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ご実家にご挨拶

 ふう。これで何度目かしら、移動魔法を使ったのは。何度やっても、この浮遊感は慣れないというか、新鮮というか。


 到着した場所は――


「どうしてお城の近くに?」


 なんと、我が懐かしきラディアングリスでした! ここからでは城壁しか見えないけれど、とてもその光景には見覚えがある。


 移動魔法を使ったのはわたしではなかったから、気が付かなかった。勇者様に言われて、珍しくザラちゃんが使ったのよね。


 どうも、彼、わたしが魔法を使うのをあまりよく思ってないみたい。……あの凍結魔法は例外だったみたいね。


「うちまでは直通で行けないから仕方ない」

「ええ、移動魔法でしょ? どこでも行けるんじゃ――」

「オリヴィアちゃん。前、ザラちゃんと似たような話しましたよね?」

「そうだよ。あの時、説明しようとしたら、話聞いてもらえなかったけどね」


 呆れたような眼差しを妹様は送ってきた。そのうえ、あからさまにため息までついて。


 わたしは少し記憶を探ってみた。確かに、一度移動魔法の効能について講義を受けかけた気がする。長くなりそうだから断ったんだった。


「まあ端的に言うと、主要な街や村にしか飛べないってことですよ、オリヴィア王女」

「マラートさん、ありがと。教えてくれて」

「いえいえ、これくらい大したことじゃないですよ」


 彼は恭しく腰を折った。遠い、スニーチカという街の町長さんの息子さんだという彼は、かなり所作が洗練されている。


「くだらない話してないで、さっさと出発するぞ。また兵士に見つかったら面倒だ」

「えー、でもさ、隊長さんは騙せたんでしょ? 大丈夫だって~」

「……キャサリン、ラディアングリスは大きな街らしいな?」

「そうそう! もしかして、寄ってくれるの?」

「寄りたい、の間違いだろうが。全く」

「そうだよ~。アーくん、全然時間取ってくれないじゃん!」

「いや、お前なぁ。ゼルシップがあっただろ」

「寄っただけだよ、あんなの! ウソつき!」


 ぷっ、わたしは二人のやり取りを見て、思わず吹き出してしまった。軽快でコミカルな言葉の応酬だった。まさに息ぴったりというような。


 それにしても、未だわたしはこの人の人となりを掴めないでいた。今のところ、ぶっきらぼうな感じにし見えない。


 今も続いているキャサリンちゃんとの会話だって、本心ではかなり苛立っているのかもしれない。まあ、わたしには面白おかしく映ったわけなのだけれど。


「ねえ、ザラちゃん。おうちはここから遠いの?」


 わたしは勇者様たちの方を横目で見ながら、彼女に話しかけた。


「うーん、でも日が暮れるまでにはつけると思うよ? 道がわかりにくいだけだから」

「へ~、そうなんですね。でも、楽しみです。勇者様――ザラちゃんのおうち、興味があります」

「ソフィアさん、わかりやすい取り繕いしなくていいから……」


 わたしもさすがに今のはあからさまだと思う。どうも、ソフィアさん、過度に勇者様と仲良くしている気が……。船の時も、ザラちゃんと一緒に部屋にいたみたいだし。


 わたしも前までは似たような気持ちだった。でも今は……未だにお父様とのやり取りが胸に引っかかっている。


 しかし、そのくせ、難なく海の魔物退治には協力してくれたし。ターク君たちに詳しく聞いたところでは、なんやかんやで人助けをしながらここまでやってきたというし。


 なんにせよ、彼がどういう人なのかはじっくりと見極めなければいけない気はする。『サーモンの勇者』――その現代の担い手は、物語上の()()と同じか、違うのか。


「――よしわあかった。絶対だよ!」

「ああ。約束だ」


 どうやら向こうも話がまとまったらしい。何やら、指切りをしている。人間と魔族が約束事を交わす……それはとても不思議な光景だった。


「さ、出発だ」


 勇者様はそういうと、城の方に背を向けて歩き出した。


 わたしたちもその背中を――それにしても、ホント不思議。自分が目の前にいるという事実が。あんなに、やさぐれていないけれど。




    *




「アルス君?」

「……なんだよ、か――」

「何ですか、お母様、でしょう?」

「なんですか、お母様」


 道中、速度上昇魔法も駆使したからか。勇者様の生家には、思いのほか早く到着した。彼は躊躇いなく自宅に入っていった。


 そしてザラちゃんだけ連れて階段を上がっていった。残ったわたしたちはリビングで、それを待っていた。


 しばらくして、お母様らしき女性と二人が一緒にやってきたのだけれど――

 

「いきなり、こんな高貴な身分の方を連れてくる人がどこにいますか!」

「その言い分はわかりますが、情報を伝える手段が……」

「何のための使い魔ですか! まったく」


 絶賛お叱りを受けている最中だった。勇者様は床で、身を固くして座っている。その姿はとても小さく見えた。


 幼い頃に母親を亡くしたわたしにすれば、そうした光景はとても珍しいというか。もっと言えば、羨ましいというか。


 わたしは微笑ましくそれを見守っていた。……隣にはなぜか、ザラちゃんがいるけど。


「しかし、お母様。以前も申し上げた通り、今の俺には魔法は使えませんよ?」

「でも、ザラと合流したのでしょう? あの子に頼めばよかったのです。全く連絡をよこさないだなんて、本当あの人にそっくりね」

「……だったらザラにも責任が」

「あの子はいいのよ、いつも一生懸命だから」

「エコひいきだ!」


 親子の言い争いはまだ続いている。いや、母から息子への一方的なおしかりだけれど。


「ねえ、二人って仲が悪いの?」

「ううん。そんなことないよ。ただ、パパもママもおにいには厳しいだけ。その反動だろうね、ザラには甘いけど」

「……めちゃくちゃなバランスのとり方ですね、それ」


 近くで聞いていたソフィアさんはすっかり呆れていた。わたしも同意見である。


 しかし、見た目は落ち着いた優しそうな人だと思ったのに。髪が長くて、ザラちゃんと似て――逆か、とにかく瞳は暖かい光を湛えていた。わたしに対する物腰も穏やかだったというのに。


「せっかくオリヴィアちゃんが来てくれたのに、十分なおもてなしもできないなんて。ごめんなさいねぇ」


 なんてことを思っていたら、いきなりお母様がこちらに話しかけてきた。それで、ちょっと背筋を伸ばす。


「え、いえ、別にそのわたしは……」

「いつまでもそんな愚かな息子の身体では色々と不便でしょう?」

「初めはそうでしたけど。でも、元の身体ではできなかったこともできますし」

「うんうん、いい子に育ったものねぇ。さてと、じゃあ行きますか」


 そう言うとお母様はすくっと立ち上がった。ゆっくりとわたしたちの方に近づいてくる。


「忌々しい私の故郷、マギアルクスへ!」


 高らかに、お母様は宣言した――

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