王女様(ゆうしゃ)を探そう!
ゲートから、わたしたちはヴァイザゴン北地区に足を踏み入れた。道がまっすぐに伸びて、傍らにはぼろい平屋が立ち並んでいる。やがて、一際大きな通りに合流した。所謂、メインストリートなんでしょうね。地面は土がむき出しですけど。
しかし先ほどから嫌な臭いが鼻につく。ふと、周囲を眺めると道端のあちこちにゴミが落ちていた。一言でいえば、ここは非常に汚らしい。
先ほどの小道と同じように、道に沿って家屋が建っている。そのどれもがやはり朽ちている。それがこの地域の荒れ模様を語っているようでもあった。
道の端では、みすぼらしい衣服に身を包んだ男たちがたむろしている。座り込む者のあれば、なんと寝ている者も。とりあえず、ぶしつけな視線をぶつけてくるので、非常に居心地が悪い。わたしたちは、どうやら歓迎されていないらしい。まあ、当たり前でしょうけども。
先頭を歩くのは、街の警備兵三人組。その後ろにピタッとわたしたち――わたしとターク君とマラートさんがついていく。絶対に離れるな、それがただ一つの約束だった。
使い魔さんたちの食事を拾った場所に、案内してもらっている最中だった。残りの仲間――というか、女性陣はと言うと向こうに残っている。いくら、警備兵が一緒とは言え、さすがにこんなところを女性が歩くのは危険、ということで。
わたしだって、か弱い女の子のはずなのに……。こんな見るからに物騒で野蛮そうなところ、来たくはなかった。一応一国の王女なのだけれど、わたし。
しかし、今は仕方がないことか。見た目は立派な青年。ちょっとあどけなさは残るものの。ということで、問答無用にこちらのグループに組み込まれてしまった。
「しかしこの荒れっぷりはなかなかだね」
「うぅ、そう言われると、お恥ずかしい。返す言葉もないよ。市長も頭を抱えてる。でもなかなかどうしようもなくてな」
「これでも一昔前よりかは、規模は小さくなったんですけどね」
「なかなか信じられないな、それは……」
マラートさんは辺りをきょろきょろしながら、案内人と仲良くお喋りをしていた。そこに緊張感というものはないみたい。
わたしはといえば、この恐ろしい雰囲気に完全に呑まれていた。気が気でない想いで、一歩ずつ確かに歩みを進めている。とても、前方の会話に口を挟む気にはなれなかった。
「ただ近年は、大陸中央の小競り合いも酷いですから。傭兵崩れのあらくれが、こっちに流入してくることもあるんですよ」
「砂漠は砂漠で、近場に妙な盗賊団が住んでますし。なんて言ったかな、名前……」
「ああ、あいつらか。でも、しばらく見てないぞ?」
「……確かにそれは、観光客に見せたくないのもわかるね」
「変にトラブルに巻き込まれても面倒だからな~。今は、表と裏でいい感じにバランスが取れてるから崩したくないってこともある」
「まあ今まさにトラブルが起きてるんですけどね……」
「すみません、うちのじゃじゃ馬娘が……」
誰がじゃじゃ馬娘か! と思ったけれど、今の言葉は中身を指しているのだから、さして問題はない……のかしら。全く複雑すぎて頭が痛くなる。
その後も勇敢な男性たちの会話は続いていく。わたしとターク君は見事に蚊帳の外……まあ、別にいいのですけれど。
本当はこんな部分取り壊してしまいたいらしいが、なかなかそうはいかないらしい。昔から住んでいて愛着がある者。表になじめなかった者。貧困に苦しむ者……他国のことながら、為政者の娘としては頭が痛い。
そういうのを何とかするのが市長……ひいては国王の仕事だと思うけど、砂漠の紛争地帯の問題に今は手いっぱいらしい。
建国以来、国家間の争いとは全く縁がなかった我が国としては、実感が持てないことだけれど。……どうして、人同士が争わなければならないのかしら。そんな幼児じみた想いがふと胸に浮かぶ。
やがて、わたしたちはある場所で立ち止まった。すぐ近くには、向こうに繋がる柵がある。ここからでもよく見える。
「ここら辺りですね、それを拾ったのは……」
とはいうものの、辺りに異変はない。夜、何かがあったとすれば、しばらく時間が建っているからそれもまあ、不思議ではないけれど。
何人か道に座り込んでいる人がいる。もしかしたら、何か知っているかもしれない。わたしはマラートさんの服の袖を引っ張って、耳の辺りでそんなことを小さく進言してみた。
「話を聞いてみても?」
「ああ、構わないがね」
一番偉いちょび髭の憲兵は快く許可をしてくれた。
許可をとると、一番近くにいた人の下へと歩いていった。ボロボロの服を着た、痩せた中年男性。くぼんだ目に宿るのは鈍い光。
