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最強勇者と囚われし王女の入れ替わり冒険記  作者: かきつばた
閉じ込められし勇者と自由な王女
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はじめてのおさけ

 部屋に入ると、やっと落ち着けるという想いから一気に気持ちが緩んだ。同時にどっと疲れが湧いてくる。だから、背負っていた道具袋を床に投げ捨てて、わたしは思いっきりベッドにダイブした。うーん、ふかふかで気持ちがいい。わたしの自室にある贅を凝らしたそれと比べても遜色はない様に思えた。


 しかし、今日は参ったわね。原因不明の入れ替わり現象、そして王都では兵に追われて、道に迷ったかと思えば魔物を追い回して。目まぐるしい一日だった。でも、悪いことだけではなかった。お父様たちのことは恋しいし、本当の身体のことも心配だけれど。初めての体験の数々は終わってみれば、そのどれもがとても魅力的だった。


 しかし、これからどうしましょう。ゴロンと身体を動かして、天井をじっと見つめる。城下町を追われてから、ここまで目先のことを必死でこなしてきたから全く考えることができていなかった。


 一番はお父様に会って事情を説明することだったけど、とてもできそうもないし……。となると、暫くはこの身体のまま、自分の力で生き抜くしかないわけで。この宿を拠点にして、のらりくらりと生きていこうかしら。


 でも、その先に一体何があるというのでしょうか? 元の身体に戻ることはできるのでしょうか? 先行きは不透明で。


 現在勇者様は、わたしの身体で魔王城に閉じ込められている。彼と合流するのは難しいだろう。いくら勇者様と言えど、あそこから脱出するのは不可能に違いない。となると、わたしが助けに行く? いやいや、無理! この辺りの弱い魔物ならともかく、魔王と闘うだなんて……考えただけで身震いする。


 そもそもの話として。わたしはすぐに元の身体に戻りたいとも思えなかった。またあの薄暗い空間で閉鎖的な暮らしを送るなんて、願い下げ。たとえ救出されたとしても、お城でまた不自由な生活が始まるばかり。

 

 今は確かに勇者様の身体だけれど。自由であることは確かで。今しばらくはそれを謳歌していたいと思うのですね、わたしは。というわけで、幾ばくかは勇者様には囚われ生活を我慢してもらうことにして――


(それにいきなりまた元の身体に戻っているかもしれないしね)


 朝目が覚めたら、突然こうなっていたんだから。その逆が起こらないと誰が言えようか。第一、どうやってこの事態を解消したものかもわからないから、結局どうしようもないわけで。


 それ以上、考えを巡らすのにも飽きて、わたしはぐーっと枕に顔を押し付けた。冷たい感触に包まれながら、強く目を閉じた。


 明日は明日の風が吹く。このまま眠ってしまおうか――そう思ったのだけれど。

 

(そうだ、バー!)


 部屋に入ってからも、わたしは店主の発した()()という言葉が気になって仕方がなかった。姫という立場だと、その存在は頭の中だけのもの。決して、この身で体験できると思わなかった。しかし今は――


(なんの因果か、今わたしは勇者様の身体なのよね……)


 そう、咎める者は誰もいないんだ。わたしは自由。心はともかく、この見た目は決して一国のお姫様ではない。普通の旅人が酒場に行く分には何一つ問題はないはず。


(行ってみたいなぁ……でもなぁ……)


 十五の誕生日の時――それは、今から二ヶ月前のことだけれど。なんだかとても昔のことに思える。懐かしいなぁ。


 その際、初めてわたしはお酒を飲んだ。お祝いだといって。成人になったわけだし、と父からも勧められて。だがしかし――


 一口飲んだだけでバタンキュー! たちまちお姫様の意識は消えてしまいましたとさ。目が覚めた時は、見慣れたベッドの装飾と顔を合わせることになった。久しぶりのお父様とのお食事だったのに。ずいぶんともったいないことをしたものだ。さすがにあの時は丸一日へこんだ。あと、ものすごい気持ちが悪かった。


