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最強勇者と囚われし王女の入れ替わり冒険記  作者: かきつばた
閉じ込められし勇者と自由な王女
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勇者の悲劇

 目を覚ました時、今まで経験したことがない程の激しい頭痛がしていた。頭が割れそう。体内を血が巡るだけで、ずきずきと痛みが走る。


 それに加えて吐き気まで。うぅ、気持ち悪い……胸の辺りがむかむかしている。腹の中がぐるぐると、ひどく落ち着かない。何だこの苦しみは。他人と身体が入れ替わっただけでなく、こんなわけのわからない体調不良まで発生するとは。俺がいったいどんな業を背負ってきたというのか。


 だらしなく口を開けて、焦点の会わない目でぼんやりと天井を見つめる。じわじわと気を失う前のことを思い出した。そうだ、自棄になって酒を飲むことにして――


「あっ! よかった。目が覚めましたか」


 あまりの具合の悪さに、すぐに起き上がることもできず世の無常さを嘆いていると、上から声が降ってきた。小さな門番の彼が不安そうに俺の顔を上から覗き込んできた。それは彼にしては大きな声――それでも話し声レベルだったけれど。今の俺には効果抜群。頭にガンガンと響いて、頭に支配する痛みが歓喜して震える。


「びっくりしましたよ。杯に口を付けたかと思ったら、いきなり倒れたものだから。姫様、お酒、ダメなんですね」

「そ、そんなことより、あたまが、いたい……」


 何とか声を絞り出して。その上、わざとらしくげんなりとした顔を作って。俺は彼に自分の苦しみを訴えた。助けほしいその一心で。


「だ、大丈夫ですか! 老師、癒しの魔法(ヒール)を!」

「御意」


 別の声。どうやらもう一匹モンスターがいるらしい。看守の若々しい少し高い声とは違って、しわがれていて、まるで地獄の底から響く様に低い。渋みや凄みが凝縮されている。その持ち主の姿は見えない。


 その声は新たに何かの詩を紡いでいく。知らない詠唱――言語からして違うのか。でもきっとそれが魔族にとっての癒しの魔法(ヒール)の呪文なのだろう。今のおれには魔法の効果が顕れるのを待つことしかできない。


「――高等治癒魔法アド・クラーレ!」


 それが最終節だったらしく、詠唱は終わった。少し間があってから、俺の身体は仄かな淡い緑の光に包まれた。そしてその光がそのまま体内に吸収されていく。


 死にたくなる程強かった頭痛も嘔気も見事に収まった。何事もなかったかのように気分は爽快。とても素晴らしい効き目だ。詠唱時間の長さからして、そんなに高度な魔法ではないみたいだけど。使い手の実力がずば抜けているのか。あるいは、魔物が使う魔法の方が優れているということか。


 しかし、どうしようもなかったとはいえ、魔物に助けられるとは。なんだか不思議な気分だ。そんなに、魔王にとってはこの姫が大事なんだろうか。


「どうですか?」

「平気だ……です」


 俺はゆっくりと身体を起こした。そして、未だに心配そうな兵士を安心させるために軽く微笑んでみる。男口調が出てしまい、変な言葉遣いになったことに対する誤魔化しでもあった。ほんと、気が休まる時がないな。


 その時気が付いたが、彼は小さな台の上に乗っていた。だからおれの顔を上から覗き込むことができたのか。妙に感心してしまった。そして、彼の顔の辺りに別の魔物の姿を発見した。


 ようやく、兵士が安堵したのを確認して。俺はゆっくりとその左隣に視線を移した。そこには、全身を真緑のローブですっぽりと覆った魔族――人型の魔物が立っていた。


 鼻元辺りがベッドの縁と重なるくらいの背の高さ――腰は曲がっている。しかし、頭からフードを深く被って、さらに少しうつ向いているので、その顔はよく見えない。身体を支える様に右手で杖を持ち、もう一方の腕は背中側に回している。辛うじて見える皮膚は、土黄色して皺だらけ。すいぶんと老獪そうな魔族だ。


「あの、ありがとうございます」

「……気にするな。ター坊に頼まれただけだからの」


 ぶっきらぼうな口調だった。彼は踵を返すと、のっそりと牢屋の扉に向かって歩き始めた。杖を巧みに使い、よぼよぼとした歩き方は人間の老人と見紛うほど。


「あの人はランドルフ翁です。この城きっての回復魔法の使い手です」

「魔王がいるのに?」

「ええ。師匠みたいなものですから」


 彼は淡々と語った。そして台から降りる。自分の役目は終わったと言わんばかりに素っ気ない。しかし俺は気付いていた。その目の端に何か光るものが宿っているのを。目を覚ました時の様子もそうだし、よほど心配していてくれたのだろう。またしても不思議な気分。


