初めての首都
ガタガタと馬車は揺れながらも、快適な速度を維持している。エンジーを出発してもう十日ほど経つ。俺たちは、街道沿いの町村に寄りながら、ひたすらにシュタルク王国の首都ヴァイザゴンを目指していた。
ユニコーン――ユニちゃん(キャサリン命名)はよく働いてくれている。さすがは伝説の一角獣。その馬力は一匹でも十分、この大きな馬車を引けるほどだった。
今、御者台には俺と姫様がいる。なんとなく気まずいが、くじ引きで決まったのだから仕方がない。文句を言わない約束だ。あのマリカだって、ちゃんとルールを守ってる。
内部では、他の六人は何をしているだろうか。話し声とかは聞こえてこない。あっちの方があんまりガタガタしないから、楽なんだよな。姫の身体は尻の筋肉が薄くて、ずっと座っていると痛い。
……はあ。なるべくこいつと二人きりになることは避けていたのに。いつも彼女以外の誰かと一緒にいることを心掛けてきた。
とりあえず、読んでいた本に集中する。太もものところに、いい感じに開いてある。タイトルは『盗賊の奥義 完全習得マニュアル』この間、街で買った。せっかくだから、色々なスキルを身に着けてみることにしたわけだった。
今挑戦しているのは縄抜け。さっき姫様に頼んで手を後ろに回してきつく結んでもらった。それを解こうと悪戦苦闘中である。
それを離した時、こいつにはものすごい白い目を向けられたけど。あと、人の身体で変なことしないでよね、とも。だが、スキルの重要性を説いたら、渋々納得してもらえた。
「そろそろ着くのかな、ヴァイザゴン」
ぽつりと隣で姫様が言葉を漏らした。独り言だと思って聞き流す。今はこっちのことに精一杯。本にある図解を見ながら、動作を続けていく。
しばらく穏やかな時間が続く。左右には代わり映えのない風景が広がっていた。これが村に近ければ畑なんかもあるんだろうけど。辺りにはだだっ広い草原しかない。
「ちょっと無視しないでよね!」
「今の俺に言ってたのか?」
「そうよ。他に誰がいるのかしら?」
「ユニちゃん」
「わたしはキャサリンちゃんやターク君みたく、この子とはお話しできませんもの!」
俺の姿であんまり口うるさく騒いで欲しくない。しかも女の言葉遣いで。それもまた、彼女と一対一で対峙するのを避ける理由でもあった。
まあ向こうも一緒だと思うけど。いったい何度、言葉遣いをそして身だしなみや仕草を注意されたものやら。
「……アルスくんはわたしのこと、嫌いなの?」
「は? なんだよ、いきなり」
「だって、露骨に避けてない? わたしのこと」
「それは――」
気のせいだ、とはとても言えなかった。だって、それは紛れもない事実だ。
もう一つの理由は、ただただこの人に申し訳ないから。俺の身体を好き勝手つかわれるのは、正直言ってそこまで嫌じゃない。……変な意味じゃなくて。男だから、何かされて恥ずかしいと思うことはない。
でも彼女は違う。不可抗力とはいえ、俺はこの身体で生活に必要なことをしないといけない。性差がはっきり出るような事まで。彼女の立場からすれば、それはまさに生き地獄。俺もなるべく気を付けてはいるけれど。
なるべく考えない様にしてきたが、一緒にいるとやはり……。しかしかといって、常に一緒にいれば解決する問題でもないし。これは、あの優男がしてくれた、素晴らしい提案だったが。
だから、俺が彼女を避けてるのは好きとか嫌いとかそういう理由じゃなかった。単純に気恥しかっただけだった。でも、それを素直に口にすることはできなくて――
「俺は姫様のこと、大好きでございますよ?」
「――なっ! ちょ、ちょっと変なこと言わない――」
「ぶるるる!」
彼女が急に手綱を引くもんだから、ユニちゃんは暴れ出してしまった。馬車がバランスを崩しかけて、大きく揺れた。
――危なかった。縄抜けができていなかったら、落ちてたぞ。丁度良く、成功していてて心の底華夏安堵する。
「ちょっと、なにしてんのよ!」
「ご、ごめんなさい、マリカさん……」
「全くこれだから王女様は」
「ほれ、手綱を俺に寄越せ」
「は、はい……って、上手く行ったんだ! 結構きつく結んだのだけれど」
「ああ。これで縄抜けはマスターだ」
「次は?」
「宝箱の鍵外し」
「ちょっと出来そうにないわね」
姫様は気の毒そうな顔をして、手綱を渡してくれた。そして、ちょっと遠くの方に目を向ける。
*
ようやく街の門が見えてきた。立派な城壁――一目で、そこがかなり重要な都市であることがわかる。
今は昼下がり。あと少しすれば、陽は沈んでしまうだろう。街での情報収集は、明日から本格化させるべきか。
とりあえず適当なところに馬車を置き、一応ユニちゃんを気に繋いでおいた。まあ、逃げないと思うが。すっかり従順だったし、一応ザラと使い魔契約を結ばせてあった。
「はーい、キーくん。出ておいで~」
召喚呪文を唱え終わると、キーが姿を見せた。荷物版を任せるため。こういう時本当に便利だ。
「はあ……。また?」
「ええ、お願いします!」
「ゲルダンでいーじゃん」
「あいつ、意外と魔力消費バカにならないの」
「じゃあなんで契約したのさ……」
ぶつぶつとまだ文句を言っているキーを残して、俺たちは門に近づいた。二人の門番が、左右に立ってそれぞれ目を光らせている。
「旅のものか?」
「ええ」
「ふむ。旅のものは歓迎だが、ここから入るのは認めるわけにはいかぬな」
「どういうことですか?」
「こちらはダウンダウンの入口。女子どもが足を踏み入れるのは危険だ」
そのまま、彼はこの街のことについて教えてくれた。どうやら、こちらは北の部分。裏町と呼ばれており、ごろつきやアウトローが集まっているらしい。街の中も凄い汚いとか。
ということで、俺たちはぐるりと半周回って、南門の方まで行くことに。こちらの方は、治安がよく、観光客も大勢訪れるとか。
「あそこにキーくんたち残してきて大丈夫だったかな?」
「結界は張ってあるから大丈夫だろ。それにああ見えて、キーは強い」
「そうなんですか? 僕、正直苦手なんですよね、キー様。目の敵にされてるっていうか……」
「まあキャラ被ってるからね~」
「キャサリンちゃん、そういうことを言ってはいけません。タークくんが可哀想です!」
ここの街は円形になっているらしい。半分でも、それなりに距離があって、それが街の大きさをうかがわせる。
南門にも、門番が二人いた。しかし、先ほどとは違って、どことなくのんびりした感じである。こんなところにも、街の違いが現れているらしい。
「ようこそ、旅の方! ここはヴァイザゴン、偉大なシュタルク王国の首都でございます」
「こんにちは、門番さん。中に入れてもらえるかしら?」
「はい、もちろん、構いませんよ」
兵士は大きな扉をリズミカルに叩いた。すると、ゆっくりと開いていく――
「わあ、すごい――」
感嘆の域を漏らしたのはキャサリンだろうか。しかし、そんなこと気にならない程に、目の前にはものすごい都会の景色が広がっていくのだった――




