行方不明の王女(勇者)
ドンドンドン! 激しく扉をたたく音で、わたしは目が覚めた。それでも意識がはっきりしているわけではなく、頭はぼんやりと……とても起き上がる気力はないです、はい。
ということで、もごもごと身体を動かすと、気を取り直して狸寝入りを決め込むことに。いや、違うわね。やっぱり二度寝を決め込むことに。来客はソフィアさんが応対してくれるでしょう。
「はいはい、ちょっと待ってくださいね」
思った通り、耳慣れた可愛らしい声が聞こえてくる。そしてパタパタと小走りにドアに近づく音も。遅れて、ガチャリとドアが開いたみたい。
「あら、ザラちゃん。おはようございます」
「おはよう――って、のんきに挨拶してる場合じゃないよ! 大変なの! 部屋上がらせてもらうね」
「それはもちろん構いませんけど……」
今度はばたばたと乱暴な足音が聞こえてきた。それをもう一つが追いかける。こっちはどことなく落ち着いた感じだ。扉も閉まったらしい。
寝返りを打って、布団の隙間から二人の様子を探る。こんな朝早くからどうしたのだろう? しかし、妹様はこちらに背を向けていて、その表情は窺えない。
「どうしたんですか、ザラちゃん。そんな血相を変えて」
「おにいが、おにいが部屋にいないの!」
「な――」
「なんですって!」
わたしはソフィアさんよりも先に叫んだ。そのまま、布団を吹っ飛ばす勢いで飛び起きる。二人の顔がすぐこちらに向いて、ばっちりと目が合った。とても驚いた表情をしている。
さっきまでの眠気なんてどこへやら。すっかり頭は冴えていた。そして、心臓が爆発しそうなくらいにドキドキしている。そのまま、ザラちゃんに詰め寄る。
「お、起きてたんですか、オリヴィアちゃん……」
「そんなことより、どういうことなの?」
「び、びっくりしたぁ……いきなり起き上がってこないでよ! 心臓が止まるかと思った」
「それはごめんなさい。でも爆弾発言過ぎて、つい……」
詳細はまだわからないけれど。もしその話が本当だったら、とんでもないことだ。勇者様が行方不明、それはつまりわたしの元の身体もそうである、ということを意味する。
もちろん、彼自身のことは心配だったけれど。やはり、身体のことの方が気になるというもので。動悸は一向に収まるところを知らない。
「詳しく説明してもらえます、ザラちゃん?」
「説明も何も、さっき目が覚めた時には隣におにいがいなくて……」
「いつまで一緒だったのかしら?」
「昨日の話し合いの時だよ。その後、おにい、キーくんたちにご飯あげに行ったでしょ。それから姿を見てないんだ」
「ちょっと待って! それでどうして、さっき気が付いたのよ!」
「待っていたんだけど、疲れてたからいつの間にか寝ちゃったみたいで」
もしかすると、昨日からずっと帰ってきていない、とかってことはないわよね……。悪い方向ばかりに想像が浮かぶ。
夜は治安の悪いというこの街。それをこの目で直接確かめたわけではないけれど、だが街の様子的には事実のようで。
「まさか暴漢に襲われた、とか?」
「だってあんな姿をしててもおにいだよ。オリヴィアさんだって、その強さは知ってるよね」
「そうですね。だとしたら、戻ってきてどこかに出かけただけでは?」
「ザラを置いて? そんなことないと思うけどな……。服脱ぎにも、おにいの服無かったし」
ううん、どういうかしら……? 勇者様は何処に? 考えても考えても、埒が明かないように思えた。
「とりあえず、キーくんのところに行ってみない? 何かわかるかも」
「それがいいと思います。手分けして、みんなを起こしに行きましょう」
それでわたしたちは部屋を飛び出した。大変なことになっていないことを、わたしは心の底から強く願うのでした――
*
わたしたちは街を彷徨い歩いていた。偏に、勇者様――ラディアングリス王女の姿を求めて。
キーくんに話を聞きに行った時、ここには来てないよ、と言われた。確かにご飯を上げた形跡もない。となると、結論は一つ。昨夜何かがあったのだ。
「しかし、アルスのやつどこに行ったんだろう」
「やっぱり誰かに襲われたのよ。夜は物騒だって言うし」
「あるいは連れ去られた、とか? ほら、アーくん、見た目は凄い美人さんだし」
「うぅ、きっとあんなことやこんなことまでされてるのよ。想像しただけで気持ち悪くなってきた……」
「大丈夫ですよ、オリヴィアちゃん。アルスさんのことですから、上手くやってるはずです」
「それにしても、これだけ歩いて手掛かり一つ手に入らないとなると……なかなかしんどいですね」
朝早い時間だからか、人通りは少ない。道行く人に聞いたところで、誰からもそんな女の子のことを知らないという答えが返ってきた。
時間が経つにつれて、胸の鼓動hはどんどんどんどん早くなっていく。落ち着かない、胸の奥がざわざわする。
それはザラちゃんも同じみたいで、今も青ざめた顔で呼吸が荒い。さっきから、ずっと黙ったまま。言葉を発したのは、宿を出る前が最後だった。
「やっぱり怪しいのは裏町じゃない? ほら、あそこにいる男に訊いてみましょうよ」
当てもなく歩いていると、わたしたちは北地区と南地区の狭間にいた。そこにはきりっとした顔の見張り兵が立っている。こんな朝からほんとご苦労様だ。
彼は不愛想な表情をしたまま、冷めた目をわたしたちに向けてきた。なんとなく怪しまれているというような……。
「こんな朝っぱらから何してる?」
「実はですね、人を探していて――」
ソフィアさんは簡潔に彼に事情を説明する。一人の女の子が行方不明になった。もちろん、その中身が男の人ということは伏せて。
「……夜に女の一人歩きか。俺たちも巡回しているが、それが追い付いていないのは事実だからな。何かあったとしか、考えられん」
「そんな……」
はっと息を呑んだのはザラちゃんだった。その顔には深い悲壮感が張り付いている。
「あの何か事件とかの情報はないんですか?」
「ううむ、そうだな。先ほどからずっと考えてはいるんだが……」
すると見張りの人は顔を曇らせて、腕組みをした。そのまま唸り声を上げながら、眉間の力を出し入れしている。
やがて、ぱっと目を見開くと、ぽんと手を叩いた。
「確か昨夜なにか変なものを拾った奴がいるって言ってたな。裏町の方を巡回していた奴だけど。でも、それこそそんなとこに女が一人で行かないと思うぞ」
「とりあえず、その人がどこにいるか教えてもらえますか?」
「ああ、ちょっと待ってな」
彼はポケットから小さな紙片を取り出すと、さらさらと地図を書いてくれた。ここからはそう遠くはない。
わたしたちは彼にお礼を言うと、急いでその場所へ向かった。やはり同じように、通路の途中にある策の前で男の人が一人で立っていた。
「あの昨夜何か拾ったって聞いたんですけど!」
「むっ、なんです、あなたたち。そんないきなり――」
「いいからそれを見せなさいって言ってんの!」
怒声を浴びせたのは、マリカさんだった。かなりむっとした表情をしている。彼女なりに真剣にアルス君のことを想っているらしい。
すると、戸惑いながらも彼は近くにあった袋から何かを取り出した。それは、奇麗めな革袋だった。
ザラちゃんがそれを彼から受け取る。中身を確認すると、一言――
「これ、昨日おにいに渡したキーくんたちのエサだよ……」
それはとても残酷な事実だった――
いつもより、遅くなりました。すみません。