「あなた、ター坊って名前なの?」

「違います。タークです。ランドルフ翁は僕のことをまだ子ども扱いするんですよ」

「そうなんだ」


 看守――もといタークは少しむっとしたような顔をした。それで、なんだか微笑ましい気持ちになった。


「……あの姫様の名前も聞いていいですか?」


 もじもじとしながら、恥ずかしそうに彼はおれを見上げてきた。……姫と兵士(こいつら)、お互いの名前も知らなかったのか。まあ、そこは人と魔物だし、簡単に相いれなかったのかもしれないけど。


 しかし、困ったな。姫様の名前なんて知らないぞ。自分で言うのもおかしいが、世間知らずさには自信がある。ラディアングリス王の名前すら知らないし。王との謁見の際に何か言ってた気がするような、しないような……まずい、だんだんとタークがこちらを不振がっているのがわかる。何か言わないと――


「ア、アリシア! わたしはアリシアって言うの」


 咄嗟に俺はその名前を口にした。さすがにアルスと本名を名乗れるはずもなく。適当にそれをモジることに。……これでもし魔王が姫の名前を知ってたら、まずいかもしれない。しかし後の祭りだ。とにかく俺は――わたしはアリシアとして生きていきます!


「そうですか。改めて、よろしくです、姫様」

「いや、名前で呼ばないのね……」

「畏れ多いですから」


 どこか兵士は悪戯っぽく笑って。俺はなぜかその魔物と奇妙な握手を交わすのだった。




    *




「さぁ~、おひめちゃん! お風呂の時間ですよ~。さ、脱ぎ脱ぎしましょうね~」

「ムリムリムリ、無理ですってばぁー」


 俺はこの狭い牢屋の中で、女性の姿をした魔族に追いかけ回されていた、


 相手はウンディーネ――その姿は、人間の女性のようでとても美しい。背が高くすらっと手足は伸びて。その長く濃い青髪は腰のあたりまである。目が切れ長で、鼻は高く、唇はふっくらと、そして透き通るほどに白い肌。薄いベールを着ているので、身体のラインははっきりと透けて見える。そんな彼女は満面の笑みで、手をワキワキさせながら、なんとかおれを捕まえようとしていた。


 タークがさっき連れてきたのだ。名前はキャサリン。お風呂の時具合の悪さで倒れられても困るから、ということらしい。その彼は役割は果たしましたと、そそくさとどっかに行ってしまった。


 しかしまずいことになってしまったものだ。いや、初めてここにある風呂場を目撃した時から予感はしていたけれど。当初の予定では、とっくの昔に脱走して勇者ひめと合流しているはずで。


 入浴――流石に湯船につかるだけで済むわけもなく。当然身体を洗う必要がある。そうすると当然べたべたこの身体を触ることになるわけで。それも裸を、だ。隅々とあちこち……いやいやいや、不敬ってレベルじゃねーぞ。ただの性犯罪だ。相手は一国の姫、打ち首ものだ。


 流石に俺もそんな勇気は持ち合わせていない。目隠しをして、濡らしたタオルか何かで適当に身体を擦って済ませようと思ったんだけど。


 ちらっと、ウンディーネの方を見た。彼女と一緒となるとまたその難易度は跳ね上がる。目隠しなんて、しようもなく。そうすると、色々なものが目に入って、色々危険な状態というか。身内以外で、俺は女に接点はなく、免疫なんて全くない。さっきから、心臓がどきどきとして破裂しそうなほど緊張していた。


 いっそのこと全てを話してしまうか? いや、信じてもらえない。というか、他のリスクを考えると黙っているしかなく。今はこうして、逃げ回って相手が諦めるのを待っているのだけれど――


「つーかまーえたっ!」


 とうとうキャサリンに後ろから抱き着かれた。背中に彼女の大きな胸の感触を感じる。じゃなくって――ああ、もう終わりだ。胸の高鳴りは最高点を突破した。


「はい、ばんざいして?」


 俺は観念して両手を挙げた。すると、彼女の手によって、あっという間にドレスを脱がされる。パサっと衣服が落ちる音がした。空気が生肌に触れる。なんとも言えない感じがする。


「やっぱりおひめちゃん、いい身体してますなぁ……ジュルリっ」


 なんなんだよ、この人。怖いんだけどぉ……。恐怖で身が震える。ヘルプ、ヘルプミー!


「ひゃん」


 突然、背中をそっと指でなぞられて、そのくすぐったさで思わず妙な声が出た。


「なにするんですかっ!」

「肌もスベスベだし~、あら、胸も結構大きいんだね~」

「や、やめっ――」


 後ろから、胸も揉みしだかれて。自分で触ったりもしていたけれど、他人に触られるとまた違った感覚というか。こそばゆくて、恥ずかしさで身体が火照る。


「さ、これから一緒に楽しみましょうね~」


 キャサリンは俺を開放すると、あっけからんとベールを脱いだ。その豊満な体が目に入りそうになって、俺は思わず目を逸らす。そして、一糸纏わぬ姿の彼女と共に、俺は拷問場所ふろばへと向かうのだった。


(ごめんなさい、ごめんなさい、姫様!)


 俺は無心でひたすらに謝ることしかできなかった。身体中あちこちまさぐられて、変な気分がして堪らなかったけど、それは決して思い出したくない。

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