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最強勇者と囚われし王女の入れ替わり冒険記  作者: かきつばた
閉じ込められし勇者と自由な王女
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勇者、魔王と飯を食う

「姫様! 起きてください!」

「……あとごふん~」


 その声で、意識がぼんやりと覚醒した。しかし、まだ眠い。脳みそはかなり靄がかかったまま。それでも、その呼びかけの不自然さには気づいていた。


 誰が姫だ! 俺は『サーモンの勇者』の子孫、所謂勇者|(あんまり自称するつもりはないけど)、れっきとした男だってのに。……夢を見ているのかもしれない。だから瞼に一層力を籠める。


「魔王様がお待ちですよ!」

 

 少し声が大きくなった。そしてその物騒な内容との相乗効果で、微睡は完全に吹き飛んだ。ガバっと跳ね起きて、鉄格子の方を見る。あきれ顔で、例の見張り係が立っていた。


 そうだった。俺は今ラディアングリスの姫様になってたんだ。そして、今や魔王城の牢獄の中。眠りから覚めても、その状況は全く変わっていないらしい。至極残念、眠りから覚めてもこの夢のような現状からは逃れられない!


 なんとなく胸の柔らかな塊を二、三回程、揉んでみる。少しの幸福感と共により現実に対して強固な意識を持てた。しかし、ホント絶望だ。早く元の身体に戻りたい。


 そんな俺の仕草を、兵士は怪訝そうに見ていた。起き抜けに自分の胸を揉む高貴な身分の女――うん、客観的に考えれば、ひどく奇妙な光景だな。ということで、すかさず手を止めた。


 それにしても、また魔王あいつに呼ばれているのか。どんだけ、姫様(こいつ)の事が好きなんだよ。さっき会っただけで十分だろうに。しつこい男は嫌われるぞ。そう母さんから教わった。そう言えば、あの時珍しく苦い顔をしてたな。っと、今はそんなことはどうでもいいか。答えは決まっている。


「行きたくないんですけど……」

「でも魔王様が悲しみますよ? それにせっかくの食事が」

「飯?」

「何言ってるんですか、いつも夕食は魔王様と一緒でしょう?」


 夕食……!? いったいどれくらい寝てたんだ、俺は! 看守がなかなか去らないから、つい眠ってしまったわけだけど。それにしたって眠り過ぎである。精神的な疲労のせいか。それとも、この身体の生活リズムがそうさせたのか。……いやよそう。いくらなんでも不敬すぎる。流石にこれ以上王族を敵に回すと、首が飛びかねない。もちろん物理的な意味で。

 

 それにしても面倒くさい。なぜ魔王しゅくてきと一緒に飯を食わないといけないのか。しかし、機嫌を損ねるわけにもいかないし。姫様的には選択肢はない。それに、試したいこともあるわけで。


「わかりました。行きます」


 俺はのっそりとベッドから立ち上がった。何度かドレスをはたく。無理もないが、やはり埃っぽいのが気になっていた。よく姫様は我慢できたものだ。改めて脱獄への想いを固くする。


「では行きましょう――」

 

 看守に扉を開けてもらって、しばらくぶりに外に出た。体感的には、あんまり時間は経っていないけれども。素早く左右に視線を動かしてみたが、闇が広がるばかりでよくわからない。空間が続いていることは確かだけど。


「どうかしましたか?」

「いえ、なんでもないわ」

 

 兵士の質問に俺は首を横に振った。そして、特に拘束とかもされないまま、彼の後ろをついていく。朝もそうだが、いくら何でも無防備すぎやしないか。相手は姫だからと、甘く見てるのかもしれないけれど。

 

 視界の下の方で揺れる後頭部を見ていると、魔法をぶっ放したくなる。そしてそのまま逃げだせば、と思ったけれど。魔王の所まで案内してもらって、あいつを倒す方が手っ取り早い。無駄に警戒を招きたくもないし。


 階段を下ること三度。通過した二つのフロアも、なにかがあるようだけれど。やはり、俺の目には闇しか映らない。相当複雑な構造をしているのか。あるいはまやかしの類でも使われているのか。もし、外からここまでやってくることになっていたら……とても苦労させられたかもしれない。そこだけは、今この現状に感謝だ。


 さっさと魔王をぶっ飛ばして、一応勇者としての責務を終えよう。そして、とにかく勇者ひめさまを見つけて、身体を取り戻しす。その後は自由――しばらく世界でも巡ってみようか。どうせ、すぐに家に帰れるわけでもないしな。




