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最強勇者と囚われし王女の入れ替わり冒険記  作者: かきつばた
閉じ込められし勇者と自由な王女
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お気楽プリンセス

「待ちなさ~い!」


 わたしは剣を片手に、仕留めそこなった魔物を追う。それはぴょんぴょんと大きく跳ねながら森の中へ。端的に表現すれば、魔兎。ある一点を除いて、見た目はあまり本物のウサギと変わらなかった。しかし、額から伸びる太くて鋭い角がなんとも禍々しい。細かいところで言えば、目つきは鋭いし、おまけにいきなり襲い掛かってくるし、とまさにモンスターなんだけど。

 

 そんな魔兎のグループに先ほど遭遇した。三匹編成だった。そのうちの二匹までは、至極簡単に倒せたんだけど……最後の一匹に取り掛かろうとしたら逃げられた。意外と、身のこなしは素早かった。諦めてもいいんだけど、銅貨三枚分の価値だから、追うことにした。


 あれから――魔物を狩ることに喜びを見出してから、どれくらい経っただろうか。陽はそろそろ傾きつつあって、夕暮れがこの森の中にもやってきそうだ。そろそろ潮時かもしれない。


 わたしが倒したのは主に四種類のモンスター。スライムが一番多くて、コウモリ、ウサギ、サルタイプの魔獣があと何匹か。おかげで銅貨はざっくざっく! 今夜の宿代は十分でしょう。


 それにしても、わたしにこんな力があるなんて。もちろん、この勇者様のお身体あってこそ1だとはわかっています。しかしそれを操っているのはわたしのわけで。考えた通りに、自在に身体を動かせるというのはわたしの才能ということ!


 ようやく、狙っていた魔兎に追いついた。敵は木々の薄い、少し開けた空間で立ち止まる。振り返って、わたしと向かい合うけれど――


「あれは……イノシシ、かしら?」


 奥から別のモンスターが現れた。漆黒の毛に全身を包んで、目は真っ赤で鈍い光を湛えている。口の両端からは大きな牙が伸びで、その鋭利さは手前にいる魔物のものとは比べ物にならない。そして、最も脅威なのはその大きさ。高さは勇者様わたしの腰くらいまである。それに比例して、かなり体格がいい。


 わたしは少したじろいでしまった。今まで相手にしてきたのは、小型のモンスター。はっきり言って弱いもの狩りをしていたといってもいい。それがこんな……あからさまに強そうな……。正直少し足がすくんでしまった。先程までの魔兎を追いかけていた時の意気揚々さはすっかりと消えてしまった。


 ……初めから、この魔兎はこれが狙いだったのかもしれない。つまり、わたしは()()()()。この二匹は協力関係にあるのかしら。これが普通の自然界ならば、一方的にウサギの方が狩られそうだけども。魔物のことはよくわからない。


 しかし、今さら逃げるわけにもいかず。というか、逃げられる気がしない。魔猪の方は、隙を見せたら今にも襲い掛かってきそうだ。魔兎もどこか強気そうなのが、腹立つわね。

 

 わたしが動くより先に、魔猪がこちらに突っ込んできた。早い――避けられずに、わたしは甘んじて突進を食らったけれど――


 オリヴィアにはダメージはなかった!


 どこまで強靭なのでしょうか、この身体は……。衝突時のインパクトは、今まで闘ってきた魔物の攻撃とは比べ物にならないほど強かったけれど。わたしはぴんぴんしていた。


 とりあえずすぐ近くにある魔猪の身体目掛けて剣を振り下ろす。スーッと肉を抉る感触がして、その身体が容易く地面に崩れ落ちた。この通り、防御力だけでなく、攻撃力も優れています。剣を一振りするだけで、この辺りのモンスターは倒せた。


 そして、魔猪は他のモンスターを倒した時と同様――あっという間に粒子となって空の彼方に消えていく。いったいどういう仕組みなのかしら、これ。と、目の前の現象に首を傾げながらも、わたしの興味はその後に残されたものに向いていた。


「銀貨だわっ!」


 思わず歓喜の叫びをあげた。今日初めての成果。落とすお金の量=魔物強さなのかしら? 最弱のモンスターであるスライムを倒した時は、たった銅貨一枚ぽっちだったし。ま、しかし、勇者様わたしにしてみれば、どれも一撃で倒せることに変わりはないんだけどね。ある種、ラッキー!


