きさと併せて考えると、女性の可能性が高い。頭痛が激しさを増した気がする。わたしはただその場で茫然としていた。脳の処理が追い付かない。
状況を整理しましょう。わたしはバーでお酒を飲んで気持よく酔っぱらっていた。……それしか覚えていない。そして、ここはわたしが取った宿屋の一室。どうにかして、帰ってはきたらしい。だが、自分が寝ていた隣では、謎の女性が眠っていた。
(わたしはこの人と一夜を共にしたことになるわね。そして、表面的に今わたしは男。狭い密室、男と女が一夜を明かした――)
「きゃああああああああああ!」
思考がショートした。叫び出すのを止められなかった。その意味が分からないほど、わたしは子どもではない。やばいやばいやばい……わたし、人の身体でとんでもないことをしでかした!?
「うぅん……」
どうやら女性は目を覚ましたらしい。甘い吐息が漏れて、その身体が少し蠢いた。ふぁあという欠伸の音共に彼女もまた身体を起こした。ゆっくりとおその顔がこちらを向く。
見覚えがあった。昨日、一緒にお酒を飲んでいたセクシーなお姉さんだ。わたしと目が合うと、彼女はにこりと微笑んだ。
「あら、もう朝。うふふ、旅人さん。昨日はお楽しみでしたね?」
「あ、あのそれってどういう……」
「まぁたとぼけちゃってぇ……いけずな人ね」
女はわたしの所に這い寄ってきた。そしてぐーっと腕を伸ばして、そっとわたしの胸板を指でなぞる。艶やかな笑顔を浮かべながら。
「とってもたくましかったわよ、あ・な・た」
鼻につくような甘い声。そして、胸元を三度ほどとんとんと叩かれた。
「えっと、やっぱりわたしたち――」
「あんなに楽しんだのに、覚えていないの?」
悪戯っぽく笑うと、女性はベッドから立ち上がった。彼女もまた下着姿。さっと辺りに視線を巡らせると、部屋の中には男物と女物の衣服が脱ぎ散らかされている。
スタイルの良さは……私の勝ちね。わたしの方が、もっと胸は大きいし腰だってくびれてるもの……って、今はそんなことを考えている場合じゃなくて。
これは、わたしやっちゃったかもしれない。処女を捧げるより先に、童貞を卒業することになるなんて……ああ、なんてカオス! 空恐ろしくて、身体が震えた。
わたしがこんなに動揺しているというのに、彼女の方にはあまりそうした感じは見られない。今も平然とした様子でお水を飲んでいる。
「実はね、言ってなかったけど……わたし結婚してるのよ?」
「は、はい?」
彼女はちらりと左手をかざして見せた。その薬指にはリングが光っていて――
「お楽しみはこれからだ、このやろぉーーーー!」
耳をつんざくような叫びと共に、力強く扉が開いた。いや、ぶっ飛んだと言った方が良いかも。そして、屈強な男が一人部屋に入ってきた。
*
部屋の中には、緊迫した雰囲気が漂っていた。部屋に備え付けの小さな丸テーブルを挟んで、青年と一組の夫婦が向かい合っている。
「それでどう落とし前を付けてくれるんだい? 旅人さんよぉ?」
夫――強面の男がいきなり凄んできた。浅黒く焼けた肌、堀の深い顔、口髭はボーボーで、山賊みたいな要望だ。はっきり言って超怖い。
「いや、でも身に覚えは……」
「ひどいっ! あなた、無理矢理私を――」
うっ、うっ、と声を上げて。彼女は服の袖を目元に押し付けた。その背中に夫が手を回す。しかし顔は相変わらずこちらを向いたままで、その眼光は鋭い。
どうやら、わたしは酔ってこの女性に介抱されたらしい。一緒に部屋まで来たら、そこで襲われて、そのままずるずると。
まずい。少しも覚えていない。お酒が入っていたとはいえ、自分がそんなことをやるなんて、最低だ。わたしの本質はケダモノだった! ああ、お父様、爺や、婆や、兵士長……ごめんなさい。哀れなオリヴィアをお許しください。
「それでどうしたらいいんでしょうか?」
「こういう時、何をすればいいか、わかるよなぁ? 子どもじゃあるまいし」
ばんっ――男が強く机を叩く。睨みを利かせながらも、その顔には少し勝ち誇った様な笑みを浮かべていた。
とりあえずわたしは床に跪く。――屈辱だわ。でも仕方がない。それくらいのことをしでかしたのだから。わたしはそのまま頭を地面すれすれまで下げた。
「申し訳ありませんでした」
「違うっ! そうじゃないだろ?」
お気に召さなかったようで、夫は激昂した。また机を強く叩く。つい身体がびくっとした。怖いから怒鳴らないでよぉ……。
「えっと、じゃあどうしたら……」
「金だよ、金! それくらいわかってくれよ」
「い、いやでも……」
「このまま言いふらすわよ? あなたが強姦魔だって」
それは困る。この先、生き辛くなる。仮に身体が元に戻ったら、このままだと勇者様の評判がダダ下がりだ。
そもそも考えてみれば、お金で解決できるならそっちの方がいいじゃない。わたしは何食わぬ顔をして立ち上がった。そして落ちていたズボンのポケットから財布を取り出したのだが――
「あれ? 中身がない……」
「……おいおい、旅人さんよ。ここまできてごねる気かい?」
「いやそういうわけじゃなくて……」
わたしが稼いだ分だけなく、勇者さまが前から持っていた分まで、丸っきり無くなっていた。どうしてだろう。バーに行くまではあったはずなのに。
「とにかく金がないんじゃ仕方ないなぁ……金目の物、置いていってもらおうか?」
そう言うと、男は部屋の片隅置いていた道具袋に手を付ける。そして、中身をごそごそと漁り始めた。
「なにするんですかっ!」
「金がないんだったら、なぁ?」
「そうよ、旅人さん。わたしは深い傷を負ったんだから、その償いはしっかりしてもらわないと」
バカにする様に笑うと、女もまた袋漁りに加わり始めた。
(ど、どうしたらいいの――?)
わけがわからないことが多すぎて、わたしは身を強張らせることしかできなかった。初めてのことの連続で、思考が全く追いつかない。でも――
「ちょっと待ったぁ!」
またしても部屋の中に誰かがやってきた。それは、おさげ姿の幼い女の子だった――