「昨夜、何か変なことはありませんでしたか?」
「……さあ、知らないねえ。いつもここにいるわけじゃあないから」
それだけ言うと、男性は立ち上がってどこかへ行ってしまった。話しかけられただけで、めんどくさそうな様子だった。
その後も空振りは続く。誰も何も知らないらしい。そもそも非協力的で、無視されることもあったのだが。気が付けば、周りから人が消えてしまう。
どうしたものかしら、少し途方に暮れていたところに――
「あんたたち、何を探ってんだい?」
強面の男の集団が話しかけてきた。一番手前の代表者らしき男の目はかなり鋭い。とても、真っ当な人間には思えなかった。……失礼な話だとは重々承知ですけれど。
しかし、憲兵たちの方は顔見知りらしい。特段恐れる素振りすらなく、とうとうと事情を話してくれた。
すると――
「なるほどねえ、一つ心当たりがあるぞ」
その男の一言に、後ろの男たちも思い思いに頷いていた――
*
数時間後。今度はわたしたちは砂漠を歩いていた。街の西にずっと広がる。先に広がるのは砂ばかり。見渡す限り、何もない。
なぜこんなことになったかと言えば――
「ねえ、ほんとにこの先に盗賊団が住んでいるわけ?」
「ええ、それは間違いありません。もう少し行くと、洞窟があってそこを根城にしてるんです」
「盗賊団……そんな危ない連中に、あ――オリヴィアさんが」
「無事じゃすまなそうよね~、きっと」
北地区で話しかけてきた連中は、昨夜大きな麻袋を抱えた連中の姿を見たらしい。それが、わたしたちが今追っている盗賊団。
しかし、厄介な連中に捕まったものね。大丈夫かしら、わたしの身体は……。
「金目のものとかは特に持ってなかったはずなんだけどな……」
「あれかもしれない、胸のペンダントが狙われてた、とか」
「そんなものつけてましたっけ?」
「着けてたよ! ターク君なら知ってるでしょ」
「いえ、あの、しばらく見てないですよ?」
どういうことでしょう? わたし、あれは肌身離さず首からぶら下げていたはずなのに。……確かに、思い出してみればなかった気もする。
合流してだいぶ日が経つのに、今の今まで気づかないとは……あるものとばかり思っていたから、気にしてなかった。
無事に再会出来たら、事情を聴かなければ――
「おそらく奴らの狙いは、その女性自身でしょう。……あまり考えたくはありませんが」
ああ、もうやだやだやだ! お願いだから、わたしの貞操が無事でありますように。本当に勘弁していただきたい。
不安に駆られたまま歩いていると、殺風景な景色の中に何かが現れた。それが洞窟だというのは近づくにつれてわかる。
わたしたちは、躊躇いなくその中へと入っていく。すぐに短い階段があった。どうやら地下があるらしい。
降りきった先に扉があった。ためらいなく先頭を歩く憲兵さんがそれを蹴破る。
中は普通の部屋の様だった。床こそごつごつした地面のままだったけれど、それなりに部屋としての体裁は保っている。
テーブルに本棚、粗末な気のベッドが五つほど。さらには、煙突の付いた暖炉――その先はどこに繋がっているのだろう――まで。
しかし、とても物が散乱している。まるで、泥棒でも入ったみたいに……盗賊団のアジトなのにね、ここ。わたしはそのちぐはぐさにちょっと眉を顰めた。
「居住スペース、のようだな、ここは」
「あいつら、意外と器用なんですね……」
「言ってる場合か。見ろ、あれとか盗品だぞ」
憲兵のリーダーが不機嫌そうな顔で、床の一角を指さした。そこに転がっているのは、高そうな竪琴……よくこんなものを盗めたものね。
そのまま憲兵さんたちは我が物顔に部屋の中を漁っていく。しかし、とてもわたし――勇者様がいるようには思えない。
「ねえ、アル……じゃなかった、オリヴィアいないじゃない!」
「ううん、盗賊団が犯人じゃなかったのかな」
「見てください、あそこ!」
ターク君が左の方を指さした。そこには木製の扉が付いている。どうやら、もう一つ部屋があるみたい。
わたしたちは急いで、そっちの方に近寄った。そのまま、中へと足を踏み入れる。
そして――
「どうなってるんだ、これ……?」
目に入った光景に、わたしは自分の目を疑った。
屈強な男たちが四人、椅子に縛り付けられている。猿ぐつわまで噛まされて。そして、一つだけ空っぽな椅子の上に一枚の紙が見えた。
わたしが誰よりも先にそれを掴み取ると――
『街に帰ります。待っててください。 オリヴィア』
それはそんな意味不明の怪文書だった。