 これがわたしの初めてにして唯一の酒席での失敗。以来、一滴たりとも口にしたことはない。そもそも、わたしに絶対に飲ませてはいけないと、城中にお達しがでた。


 そんな苦い思い出があったから、心惹かれるものはあれど。いざ、バーに行こうという決心はなかなかつかなかった。……のだけれど。


「ぐぅー」


 唐突に腹の虫が声をあげた。思い返せば、朝から何も食べていなかった。緊張の連続で、そんなこと気にしていなかった。


(……これは正当なエネルギー補給活動ですから)


 わたしはすっとベッドから立ち上がると、静かに部屋の扉を開けた。




    *




「いやぁ。兄ちゃん、いい飲みっぷりだねぇっ!」


 わたしがどんとジョッキを置くと、隣の男がこれまた激しく囃し立ててくれた。野太い声が部屋の中に響く。大きく手を何度か叩いて、上手な口笛まで。そして、わぁーっと周りの人間から歓声が上がった。


(ああ、もうっ! 楽しくって仕方がないわね!)


 わたしはかなりテンションが上がっていた。つい顔が綻んでしまう。全身に酔いが回って、ぽかぽかと顔や身体は火照っている。そして、特に楽しいことはないのに、気分が朗らか極まりなかった。


 ここは、ノースデンの宿屋、その近くにあるバー。ライトに趣向が凝らされて、少し薄暗くムーディな店内は多くの人で賑わっていた。わたしはカウンター席のど真ん中に陣取って、たくさんの人に囲まれている。


 初めは隅っこの方で、わたしも静かに食事をしていたんだけど。そのうちに二人組の大男に絡まれて。宿屋の主人も言っていたけど、このご時世旅人の存在は相当物珍しいようだ。どこから来たのかを問われ、とりあえずラディアングリスから森を抜けて来たと話したら――


「おい、マスター! この豪傑に、とびきりのビールを!」


 と、いきなり奢ってもらえた。おずおずと口をつけてみると、それがなんと美味しいこと。身体に染み渡るな感覚。それを飲み干したら、また杯に注がれて。それを空にして、と何度か繰り返していたら、いつの間にか周りに輪が出来上がっていた。


 どれくらい飲んだのか。正確な量はわからない。でも一口ではないことは確か。つまり、わたしにとっては未知の領域で――とにかくこの身体は無限にアルコールを受け付けるように思えた。だから、勧められるがままに飲んで飲んで飲んで。せがまれるままに、口任せに空想の度の話をして。本で読んだことをあたかも自分で体験したように話してやったら、たいそう喜ばれた。


「それで、あんた。森を通ってきたって言ってたけど、ヌシには会わなかったかい?」

「ヌシ?」

「ああ、あの森には一際巨大で凶暴なモンスターがいてな。何人か犠牲者も出てて、最近はかなり危険地帯になってたんだよ」

「それならもうひとっ切りでしたよぉ」

「おぉ、すげえな、あんた! 最高にクールだぜ!」

 

 わたしはけらけら笑いながら答えた。空中に手刀を振り下ろす仕草までしてみせて。すると、一際周りが騒がしくなった。


 おそらくヌシというのは、あの魔猪のことだろう。全然大したことなかったなぁ……それくらい、勇者様が――わたしが強いということだけど。


 しかし、こうして持て囃されるのは本当に気分がいい。お城で、変に担がれていた時とはまた違っていた。誰もが、この一階の旅人の話に、心の底から驚いて、楽しんで、称賛していた。少なくとも、そういう風に私には思えた。それが新鮮でたまらない。


「さぁ、かっこいい旅人さん。飲んで飲んで~」


 いつの間にか、とても奇麗な女の人が隣に座っていた。目鼻立ちはくっきりと、よく化粧が映えていて。艶やかなな茶色い髪が肩のあたりで切りそろえられている。胸元が大きく開いた服、そして短いスカートから大段にすらっと長い脚が伸びていた。いかにも男好きしそうな感じ。


「きゃー、すてき~!」


 女はわたしの腕に抱き着いてきた。今では懐かしい柔らかな感触を感じた。なぜかわたしは少しドキッとする。同じ女同士のはずなのに。


 普段なら、少し嫌悪感を覚えるものだけど。でも今はお酒のお陰か、全く気にならないくて。それ以上に、女性に言い寄られるという絶対にあり得ない経験がどこかおかしかった。


(ああ、勇者様の身体って最高!)


 わたしはこの快感にうっとりとしながら。まだまだ、長い夜を満喫していくのだった――

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