 わたしはほくほく顔でそれを拾った。今日稼いだ額は、これを合わせて銀貨三枚分かしらね。順調順調。しかし改めて思うのは、『ペガサスの羽根』ってどんだけ高いのよ、ということ。やっぱりぼったくられたかしら、あの商人に。ちょっと彼に対する憤りを思い出す。


 っと、忘れていた。さらに銅貨が三枚分増え――と思って前方に視線を向けたが、さっきのウサギ型モンスターの姿は見事に消えていた。逃げられたわね……少し食い入るように鬱蒼とした森の中を睨んだ。

 

 しかし、それ以上追う気にもなれず。銀貨を手にして気をよくしていたのと、そろそろ時間が心配になったこともあって。わたしはこの森を後にすることに決めた。




    *




 念願のノースデンに着いた時、辺りは完全に夕焼けに染まっていた。それどころか、夜の気配すら見え隠れしている。早く宿をとらないと、わたしは少し焦りながら、入口の大きなアーチをくぐった。


 城下町ラディアングリスに比べれば、質素な町だけれど。それでも、それなりに活気はあるもので。入口からは大きな通りがまっすぐ伸びている。それが今度は町の真ん中辺りで、横に延びる幅の広い道と交差していた。目抜き通りといっても差し支えない。そんなストリートに面して、色々な店が立ち並ぶ。


 宿屋の場所はちゃんと覚えている。朝、この慣れない身体で動き回ったから。今では、まるで元の身体と同じ――それ以上に軽やかに動ける。


 中央にできた巨大な十字路――噴水とちょっとした広場まであって――を二つほど超えた角にそれはあった。


 INNとでかでか記された看板を見て、ようやく気分がホッとした。白い建材を基調にした質素な外見が、今は立派な御殿みたく感じる。


 半日近く動き回ると、さすがに身体は疲れていて。そもそも、今朝の入れ替わりや城での騒動を経て精神的にはズタボロで。というわけで、くたびれた思いを胸に宿屋の扉を力強く押した。


「いらっしゃいませ。――あっ、今朝の旅人さん!」

「ど、どうも」


 帳場には人良さそうなふくよかなおじさんが立っていた。その顔には、これまた曇りひとつもない笑みを浮かべている。


 しかし、覚えられていたなんて。どうにも決まりが悪い。わたしはついどぎまぎしてしまった。ぎこちない動きで、受付に近づく。


「またご宿泊でございますか?」

「う、うん、空いてるかな?」

「もちろんでございます。魔王が現れて以来、旅人の数もずいぶん減って――っと、これは昨日も話しましたな」


 主人は照れ臭そうにはにかんだ。誤魔化すように、軽く鼻をこする。そしてどこか早口で――


「では銀一枚分頂きます」

「はい、どうぞ」


 わたしは先ほど魔猪を倒して得たそれを店主に渡した。にこにこ顔で受けとると、彼は代わりに部屋の鍵を台の上においた。


「今朝と同じ部屋です。あっ、もちろん掃除はしてありますとも!」


 一体何を保証しているのかしら。彼は少し上体まで反らして、どこか誇らしげ。それがなんだかおかしくって、わたしはつい唇を緩めた。


 すると、なぜか店主は少し驚いた顔をした。それは一瞬のことで、すぐに人懐っこそうな優しい笑みが戻ったけど。気になって、わたしは訝しがる感じでに彼の顔を見つめ返した。


「これは失礼しました。旅人さん、昨日もずっと強張った表情をなさっていたので。それがこんなに穏やかに笑うのかと、なにか――失礼ですが、意外で」


 宿屋の主人はとてもばつが悪そうな顔をしている。直接的にではないが、あなた無愛想ですねと指摘しているわけだから。こちらを慮るのも、まあわかるわね。


 けれど、わたしは感心していた。このおじさんの眼力に。同時に、勇者様はきっと過酷な旅を憂いていたのだと、年の頃も変わらないこの青年について思いを馳せる。ああ、なんて立派なのでしょう! 王都ではなにかトラブルを起こしたようだけれど、それも何か考えがあってのことには違いない。一瞬でも、勇者様かれに対して、悪態をついたことを羞じた。


「――では、ごゆっくりどうぞ。それと、地下にバーもあるのでよろしければそちらもご利用ください」

 

 主人は最後に深々と腰を負った。見た目に相応しいとても年季の入った仕草だった。プロフェッショナル――ちょっと、お城の執事が脳裏を過った。


 わたしも彼に会釈をして、やっと休めると安堵しながらも部屋を目指す。階段を上るなかば、最後に彼が口にした言葉がずっと気になっていた、


(バー、か)


 お城ではアルコールの類は一切禁止されていたけれど。わたしはその面妖な響きに胸を躍らせていた。魔物を倒して少し膨らみを増したサイフをぎゅっと握った――

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