いざ、出発!
「――で、なに? それでこの子を捕まえてきたの」
話を聞き終えた、どこか冷めた表情で妹様は頷いていた。顎に手を当てて、少し目を細めて。これがソフィアさんがやりでもすれば、どこか艶めかしくあるのだろうけど。
その前では、男性陣がなんとも微妙な表情をしている。あの勇者様までも、どこか気まずそうな感じで、ご自分の妹と向かい合っていらっしゃる。
傍らには、輝くような白い毛並みのお馬さん。澄んだ目をしていて、鬣まで真っ白で、とても立派な体躯をしている。ぶるぶるとけたたましくお鼻を鳴らしています!
全身から気品さが溢れていた。けれども、それは決して普通の馬ではなかった。その顔には立派な角が生えている。
街での買い物を終え、わたしたちは外に出ていた。すでに馬車は準備してもらってある。その中には、必要なものを色々と詰め込んであった。
しばらくすると、キーくんが先に戻ってきて、彼らもまたすぐに来るという話を聞いた。それで、丁度良くここで待っていたのだけれど――
「これがユニコーン。へえ、初めて見たわ」
「かっこいいですねー。男の子でしょうか、女の子でしょうか?」
「ううん、どれどれ……」
キャサリンさんはそろそろとユニコーンに近づいていくと、その耳を口元に近づけた。もっともらしく頷きを繰り返すと――
「ふむふむ、女の子だって!」
「キャサリン姉さん、意志疎通できるんだ~」
お気楽三人娘は盛り上がっている。この三人、なんだかんだで気が合うみたいだった。お店巡りもとても楽しそうにしていたし……。
「ザラさ、馬探してきてって言ったよね?」
「……はい、そう聞きました」
「どこの世界に、馬って言われて、こんな珍しい生き物連れてくるやつがいるのよ!」
「この世界です」
「おにい、ぶん殴るよ!」
「や、やめて! ザラちゃん、それわたしの身体だから!」
「じゃあ、オリヴィアさんを叩く!」
「……それも違うような気がするんだけどね」
「じゃあ、もうマラートさんでいいや――小火球魔法!」
「いや、ちょ――」
ぼんと音がした。すると、小さな火の玉がマラートさんの方に飛んでいく。
それがぶつかって、彼の身体がちょっと吹っ飛んで行った。
「ふぅ~、スッキリした!」
「いやいや、物理じゃなくて魔法なんですけど? はあ、よかったなんともなくて」
「余計なお世話だとは思ったのですが、対魔法障壁の方を張らせていただきました!」
びしっとターク君が背筋を伸ばした。ものすごい誇らしげね、彼。
「ねえ、ザラちゃん。別に良くない? この子でも十分に馬車引けそうじゃない」
「わかってないね~。これだから、温室育ちのお姫様は」
「ええ……わたし、非難される流れなの……」
「なんか、悪いな。俺の妹が」
わたしと勇者様は居た堪れない空気に包まれていた。
「こほん。いいですか、ユニコーンは希少種です。そんなもの連れて世界を回ってたら、人の目を集めて仕方ないですよ?」
「いや、それはわかってるけどな。そもそも、あの竹林に馬はいるのか?」
「知らない」
「知りません」
「知らないわ」
「知らないね~」
「……ごめんなさい、アルスさん。うっかりしてました」
今度はわたしが謝る羽目に。あの店先でザラちゃんから素晴らしい名案を聞いて、完全に浮かれていたのは事実だった。
「とにかく、だ。ユニコーンを馬車馬代わりに使うしかないだろ」
「トラブルは起きた時に対処するしかないよ、ザラちゃん。いつもそうしてきたし」
「……わかったわよ。でも、ほんと気を付けないと、この子が可哀想」
妹様は優しい顔をすると、ユニコーンの背中をそっと撫でた。
ヒヒンと、一つ鳴くユニコーン。どことなく気持ちよさそうに見える。しかし、大人しいわね。
「ねえ、どうやって手懐け他のかしら、勇者様?」
「別に。特別なことはしてないさ。あと、勇者様は止めろ」
「ほんとかしら?」
「ただ背中に乗って、抱き着いただけだよ。初めは荒々しかったんだけど、すっかり大人しくなっちゃって」
「きっと、あれですよ。姫様の美貌に絆されたんですよ!」
「ありがと、ターク君。でも、なんだか複雑な気分……」
「ユニコーン、女の人が抱く……あっ!」
ぶつぶつ言ってたと思ったら、ザラちゃんは突然大きな声を上げた。見る見るうちにその顔が真っ赤になる。
「どうかしたんですか、ザラちゃん?」
「い、いや、別に……」
何かあった様な顔をして、彼女は自分の兄に疑うような眼差しを送った。
「ちょっとおにい!」
「待て、待て。滅多なことは言わなくていい。たまたまだったかもしれないだろ。というか、お前も知ってるんだな、あの伝説」
「もってどういうことよ、もって!」
「俺はキーのやつに教えてもらっただけだ」
「ねえ、伝説って、何の話?」
兄妹は二人で勝手に盛り上がっている。それが面白くなくて、わたしは思い切って口を挟んでみた。
すると、どぎまぎする二人。露骨に目を逸らして、言いにくそうにする。
「オリヴィア王女、世の中には知らないことがいいこともあるのです」
妹様は一層神妙な顔をすると、慇懃無礼な口調で言い放ってくる。
そう言われたところで、そうですか、と黙って引き下がれない。わたしはむっとした顔を、勇者兄妹に向けた。
「教えなさい! 王女命令です!」
「どうする、おにい?」
「……ザラが後で教えてやれ。それより今はこっちだ」
勇者様は苦々しい顔でそう言うと、ユニコーンの方に向かって顎をしゃくった。彼女はただ静かにそこにいる。
「早く準備して、出発しよう」
「ちょっと待って!」
突然キャサリンさんが叫んだ。かなり真面目な表情をしている。なんだろう、わたしは思わず身を固くする。
「名前を決めてないわ!」
彼女は真顔で、とても素敵なことを言い放ってくれるのでした――