    *




 食事も半ばに差し掛かり、段々と腹が膨れてきた。いつもよりも量が少ないのは、この身体のせいだろう。……そもそもそんなにエネルギーを使ってないから、あんまりお腹が空いていない。


「どうした? あまり食が進んでいないようだが?」

「そんなことないわよ。十分いただいてるわ」


 はっきり言って口を開くのはしんどい。気を抜くと、つい地が出そうになる。なにより、女言葉を使う自分を思うと気色悪い。なんでこんなことしてるんだ、俺は。情けなさすぎて、涙が出そうだ。


 そろそろ頃合いかもしれない。好きな相手を前にしているからか、魔王はかなり気が緩んでいた。そもそも、食事や睡眠の時はどんな香車でも多少は無防備になる。そう、敵を仕留めるには絶好の機会だ。少なくとも、俺は父にそう教わったし。幾度となく、両親に実践されてきた。


 静かに呼吸を整えて。ゆっくりと集中力を研ぎ澄ませていく。呪文の暗唱を始めていく――言葉にしない分、威力は下がるが仕方がない。突然、詠唱し出す姫様がどこの世界にいようか。……もしかしたら、いるのかもしれないけれど。


(全なる神の威光を今ここに――究極撃滅雷撃魔法ウルストニトルス!)


 最終節を唱えて、人智を超越する現象が――


 …………なにもおこらなかった!


 はい? 何か間違えた? いやいやいや、ええええっ! 

 

 ウルストニトルス、ウルストニトルス! 何度心の中で唱えようとも、ダメ。ここでようやく俺は違和感に気付いた。体内で魔力が練りあがっていない。つまり、姫様は……。


(魔力を持っていないんだ……)


 魔法が使えるか、それは生まれ持っての才能で決まる。素養がない奴はいくら修練を積んでもダメ。人の持ちうる魔力量も同じくその血に由来する。そう母が語っていた。


 究極魔法とまでなれば、至高の才と極限の修練の果てにようやく扱えるものであって、この身体(ひめさま)ではダメだというのはわかる。しかし、入れ替わりなんて、経験がないから、精神ではなく、肉体に魔力が由来するなんて知らなかった。


 これはまずいぞ……。魔王を倒すことはおろか、牢やの壁すら壊せない。そもそも運よく脱出できたとしても、すぐには故郷には帰れない。どうしたらいい? 全くいい考えは浮かばない。


「どうして、じっと我を見ているんだね?」


 少し困惑した視線を奴はぶつけてきたら。


 魔法が使えなくなっていて、呆然としていました。などと、言えるわけもなく。俺は曖昧な微笑みで誤魔化すことに。自分でもぎこちないのがわかる。


「もしやこれが気になるのか?」


 魔王は、ちょっとはっとしたような顔をする。そして、ジョッキ型の杯を傾けてみせた。中では赤い液体が揺れている。人間の血を思わせるような鮮やかさで、少し背中がぞっとした。相手は魔王なのだから、人間の生き血を啜っていても不思議ではない。


「これは部下に作らせた赤ワインだ。人の世界にもあるだろう?」

「え、ええ、まあ……」

「もしかして、血液とでも思ったかな? 我は、そんな野蛮なことはしないさ」


 朗らかに笑って、奴はワインと称する液体を口に含んだ。太い喉が大きく上下する。そして、魔王は悦に入った笑みを浮かべた。


「姫もお飲みになられるかな?」


 俺は少し逡巡した。ちょうど、昨日十五になったから、ラディアングリス領内においては合法的に飲酒は可能だ。


 だから今まで、一口も口にしたことはない。それで興味はあって、というよりも、胸の中のむしゃくしゃした気持ちを少し晴らしたかくて。親父になぜ酒を飲むのかと聞いたら、朗らかな気持ちになれるからだという答えが返ってきたことを思い浮かべた。


「ええ。いただくわ」

「あい、わかった」


 パチンと、魔王は指を鳴らした。すると、どこからか円柱形の上半身を持った魔物がふわりと現れた。足はなく、細長い腕が伸びているだけ。ゴーストの類か、そいつは片腕に水差しを持っていて、傍らにあった俺の盃に酒を注ぐ。


 持ってみると、酸味の利いた匂いが鼻を衝いた。でも悪くない香りで、まじまじと液体を見つめる。底が見えない程に真っ赤な液体を、俺は意を決して一口含んでみた。すると――


「お、おい、大丈夫か!」


 魔王の声が遠く聞こえる。

 俺の意識はすぐに闇の中に落ちていった――

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